花の町の幸せな結婚1
1
王妃が亡くなって十年が過ぎた。
国王もまだ全快には程遠く、後妻を強く勧められてはいるものの、若いころにデビュタントの場で王妃に一目ぼれをして以来、他の女性に目移りすることのなかった男が後妻を選べるはずもなかった。
後継である王女にも婚約者はおらず、家臣たちは日々自身に縁のある年頃の男性の情報を集め続けている。
しかし、国王の後妻の件も王女の婚約者候補の件も、どちらも王女が自ら却下し続けていると知る者は限りなく少ない。
王女ミレーユも十四歳となり、十五歳まで半年を切った。
さすがに十五歳になれば婚約者探しを進めなければ怪しまれる。実は水面下で進めているんですよ、とほのめかしてはいるが、実体がないと明かされれば暴動になりかねない。
王女が王太子になるのか、それとも王女の伴侶が王太子となるのか。それすらもはっきりしない昨今、国内外からベルン王国は危うい状況と見られていた。
秘密を知る者は王女が実質の王太子――ギリギリ全権を握っていないだけの女王であると思っているのに。
「……ふあ」
朝食も終えた直後に出る欠伸を隠さずに出すと、ベテランの侍女に苦笑されたが出てしまったものは仕方ない。怒られないということは見逃してくれているのと同じなのだ。
見逃してくれている理由は恐らく、父である国王との朝食だったからだ。
王妃でもあった妻を亡くしてから塞ぎ込んでしまっているベルン王国国王マルベックは、体調に問題はないと医者に言われてはいるものの、心の不調により国王としての責務を果たせないでいる。献身的なミレーユの世話によりベッドから起き上がる時間が長くなってはいる。
執務もわずかではあるがこなせるようになってきており、おかげで別の仕事ができるようにもなってはいるが、このままではミレーユの婚約者が決められてしまいかねない。
父親でもあり国王でもあるマルベックが復活するのは素直に嬉しいが、婚約者を決められるという未来だけは避けさせてほしい。
「果実水をお持ちしましょうか?」
見るに見かねてだろう、ベテラン侍女のマリエンヌの提案に少しだけ考えてから首を横に振った。
「……いいえ、直に彼が来るでしょうし」
言い切るよりも前に来客の存在を告げられ、マリエンヌと視線を合わせて「ほらね」と苦笑し合う。
扉が開いて姿を見せたのは、五年前から宰相として働く青年。
「おはようございます、姫様」
「おはよう、ルシウス」
恭しく頭を下げるルシウスに歩み寄り、毎日自覚する身長差と向き合う。
初めて会った頃はミレーユの倍ほどの身長だと思った。今では頭二つ分といったところだろうか。下げられた頭がミレーユよりも低くなったのも最近の話。
頭が上がり、ミレーユはさらに一歩距離を詰める。
片眼鏡をかけるようになったのは宰相としての威厳を付けるための他にも理由はあるが、似合ってきていて女性人気が跳ねあがったと侍女たちの間で話題になっているという。
陽に焼けてもすぐに戻ってしまう白い肌。柔らかな髪質。銀灰色の瞳と薄くなってきた隈。放っておくと睡眠を疎かにするのがルシウスの悪いところだ。ミレーユも人のことは言えないのに。
「うん。今日の体調も大丈夫みたいね」
「姫様の方は少しお疲れのご様子ですが?」
「そ、それほどではないわ」
覗き込んだお返しとばかりに顔を近付けてくるルシウスから距離を取ろうと数歩下がって顔を背ける。
「朝からお父さまとお庭を歩いて、朝食を摂っただけだもの」
「昨夜は? 何時ごろお休みに?」
「うう……」
最初はミレーユだけがルシウスに質問するだけだった。若くして文官の最上位である宰相の座についたルシウスが、周囲から侮られるのも仕方ない流れではあったが、見返すために寝食の時間をすべて執務に回そうとするし、得た給与を困窮している実家にほとんど渡そうとするものだから説得するのに骨を折ったものだった。
とりあえず文官たちの集合住宅に住んでいたところを出て家を買わせ、必要な衣類と護衛を雇うための必要経費を前宰相であり現副宰相のハルクから叩き込んでもらった。
地位のある人間は狙われやすい。それも最近なったばかりの人間は危機感よりも高揚感が勝っているので襲われやすいと言われている。「そんなまさか」と信じていなかたルシウスも、その日の内に何度も命の危機に見舞われれば呑気なことも言っていられなくなる。
ハルクがルシウスに金銭の使い方を教えている間にミレーユがしたことは、ルシウスの実家の経済状況改善の模索だった。
領地はあるがお人よしなのか何なのか、収支がほぼ同額で頭を抱えた。後継者は次男で確定していると聞いてはいるが、その次男ものほほんとしたのんびり屋でルシウスが手を出したくなる理由も分からなくなかった。とは言えこのままではルシウスが宰相の仕事に専念できないので変わってもらうしかなく、宰相としての最初の仕事として実家の再興を任せた。
結果は言わずもがな。
ミレーユだけが続けてきた体調チェックをルシウスがし返すことになったが、結構不本意だと思っている。
「昨夜は……普通に寝台に入ったわよ。ただ、その……」
「その?」
「本が読みたくなってしまって……」
「それで?」
「一応、何度も読んでいるものだから時間はかからなかったわよう」
「なるほど?」
「以上よ」
「……分かりました」
ようやくルシウスが離れていき、息を吐く。
読んでいた本の内容まで聞かれなくてよかった。
読んでいたのは王妃が生きていた頃によく読んでもらっていたものの一つ。
王子様との恋愛ものだ。
子どもっぽいと思われるといい加減恥ずかしい年頃なので、聞かれずに済んで助かった。朝起こしに来た侍女には丸わかりだが、同性と異性では知られても構わない範囲が違う。
「では、本日の予定に変更はなくて構いませんね?」
毎朝のやりとりも約五年と続くと悪戯心が隠れてこなくなっている。母親もいない。兄弟もいないミレーユの兄代わりとなろうとしていると察しが付く。
実家でも弟のいる長男だ。兄役なんて簡単だろう。
「はい。時間の変更もありません」
「馬車の手配は済んでいますので、また後ほど」
失礼いたします、と頭を下げてルシウスは部屋を出て行った。
王女相手に随分と余裕のある態度を取れるようになったものだ。幼かったゆえに許してしまったが、今ならもう少し敬う態度にならないのかと詰め寄っていた気がしてミレーユは顔を覆う。遊びたくてたまらないなんて気持ちが芽生えるのは夜寝る前だけ。朝になって公務と向き合うと父親を元気にしなくてはという使命感に燃えるのだ。忙しくしていれば母がいない寂しさからも、父が弱っている事実からも、逃げられた。生まれが良かっただけに常に周りに人がいたことも幸いしたのだろう。悪意と善意の見分けも早々に付けられたし、自身を奮い立たせる行動も得られた。
まだ頑張れる。
私が倒れるわけにはいかない。
「よし、みんな、準備をお願いするわね」
両手に埋めたことで顔面に温もりが広がり眠気が増えそうになったが振り切る。
今日の予定はまず着替えから。
2
オートルエン領ガルバ町。
年に一度の花祭りが有名なのどかな町だ。
王都から馬車で二時間もかからない場所に位置しているが、馬車と道路の見直しをする以前は半日近くかかっていた。
だからこそ日帰りで行けるようになったガルバ町の花祭りが今日のミレーユの予定である。
遊びに行くわけではない。視察というほど大袈裟なものでもない。
ミレーユは定期的に正体を隠して地方へ赴く。巡回と称して可能な範囲での移動を行っていた。
姿を隠すことで有力貴族からの介入を防ぎ、現地の声を聞く。地道ではあるが領主の与り知らぬところで王族の目があると知らしめることで悪事をさせなくしている。治安の改善にも目を向けているので犯罪率の低下も見込める。
「姫様、お疲れでしたら到着までの間少しお休みになられては?」
馬車に揺られていると、隣に座るルシウスにそう声を掛けられた。
「特に疲れてはいないけど? むしろ楽しみなのよ。お祭りだなんて久しぶりだもの」
楽しみにしていたから昨夜は本を読みたくなったと言ってもいい。
王族が楽しみにする祭りというのは、ほとんどが国民が楽しんでいる様子を楽しむくらいのものだが、ミレーユは参加者側からの気持ちを知っていた。
「ガルバ町の花祭りと言えば、結婚式で有名ですしね」
同乗していた侍女のサリの言葉に「そうなの」と肯定した。
「国民の幸せな姿を見るのって、頑張ってきたことが報われた気がするのよ。お祭り自体もそうだけど、好きな人と結婚するって平和な証拠だと思うし」
「ああ、だから姫様、昨夜はあの本をお読みに……」
「サリ! そういうことは言わなくていいの!」
逃げ場のない馬車の中で言わないでほしいと赤くなった顔で言うと、ルシウスも護衛騎士のカノンも笑いを堪えて肩を震わせてしまった。
ルシウスとカノンは同い年だからか仲が良い。たまの地方巡回でも夜中に二人で飲み屋に行っているらしい。
今日は日帰りだからしないかもしれないが。
側にいる人たち同士の仲が良いのはいいことだが、仲が良いせいで笑い方がまったく同じなのが気になる。
「……そろそろ到着するわね」
頬を膨らませて窓の外を見る。こういうところがまだまだ子どもなんだよね、と自嘲しながら、賑わう町に意識を向けた。
正体を知られないために変装を施した四人は、村から少し離れた位置に馬車を止めた。
ミレーユはちょっと裕福な町娘風に、ルシウスは片眼鏡を外して、カノンもサリも同行者全員が髪色を変えて町に溶け込める服装にしていた。
他人から見れば幼馴染の関係に見える――と信じている。
町に足を踏み入れて、ミレーユは想像していた花祭りと違う雰囲気に首を左右に何度も動かした。
町民たちは思い思いに祭りを楽しんでいる。家屋も屋台も花で彩られ、そこかしこに珍しい花を植えた鉢やプランターが並ぶ。
だけど、例年に比べて量が少なく、どこか花に元気がないように見えた。
「姫様、報告にあった通り、水不足のようですね」
「そうみたいね」
今回巡回先にガルバ町を選んだのは、三か月に一度開かれる領主会議にてガルバ町周辺の川の水量が減っているという報告を受けたから。
生活に困るほどではないものの、毎年城に献上する花の数を減らす旨が書かれていて気になっていた。
生活に困るほどではなくても、花の生育に困りつつあるのなら、いつ人の生活へ影響してくるか分からない。それが懸念されるから報告書として上がってきたのだ。
「毎年色の違う花をくれるから気に入っていたのよね……」
ガルバ町から献上されてくる花の時期に合わせて王城主催のパーティを開いてもいるので、王族としても見逃せない事態だった。
まともに参加したことは今までないけれど。
花の種類も心なしか減っているようにも感じられた。
まだ活気が変わっていないだけ良いのかもしれない。
「姫様、あちらの教会の扉が開きましたよ」
サリに言われて教会へと目を向ける。小さな教会の大きな扉から幸せそうな男女が現れた。
教会の外には参列者たちが手から花びらを投げて祝福している。
貴族ほどではなくとも煌びやかなドレスを着た女性の手には大きな花束。黄色を中心に多種多様な花たちが一つにまとまっている。
「この町ではこの日に結婚式を挙げた二人は永遠の幸せが訪れると言われているのよね。何度見ても素敵な逸話と光景だわ」
うっとりとこれからの日々に夢を持った若い二人を見つめるミレーユは、無意識に両手を合わせていた。
王女である自分には絶対にありえないシチュエーションでの結婚式。
本の世界では当たり前のように小さな教会で二人だけの結婚を約束するシーンが出てくる。
昨夜読んでいた「お姫サマと王子サマ」という子ども向けの本では、王様と王妃様が悪い魔女に操られ、呪いの花で覆われたお城から出られなくなったお姫様が悲しみで涙を流すと魔女を倒すために旅をしていた王子様がやってきて救出される。その後お姫様は王子様と旅に出て魔女を倒すのだが、その道中で誰もいない教会で二人の気持ちが通じ合うシーンが出てくる。
花と教会というワードが共通しているガルバ町への巡回を控えた前夜となれば、読まずにはいられなかった。
良い悪い関係なく魔女という存在が実在しないこの世界では、まさに本の中でしかありえない状況なのだった。
ミレーユの婚約相手は個人で選べないし、結婚式だって小さな教会では不可能だ。
それでも憧れてしまうのだけはどうしようもない。
「……姫様は、ご結婚には前向きに捉えられておいでなのですよね」
ルシウスの声が聞こえたが、教会に目を向けたまま言う。
「結婚というか、結婚式に憧れがあるの。お母さまがよく言っていたもの。ドレスを一緒に選びたかったって。それって結婚式って誰にとってもとても大切な日ってことでしょ?」
「……ひめさまぁ」
サリが涙声になってしまったが気にしない。
カノンが他の変装した護衛に何かを話していることに誰も気付かないほど、ミレーユの言葉でそれ以上の会話は続かなかった。
ただ、ルシウスは持ってきた手帳に「ミレーユ様は結婚の希望あり」とだけ書き記していた。
一話にあまり詰め込んでもな?という気持ちで割りました。




