ナンパから守るのは彼氏の役目
今日は、雪白さんとデートの日。
……それも、初めての。
今まで、誘えずじまいだった。
男避けの彼氏だって知ってるから、彼女の休日の時間をもらうのは申し訳ないと思ってた。
それに、文字通り彼女は男を避けたいのであって、平日ならともかく、休日までわざわざ男の俺と一緒に居たくないだろうな………といったかんじで。
でも、誘った時、雪白さんは嫌そうな顔はしなかった。寧ろ、その……雪白さんは、自分の口で『貴方と行く』と言ってくれた。
まず、そこが嬉しかった。
あ、普通の彼氏彼女らしく、デートに誘っても良かったんだなって。
デートの約束をした後、嬉しすぎて、今日という日が待ち遠しかった。柄にもなく、スマホに予定を書いてみたりした。『雪白さんとお出掛け』と書かれた文字を見るたび、だんだんと現実感が増していって、期待と緊張に包まれた。
雪白さんとの毎朝の登下校でも、彼女の顔がまともに見れなかった。自分で自分に驚いた。
俺って、マジで恋したらこんな感じなんだ。
とまあ、そんな次第で…俺がはしゃいでしまったのは、言うまでもないと思う。
支度をして、家を出た。目的地の遊園地は、電車を乗り継いだところにあるので、平日と同じように、駅前で待ち合わせだ。
雪白さんとの約束の時間は、9時。
だけど張り切って、俺は30分も前に待ち合わせ場所に来てしまった。
……はしゃいでる上に、不慣れな感じが出てるのが、すごく恥ずい。人生初のデートなんです…。
30分前て。
クールな雪白さんに知られたら、『夏目くんって遠足に向かう子供みたいね』って言われてしまいそう。
……雪白さんには、バレないようにしよう。
恥ずいじゃん。
多分雪白さんはきっちりした性格ぽいから、5分か10分前とかに来るんじゃないかな。多分俺のこの一連の行動は俺が言いさえしなければバレないはずーーーーー
「え?」
しかし、俺は目の前の光景に目を疑った。見間違えかと思って、目を擦ってから、もう一度見た。
雪白さんが居た。
見間違えじゃなかった。
ていうか、あのレベルの美人を見間違えることなどないだろうから、浅はかな思考回路だった。
……あれ。
俺はスマホの電源を入れた。
8時29分。
約束の時間の、約30分前だ。
あれ…?
俺は楽しみすぎて待ち合わせ場所に早く来てしまったつもりだったんだけれど……雪白さんの方が先に居た、だと……!
雪白さんも、もしかしてデート楽しみにしてくれてた?
それで早く来たとか?
とか一瞬だけ思ったけれど…………
いや、ないないないない。それは願望丸出しで、現実捻じ曲げてるよ俺。
な、何てこった!
これはつまりーーーーっ!
「雪白さんって、5分前行動じゃなくて、30分前行動が基本だったんだ……!」
これしか、ない!
彼女が現在、待ち合わせ場所に30分前に居る理由は、これしかないな!
うわー、俺だらしなくてごめん…!
「30分前って早く来すぎたなー」とか思ってた俺が馬鹿だった。
雪白さんは「30分前行動は当たり前よね」というお人だったようだ。
…夏目くん遅すぎないかしら?、とか思わせてしまっただろうなきっと……
デート初っ端から、俺やらかした……
い、今行きますので、お許しを。
俺が出て行こうとした時だった。
ブランド品でやたらと固めている服装の男2人組が、雪白さんのそばに近付いた。雪白さんはスマホに俯いたままで、男2人組は薄ら笑いを浮かべてある。
何だか、いい印象を抱かない奴らだった。
雪白さんがちょうど壁に背中を預けてたところ、男2人は左右でそれを挟むようにして立った。
男の1人が、壁に肘をついて、雪白さんの顔を横から覗き込んだ。
「君、さっきからずっとここ居るよね?もしかして、相手にドタキャンされた?」
「…………」
「あ、図星かよ〜。じゃあ、オレらと遊ぼー」
「…………」
「ねぇ、ねぇ」
「…………」
雪白さんは一貫して、男たちを無視していた。
学校で見るよりもずっと彼女は、冷淡な雰囲気を纏っていた。この手のナンパを相手にしたら負けだという、彼女なりの対処法なのかもしれない。
「なあ、無視すんな。ちょっと、ほら、行くぞ」
「はい、連行ー」
「なっ、ちょっと!何す……っ」
しかし、黙ったままだったのが、彼らには悪手だったらしい。雪白さんに相手にされずに苛立った様子の男と、下卑た笑みを浮かべたもう1人に腕を掴まれ、雪白さんは驚いた表情を浮かべた。
離して、と雪白さんが腕を振る。
マズいーーー!
道尋ねるとかじゃなくて、こんな朝っぱらからこんな最低なナンパする奴居るのか!
俺は少し離れた距離から待ち合わせ場所まで歩いていたのを、急ぎ走って彼女の元に向かった。
全速力で、彼女へと辿り着く。
俺は、雪白さんと男たちの間に割って入って、雪白さんの白い腕を無遠慮に掴んでいる、男の手首を掴んだ。力には自慢があるので、無理矢理雪白さんから離させようと思ったのだがーーーー
……こういうタイプって、そういうことすると、面倒なことになりそうだな。
力技で解決したら、後で「あー、手首捻ったぁ!オラ、金よこせや」とか言ってきそうだからなあ。
俺は男の手首に力入れて無理矢理離させる案は取りやめて、代わりに男の小指の腹を指でなぞった。俺の得意技だ。くすぐりでダウンさせるの、大得意。
昔他クラスのイジメの主犯格も俺のくすぐりに負けて大勢の前で醜態を晒してしまい、更生したケースがある。効果はバツグン!
男の肩が跳ねた。
俺が突然現れた動揺と、ぞわわ…とする寒気とくすぐりから逃れようとする本能で、ぱっ!と雪白さんの腕から、その男の手が離れた。
一瞬の隙さえ作れれば、後は簡単だ。
雪白さんを俺の方へ抱き寄せて、男たちから距離を取った。雪白さんがほっと息を吐く音が、すぐそばで聞こえた。だけれど、彼女の顔を見ると、まだ不安そうな表情をしていた。
ごめん、遅くなって。
俺は顔を上げて、男たちにニコリと笑った。
しかし、目は多分、笑ってなかった。舐められないように、隙のない目つきで牽制した。
「待ち合わせ相手、俺です。あと……この子、俺の彼女なので、そういうのはご遠慮下さい?」
「な……っ、」
「てめ、……」
男たちはかっと目を見開いたが、俺が向こう側を指差すと、そちらの方を素直に見た。駅前ということもあり通行人の多い場所なので、こちらを見ている人の目はいくつもあった。
雪白さんが美人すぎる…というのもあると思うけれど、それ以上にこの男たちが雪白さんに強引に迫っていた様子を心配して見ていた、というのが理由だろう。
引き際くらい、分かるよな?
男たちは立ち去ろうとはしなかったが、代わりにこれ以上事を荒立ててくる様子は見受けられなかった。
その様子に、俺もひとまず安心した。
「行こう、雪白さん」
「……え、ええ」
俺は雪白さんの手を取って、早歩きでその場を離れた。彼女を気遣わなければいけないとはわかっているものの、急いで彼らから離れないと、と思ったのだ。
適当なベンチを見つけて、2人で座る。
繋いだままの彼女の手が、少し震えているのに気付いた。男嫌いの彼女にとって、きっとあの状況は怖かったに違いない。
……遅かったな俺。
俺は雪白さんに頭を下げた。雪白さんの驚いた声が上がった。
「……え?…な、夏目くん?どうしたの、いきなり……?」
「ごめん。遅くなって」
「……え?い、いえ。夏目くんが来てくれたし、全然大したことないわよ?どうして貴方が頭を下げるの。ありがとう」
俺が申し訳なさそうにしているのが、雪白さんには不思議らしかった。
元々知ってはいたけれど、彼女はこんな状況においても他人を思いやれる優しい性格だった。
「もう、何で貴方が謝るのかしら。頭を下げるなら、助けてもらった私の方じゃない」
「……だって、雪白さんの手、震えたままだし。よほど怖がらせたんだろうなって……」
雪白さんは、キョトンとしていた。それから、ふっと小さく笑った。
「え?ああいやこれは、
朝日くんがあまりにスマートでカッコ良すぎて、少女漫画の世界の住人なのかな?ってトゥンクしすぎて、いやもうカッコいいの致死量浴びた尊さで死にそうになってるだけだから大丈夫だよ? 」
…えっと。
この震えは、怖がってたわけではない…のか?
彼女が嘘を吐いてるようには見えなかったので、俺はその言葉を額面通りに受け取って、ほっと一息を吐いた。
何だトゥンクしてただけか。
俺も、小さく微笑み返す。
「あっ、そうなんだそれなら良かっ………って、え?」
「え?」
「え?」
雪白さんと俺の視線が、ぶつかる。互いに見つめ合った。
「………」
「………」
俺と雪白さんの間には、しばしの間、沈黙が流れた。
俺もどう切り出せばいいのか分からなかったし、そもそも混乱してた。雪白さんは、さきほど見せた微笑みが、「すん…」と綺麗に引っ込んで、口を真一文字に結んだ。
俺は大変動揺しながら、何とか口にした。
「あ、あの、雪白さん……い、今のって…?…」
「………」
「えっと、トゥンク……?」
雪白さんの眉間が険しくなった。
口がちょっと動く。
「…………ふっ、」
「ふ?」
「ふ、ふぇぇぇぇっ(嘘泣き)、こっ、こここここ怖いに決まってるじゃないっ!本当は怖いに決まってるでしょう!たった今変なこと言ったけど、あれは本心じゃなくてあまりにあの人たちが怖すぎたあまりに変なこと言ってしまっただけよ!?怖くて、手が震えてるの!聞かなくても分かるでしょう?女の子の絶妙な機微くらい察しなさい、夏目くん!」
「ご、ごめん…っ…?」
怖かったけど、素直に「怖い」と言うのは一緒に居る俺に気を遣わせてしまうから、敢えて俺を持ち上げて別の理由をでっちあげたのを、俺が察せなかったと!アホみたいに嘘の理由に素直に引っかかって喜んでるんじゃないわよ、ってことですかーっ!?
つまり、そういうことですか!
「雪白さん俺のことカッコいいって言った!」って素直に喜んじゃったよ、ごめんなさい!
な、なるほど。男兄弟でガサツに育った俺にとっては勉強になります。
女性の機微は、言葉ではなく、雰囲気で察しろと。
メモメモ。
俺は反省して、早速学んだことを活かした。
「わ、分かった。雪白さん。じゃあ、今日のデートは中止に…」
「はあぁぁ!?夏目くん、貴方っ、何を言ってるのかしら!?」
「え、?だってこれ以上外に居ても、また怖い思いするかもだしーーーー」
「私がはしゃぎすぎて1時間前から待ち合わせ場所で待ってて、楽しみにしてたデートがなくなる方が悲しいのだけれど!」
「……え?」
1時間前?
雪白さんは、はっ!とした表情を浮かべた。慌てて繋いでる方とは反対の手をぶんぶんと振った。
「わ、私、いや、今のは違くて……!」
「雪白さん……大丈夫。もう分かったよ俺。嘘を吐かなくていいよ」
「ち、ちが…っ」
「雪白さんは1時間前行動が基本なんだな!分かった!今度から気をつける!」
「………へ?」
30分前行動など甘かったのだーーーー
雪白さんを前には、1時間前行動が基本っ!!
ということは、俺は本日めちゃくちゃ雪白さんを待たせてしまったのでは!?(戦慄)
そんな待ちくたびれたデートを中止にされる方が困るってことか、確かに。
「雪白さん、じゃあ…俺とデートしてくれる?」
「…っ、も、もう始まってるわよ……」
俺が真っ直ぐと見つめると、雪白さんは、そっぽを向いた。彼女の口が、ちょこん、ととんがっていた。
言われてみれば。
雪白さんは俺の手をぐいっと引っ張って、ベンチから2人で立ち上がった。雪白さんはぷいっと、俺に背を向けた。
そのおかげで、彼女のストレートヘアが、いつもと違って、アレンジが手がこんでいるのに気がついた。綺麗な編み目だった。
俺は、微笑んだ。
彼女がどれくらい楽しみにしていてくれたかは置いておいてーーー少なくとも、必要以上に自分とのデートに付き合ってくれてることを、卑下する必要はないんだと思った。
「も、もう、電車の時間もうすぐだったわよね…?い、行きましょう早くっ」
「雪白さん」
「な、何かしら……?」
雪白さんが振り返った。俺は、一層彼女に微笑みかけた。自然と、そんな笑みが溢れた。
「言ってなかったと思って。今日の服も、髪も、雪白さん自身も可愛い。隣を歩けるのが光栄」
「………何で平常運転なのよ、もうぅっ…!」
雪白さんは、またそっぽを向いてしまった。褒めちゃマズいなんてことはないだろうから、照れてくれたんだろうか。だったら嬉しいなあ、と思った。




