とある新婚夫婦の悩み
「申し訳無い! また呼び出された……」
申し訳無さそうにアンセル・レナールは手を合わせ謝った。
「また王太子様から?」
「そうなんだ。僕も家庭を持っているから遠慮したいんだけどなかなか言い出せなくて」
「仕方が無いわ。相手は王太子様なんだから」
仕事から帰ってきてこれからディナー、という時に城からの遣いが来てアンセルはとんぼ返りする事になってしまった。
それをレイニー・レナールは手を振って見送った。
アンセルが出て行った後、レイニーは一人寂しく食事をする事にした。
「奥様……」
「ごめんなさいね。せっかく旦那様の分も用意してくれていたのに」
「いえいえ、奥様が悪いわけではありません。 悪いのはその……」
「わかっているわ」
メイドが言いたい事はわかっている、しかし口に出したら不敬にあたってしまう。
レイニーとアンセルは所謂親同士が決めた政略結婚で幼い頃からの付き合いで同じ男爵家という身分だ。
政略結婚と言えば大概は仮面夫婦になりつつあるのだが2人はお互いを理解し合い信頼関係を構築していった結果、大きな問題も起きる事無く貴族学院卒業後に結婚をした。
これからも穏やかに暮らしていけるのだろう、と思っていたが新婚早々ある問題に出くわしてしまった。
アンセルは貴族学院時代から王太子の取り巻きの一人として過ごしていたのだが結婚してからも王太子に何かと呼び出しを喰らう事が多くなっていった。
しかも、重要ならまだ良いがその内容はどうでも良い事ばかりだった。
『旧交を温めたい』と言われて取り巻き達と飲んだり、『愛人にプレゼントを贈りたい』と相談を受けたり。
いやいや、あんた婚約してるでしょ? それなのに早くも浮気してるのか?とツッコミたくなるがアンセルはグッと堪えている。
そもそもアンセルが卒業直後に結婚したのは王太子達のこういうノリに馴染めなくて抜けたかったからだったのだが向こうはこっちの都合はお構い無しである。
この日も結局、アンセルが自宅に帰ってきたのは夜遅い時間になりレイニーは既に床についている。
アンセルはレイニーの寝顔を見ながら断れない自分に嫌気が差し溜息を吐いた。
結婚してまともにレイニーと過ごした事がなくこのままでは新婚生活にヒビが入ってしまう。
アンセルは一度レイニーとこの件に関して話し合いをする事にした。
そして翌日、この日は休みだった為にレイニーと話す時間があった。
「そろそろ王太子様に関して何らかの対処が必要だと思うんだ」
「私もそう思っていました。 そもそも王太子様は何故結婚しないんでしょうか?」
「本人は準備期間だ、と言っているけど僕は婚約者との関係が余り上手くいっていないんじゃないか、と思う」
「そもそも学院の頃も余り一緒にいる所を見た事がありませんわ」
「他の取り巻き達も結婚は保留状態なんだ。『そんなに急がなくてもいい』『都合が合わない』とか言ってるけど結婚に前向きではないみたいだし」
「婚約者側がどう思っているのか……。私ちょっと聞き出してみますわ」
「うん、よろしく頼むよ」
後日、レイニーはお茶会に参加、そこで取り巻き達の婚約者と接触した。
すると出てくるのは取り巻き達に対する不満や愚痴の数々。
やはり卒業後に早く結婚したい、と思って迫っているのだがのらりくらりと躱されているそうだ。
中には大喧嘩をして水面下で解消の話が出ているみたい。
王太子の取り巻きは国の大臣の子息が殆どである。
アンセルは文官だが、王太子が正式に即位すれば重要なポストに入るのは間違い無い。
国を背負う者達がこんなふわふわして良いものだろうか、とレイニーは頭を抱えた。
帰宅後、その事をアンセルに伝えた。
「やっぱり令嬢側は不満を持っていたか……」
「確実に結婚に対する認識の違いが出ておりますわ」
「手っ取り早いのは王太子様に身を固めて貰うのが良いんだけど……。アレじゃまだまだ遠いな」
2人は溜息を吐いた。
「一度誘いを断ってみたらどうでしょうか?」
「断った事はあるよ。でも通じなかった」
「向こうが聞く耳を持たなければ無理ですわね……」
このまま出口が見えないのか、と2人は思っていた。
しかし、解決策は意外な所にあった。
ある日、2人はレストランを予約し久しぶりに外食をする事にした。
そのレストランは貴族御用達でなかなか予約の取れない事で有名だった。
2人はこの日を楽しみにしていた。
準備をしていたレイニーはアンセルが帰ってくるのを待っていた。
そしてアンセルは帰ってきたがその表情は青褪めていた。
「アンセル、何かあったの?」
「レイニー、僕はやらかしたかもしれない……」
なんの事かは分からないがとりあえずアンセルは着替えて馬車に乗り込んだ。
そして馬車の中でアンセルから話を聞いた。
帰りの準備をしていると王太子が来てまた誘われた。
今日は妻とレストランで食事をするから、と断った。
その時に『俺の誘いより家庭を大事にするのか? 随分と腑抜けたもんだな』と悪態をつかれた。
次の瞬間、アンセルはブチギレた。
王太子の襟を掴み『お前のせいで新婚生活の大事な時間をぶち壊されているこっちがどんな気分かわかるかっ!? ハッキリ言っていい迷惑なんだっ!! いい加減学生のノリを捨てて自分の行動に責任を持てっ!!』と怒鳴った。
その勢いで城から出たのだが時間が経つに連れてアンセルは自分がやらかした事に怖くなってしまった。
「もしかしたら明日には席は無いかもしれない……」
「その時はその時で良いじゃないですか。私は何がなんでも約束を守ってくれたアンセルを誇りに思っています」
「ありがとうレイニー……」
レイニーはアンセルが自分の事で怒鳴ってくれたその気持ちが嬉しかったしこの人と結婚して良かった、と思った。
この日は楽しく食事を楽しむ事が出来た。
そして次の日、アンセルは憂鬱な気分で城に向かったのだが着いて早々、上司から国王が呼んでいる、と言われた。
やっぱり王太子を怒鳴ったのがマズかったのか、とアンセルはドキドキしながら執務室にやって来た。
すると国王は入って早々アンセルに謝罪をした。
「うちの愚息が迷惑をかけていたそうですまなかった」
「えっ、いや、あの……」
まさか国王に謝られるとは思わなかった。
「愚息がお主に怒鳴られた、と言ってな。よくよく話を聞いたら明らかに愚息が悪いから『お前が悪い! 相手は新婚なんだぞっ! 大事な時間を潰す様な事をお前はしているのかっ!!』と怒鳴り問い詰めたら今までの件を白状してな、本当に申し訳無い」
「そんな……。私も妻の事を言われてカッとなってしまい……」
「妻の事を貶されたら怒るのは当たり前の事、愚息はその当たり前がわかってない時点で王としての資格は無い。 あいつは昨日時点で王太子の身分を剥奪し辺境に送った、もう邪魔をすることは無いから安心してくれ」
「そ、そうですか……」
国王からの謝罪にアンセルはそれしか言う事が無かった。
「……という事になったよ」
「結果的には良かったですね」
「うん、肝はかなり冷えたけど。 それに取り巻き達も各家で処分があるみたいだよ、国王様が各家に手紙を出したそうだから」
「あら、そうなると婚約の方は解消になるのかしら」
「そうだね。そういえば王太子の婚約者にも会ったんだけどお礼を言われたよ、関係を終わらせるかどうか悩んでいたらしい」
「やっぱりお互いを思いやらないとダメですわね、私アンセルと結婚して良かったわ」
「これからもよろしくね、レイニー」
後々にアンセルとレイニーは国を代表するおしどり夫婦として有名になり『貴族の結婚の理想の形』として歴史に残る事になる。