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手紙  作者: 小々 比良子
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「明日の夏祭りは浴衣着て行かないか?」

 春休みの時とは違って、夏休みに入ってから毎日郡山と逢った。郡山の部屋の時もあったり、益子の部屋の時もあった。もちろん外に出てショッピングをしたり、カラオケに行ったりと郡山との時間を満喫していた。

 郡山は春休みの初日の事を気にしていたのか、家に帰る前には必ず翌日の約束をして帰るようになったのだ。益子はそれが嬉しくてたまらなかった。一緒に遊ぶのは楽しい。でも、きっと何をするでもなく、ただ一緒にいて傍に座っているだけでも楽しいのだろうと思う。

 そして夏休み中盤に差し掛かる頃、毎年恒例の夏祭りが開催される。夏祭りは夏休みに入る前から一緒に行こうと約束をしていて、益子も楽しみにしていた。

「浴衣ぁ? マジで?」

「いいじゃん。たまにしかないんだし」

 暑いからと、冷房の効いた益子の部屋でまったりとしていた時だった。郡山から浴衣の提案。少し乗り気ではないような言い方をした益子だったが、本音は大賛成だった。自分が浴衣を着たいとか、そういうことではなく。郡山の浴衣姿が見たいのだ。絶対似合うに決まっている。想像しただけで頬が熱くなる。しかしそこでふと思う。モテてしまうのではないか、と。実際、告白されているところを何度も見たことがある。その度に胸が軋むように痛んだのは記憶に新しい。しかし、今まで郡山に彼女ができることはなかった。益子は郡山が告白を断る度に安堵して、そして自己嫌悪に陥った。

「仕方ないなぁ。お前がそこまで言うなら、いいよ。その代わり、お前もちゃんと浴衣着ろよ」

「分かってるよ。ふふ。楽しみだな」

 仕方ないからと言いながらも、モテてしまうだろうと思いながらも、それでも二人で浴衣を着て祭りに行けることに顔がニヤけてしまう。必死にこらえようとしても、心がふわふわとして口の端が上がってしまう。せめてそれがバレないようにと郡山がいる逆側に顔を向けた。

「……なんでこっち見ないんだよ」

 目敏く気付いた郡山はすかさずそう言うが、こんなニヤけた顔なんて絶対に見せられない。益子は、なんでもない、と言いながら顔を背け続けた。


 ***


「……何でお前は浴衣じゃねーんだよ!」

 祭りの当日、迎えに来た郡山に浴びせた第一声。二階の自室では待ちきれなくて浴衣を着てリビングでウロウロしながら待っていた益子は、インターホンが鳴るや否や母親が呆れ顔で見ているのを横目にリビングを出る。玄関まで走って急いでドアを開けた。そして目に飛び込んできたのはジーンズとTシャツというなんともラフな格好の郡山。それでもカッコよくて見惚れてしまいそうになったが、首を横に振って乙女のような思考を振り払う。

「ごめん……母さんが出かけちゃって、着付けできなかったんだ」

「言い出しっぺはお前なのに」

「ごめん。マジでごめん」

「……」

 浴衣用の下駄を足に引っ掛けて、謝る郡山の脇をすり抜ける。一緒に浴衣を着ようって言ったのは郡山なのに。郡山の浴衣姿、見たかったのに。そう思うと自然と頬が膨れ、歩みが早くなる。

「益子……ごめんって。本当にごめん。悪かった。お願い許して……機嫌直して……」

 必死に謝りながらついてくる郡山に、益子の気持ちはだんだんと落ち着いてきた。しかし、すぐに許すのはなんとなく面白くない。益子はわざと拗ねた様子を崩さなかった。

「益子……ほんとにごめん。ねぇ、機嫌直してよ……」

 郡山の声に悲しみが混じり、益子はさすがにやりすぎたか、と歩みを止めた。危うくぶつかりそうになった郡山も慌てて立ち止まる。

「……れ」

「え?」

 益子の声を聞き逃した郡山は短く返す。すると益子は勢いよく振り返り、郡山の顔に自分の顔をズイッと近付けて深く黒い瞳を見つめた。郡山が息を飲む。

「……何かおごれ」

「……へ? そ、そんなんでいいの? 何でもおごっちゃうよ」

「っ! 言ったな? 何でもって言った! 何でもおごるって言った!」

 言質とったぞ、と言わんばかりにまくし立ててニッコリと笑うと、あっさりと郡山から離れた。しかしその表情は明るく、笑顔だ。我ながら現金だと思う。

「祭り会場の中で売ってるものだけだからな?」

 益子が片っ端からねだったりするとは思っていないし、むしろ本気で何でも買ってあげたいと思っているが、そこは敢えて黙っておく。そして上機嫌な益子と、それを見て微笑んでいる郡山は祭り会場へと入っていった。

 

「じゃあ早速! これ、一緒に食べようぜ」

 益子はゆっくりと笑顔で振り返り、たこ焼きが売っている屋台を指さした。まだ夕方で陽も沈んでいない。花火まで時間はたっぷりある。

「一緒にでいいのか? 食いぶち減るぞ」

 郡山が笑ってそう言えば、益子の胸がきゅうっと締め付けられる。その一瞬動きが止まって、郡山が距離を詰めてきた。近い、と思った。だが、郡山は気にしていないのか、そのまま肩が触れ合う距離で益子を見つめる。

「ほら、買うんだろ?」

 郡山の低くて優しい声が至近距離で鼓膜を震わせる。頬が熱い。しかし、悟られたくない益子は努めて明るく笑った。

「買う! 一つでいいんだ。一緒に食べるし、他のものも食べたいからな!」

 夕日が照らしてくれていてよかった、と益子は心底思った。きっと赤くなっているであろう頬は夕日に染められているだろう。

 益子が深呼吸をして気持ちを落ち着けようとしている間に郡山はお金を払い、屋台のオヤジから受け取ったたこ焼きをそのまま益子に差し出した。しかし益子はそれを受け取らず、郡山に持たせたままたこ焼きに刺さった爪楊枝を掴んだ。

「えへへ。熱いから郡山が持って」

 そう言ってふうふうとたこ焼きに息を吹きかける。そして丸ごと口の中へと放りこんだが、あまりの熱さに手の上に吐き出した。

 

 

 

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