王女様と常識人
「なるほどねぇ……学校で春希くんから軽く話は聞いていたけれど、面倒な男に巻き込まれたもんだね、真冬ちゃんも」
翌日の放課後、学校近くの喫茶店に生徒会3人の姿があった。神妙な面持ちで座っていた春希と真冬に、渚も真剣な表情を浮かべる。春希と真冬の前にはコーヒー、2人の向かい側に座っていた渚の前にはレモンティーが入ったカップが置かれていた。
学校近くということもあり、店内には春希たちの他に学校帰りと思われる集団がいくつか確認出来る。春希と真冬の2人だけで来るのは問題があるが、今は渚という存在があるため、仮に他の生徒たちにその場を目撃されたとしても、生徒会繋がりということで説明をすれば、怪しまれることは無い。
「既に警察には相談したが、現行犯で捕まえない限りは安心は出来ない。警察がどこまで動いてくれるかも分からないから、渚にも宮城を守ってくれるよう協力を依頼したい」
「OK OK。この私に任せておきなさい。ストーカーなんて、私がぶん投げてあげるから」
「で、でも、相手は何をして来るか分からないストーカーですよ? もしも青森さんに危害が及ぶことがあれば……」
「大丈夫だよ。私、少なくとも春希くんよりは強いから」
「柔道全国大会出場者に、オレが勝てる訳ないだろうが」
春希からの依頼を、渚は快く引き受ける。心配する真冬に対して、渚は春希を引き合いに出して安心させようとしていた。
真冬にとって、生徒会という繋がりこそあれど、渚と話すのは初めてに等しい関係であった。渚がどのような反応をするか不安もあった真冬であったが、穏やかに微笑む渚を見て、真冬は少しだけ胸を撫で下ろしていた。
「あ、あの……ありがとうございます、青森さん。ほとんど関わりの無い私のために、ここまでしてもらえるなんて」
「関わりがないわけじゃないよ。だって、私も真冬ちゃんも同じ生徒会でしょ? それに、春希くんが女の子と仲良くしているなんて珍しいなって思ったから、私も協力しようと思ったんだよ」
「おい、それはどういうことだ?」
「だって春希くん、元のスペックは悪くないのに、自分から他人と関わることを避けてるからなぁ。同じバイトで関わってる私から見れば、もう少し愛想良くするだけでモテモテになると思うよ?」
「余計なお世話だ。オレはこのままで良いんだよ」
「人生損してるなぁ……私は春希くんのこと、悪くないと思うんだけどな」
「……何だって?」
「あ、意識しちゃった? 可愛いなぁ、春希くんは」
不貞腐れるように渚から視線を逸らす春希。渚はそんな春希を見て、微笑ましそうな様子であった。
春希が特定の人物と関わっているところを、真冬をはじめとした学校関係者は見たことがない。そのため、こうして渚と仲良く話しているところを見るのは、真冬にとっても意外な光景であった。
それと同時に、真冬は心の奥底で少しだけチクリと痛むような感覚を覚える。それは、今まで真冬が抱いたことのない感情であった。
「だからさ、真冬ちゃんも私のことは堅苦しく呼ばなくても良いよ。同級生なんだし、私も王女様って呼ぶよりしっくりくるから」
「……はい。では、渚さんと呼ばせて頂きます」
「まあ、最初はそれで良いか。それで、春希くんもそうだけど、どうして2人ともそんな堅苦しく呼び合ってるの? もう少しラフに打ち解けた感じで呼び合えば良いのに」
「いきなり何を言い出すんだお前は。オレも宮城も、この呼び方がしっくりくるんだよ。今更変えるなんて出来るか」
「えぇ、どうして? 福島くんと宮城さんとか、どこの東北地方ですかって話になるよ?」
「それはお前もだろうが! それを言ったら、生徒会の人間はみんなそうなるだろ!」
「だからこそだよ、春希くん? つまんない意地張ってないでさ、ほらほら?」
「べ、別に意地になってなんか」
春希と渚が言い合いをしている中で、真冬はテーブルの下で両手を握りしめていた。そして、何かを決意したようにして口を開く。
「あ、あの! は……はるき……くん……」
「なっ……」
「ふふぅぅん……!」
頬を赤くして、恥ずかしさから視線を上げることが出来ないまま、真冬は弱々しい口調で春希の名前を口にする。その一言は、真冬の人生の中で最も勇気が要る言葉であった。
真冬から初めて名前を呼ばれた春希は、その場で凍り付いたように動きを止めていた。その様子が微笑ましかったのか、向かい側に座っていた渚は満足そうに微笑んでいた。
「真冬ちゃん、照れれてめちゃくちゃ可愛いっ! 学園の王女様がこんな顔しているところなんて、中々見れないよ!? やったね、春希くん!」
「何がやったね、だ! 宮城を困らせるようなことを言うんじゃない!」
「えぇ? せっかく真冬ちゃんが勇気を出してくれたのに、春希くんはそれを蔑ろにするって言うのかなぁ?」
「なっ……!?」
「あっ、あのっ、気にしないでください! わ、私が勝手に呼んだだけなので……は、春希くんはいつもの呼び方で結構ですから」
「うぐっ……」
台詞と表情が一致しておらず、おそるおそると視線を上げた真冬は、図らずも上目遣いのような格好で春希を見上げてしまう。その威力に、春希は思わず視線を逸らしてしまった。
そんな様子を、渚は心の底から楽しそうに見守っていた。別に2人の関係を焚き付けるつもりはなかった渚であったが、普段から2人が異性とほとんど話しているところを見たことがなかった者からすれば、果たしてどのような反応を見せるのかどうかという興味が湧いていたのだった。
自分の予想以上の初々しい2人に、渚は満足そうに微笑んでいた。
「あーあ。学園の王女様にここまでさせておいて、春希くんは逃げちゃうのかなぁ? ほれほれ、さっさと楽になりなさいな」
「渚っ……お前、オレが協力を依頼したことを逆手に取ってるな?」
「それはどうかなぁ? ほら、真冬ちゃんが待ってるよ?」
「……お前は耳を塞いどけ」
諦めたかのように、春希は深いため息をつく。そして、何かを期待しているような、それでいて不安が入り混じっている真冬に向き直り、重い口をゆっくりと開く。
「……真冬」
「は……はい……春希くん……」
「あはははは! 春希くん、めちゃくちゃ照れてて可愛いんだけど!? こんな顔、みんなが見たらギャップ萌えすること間違いないよ! キャラ変しない? キャラ変!」
「誰がするか! お前、ここまでやらせたんだから、ちゃんとストーカーを撃退しろよ!?」
頭を抱えていた春希の肩を、渚は満足そうに微笑みながら優しくたたく。
そして、真冬は真冬で渚へのよく分からないジェラシーをきっかけとした自分の恥ずかしい行動を振り返り、こちらもこちらで頭を抱えてしまっていた。
これも全て、この場の緊張感を和ませるために打った、渚の策略であった。




