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手紙  作者: 小々 比良子
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 息を切らして走る。この歳になってこんなに走ることになるなんて思わなかった。昨日泣きすぎて少し瞼が腫れている気がする。郡山は心配するだろうか。早く会いたい。でも、本当にいるのだろうか。まだ、半信半疑だ。それでも、少しでも期待をしていいのなら。早く、お前の元に行きたい。


 益子はこれまでの人生でこんなに走ったことなどないのではないか、と思うほど必死に走った。あの公園まで無我夢中で走った。郡山と離れてから避けていて一度も近寄らなかったあの思い出の夏祭りの公園と、その向かいにある喫茶店が見えてくる。もう少し。もう少しで、郡山に会える。きっと、会える。益子がそう思うのとほぼ同時に、喫茶店の扉が開き背の高い黒髪の男が出てきた。益子の目が大きく開き、徐々に速度を落として喫茶店に着く前にゆっくりと立ち止まる。男が、走ってくる。見間違えるはずがない。少し老けはしているが、それでも整ったその顔を、間違えるはずがない。

「っ、益子!」

 立ち止まった益子を呼びながら走り寄ってくる郡山。長い脚ですぐに益子の眼前までくると、人目も憚らず益子を抱き締めた。変わらない郡山の匂い。少し低めの体温。移りそうなほど大きな鼓動。額を乗せるのに丁度いい高さの肩。耳を擽る息遣い。益子の目からまた、涙が溢れ出した。

「益子……っ」

 ぎゅうっと逃がさないとばかりに抱き締められて、あの夏の日を思い出した。あの頃と変わらない郡山。どうして抱き締めるのか、どうして会いたいと言ったのか。郡山の気持ちが分からない。それでも、郡山の体温と匂いを感じると、ただただ嬉しさが込み上げてくる。

「……こ、り……やま……っ」

 涙が止まらない。離れたくない。しかし、ここでいつまでもこうしているわけにもいかない。そう分かっているのに、体が動かない。

「益子……会いたかった……」

 抱き締める腕を解かずに耳元で話す郡山の声。昔よりさらに低くなったような気がする。昔より、もっとっもっと、カッコよくなった。

「な、んで……っ」

「ずっと、ずっと会いたかったよ……益子」

 益子は郡山の言葉を聞きながら溢れ出る涙を拭えずに、抱き締められたまま郡山を感じることに夢中になってしまう。夢じゃない。本当に、郡山だ。

「きっと、もう……二度と……っ、会えないって……あ、あきらめて……っ」

 益子の辛そうな、悲しみの籠った言葉に郡山の目にも涙が浮かぶ。寂しい想いをさせてしまった。きっと、すごく傷つけてしまった。それでも、郡山は益子を諦めることができなかった。もしかすると、もう忘れてしまっているのかも、とも思ったが、それでも最後の賭けで手紙を送ったのだ。自宅に電話をしようか、それとも直接訪問しようか。だが電話が繋がらなかったら、空き家になっていたら、益子ではない見たこともない人が住人だったら、そう思うと怖くなった。そんなことを色々と考えた末に、手紙にした。届いても届どかなくても分からないように自分の住所は書かなかった。しかし郡山は、益子を目の前にして、諦めなくて良かったと、益子が、忘れずにいてくれて良かったと、心の底から思った。


 二人はしばらく抱き合ったあと、さすがにいつまでもこのままというわけにもいかず。郡山は名残惜し気に益子を解放すると、昔よりも細くなった自分よりも小さい手を握った。

「益子、益子ンち……行っていい?」

 優しい郡山の声。益子は俯いたまま小さく頷く。しかしその場から動けずにいた。頭の中が真っ白で体がいうことを聞かない。体が震えて足が動かない。

「ありがとう。行こうか」

 郡山はそのまま動かない益子の手を引いて歩き出す。あの夏は手を繋ぐことに失敗したが、郡山は優しく益子の手を握ってゆっくりと歩く。益子は俯いて静かに泣いているが、大人しくついてくる。あの頃とは違い、ちゃんと手も握り返してくれていることが嬉しい。郡山は記憶の中とはだいぶ変わってしまった道を何とか辿りながら、益子の家へと向かった。



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