私の彼氏なんだから、体裁よく…してね?
自慢の、彼氏。
自慢の彼氏かぁ〜!!
嬉しい!日本人らしい建前の文化だとしても、それを聞けただけで、価値のある言葉!
やばいな、ニヤニヤ止まらなーーーーー
その時、ひゅんっ…!!と俺の横を雪白さんの手が通りすぎて行った。ちらりと見ると、俺の顔の横に、雪白さんの右手があった。
俺は階段の踊り場の壁に背がピタリとくっついていて、雪白さんがその目の前に立っている。
所謂、壁ドン状態同然になっていたーーーーー。
えええ!
ち、近ぁ……っ。
睫毛長げぇ…。
美少女が俺に迫ってるみたいな構図に、俺はまたもやテンションがぶち上がりそうになった。
いやー、雪白さんが普通のいい人で良かったよ。壺売る美少女じゃなくて良かったよ。俺、絶対壺買ってたよ。こんなに転がされてるし。やっぱあの後輩、俺の単純さをよく分かってるな。
アレ…?
ところで、何故俺は、この美少女に壁ドンされてるのでしょうか。
雪白さんは、少し唇をとんがらせた。
「夏目くん……あの子に告白されて随分と嬉しそうにしてたわね…?」
「え?」
それは、さきほどの俺の中学時代の後輩である乃亜とのやり取りを指しているのだろうか。
俺は、首を傾げた。
あれ?雪白さんって、いつから俺と乃亜の話聞いてたんだろ……?
告白云々は、割と序盤のくだりだったんだけど、ちょっと聞いた会話だけで察したのかな?
誤解を与えたなら、きちんとといておかなければ。
「ああ…あれは久しぶりに後輩に会ったから懐かしくて。…告白はちゃんと断ったよ」
「…………ほんとかしら?」
「う、うん。断った」
「…………その割には、最後の方に、私から乗り換えるようにあの子に言われてなかったかしら?私の気のせいなら、いいのだけれど」
俺は、言葉に詰まった。
雪白さんが現れる直前くらいの乃亜の言葉を思い出そうとするが、雪白さんが現れたサプライズ感で俺の頭は占領されてしまっていた。
花の香りと、柔らかな感触。
好きな人が近付いたら、他の人の言葉が耳に入ってなかった。
…思い出せない。俺、乃亜に最後の方、何て言われたっけ?
「………えっと……そうだった、け……?」
俺が曖昧な笑みを浮かべると、雪白さんの目がすぅ…と細くなっていく。
皇帝の猫に睨まれた感じ。…分かるだろうか?誰か、分かって欲しい。
気高き高貴の象徴が、こちらを非難がましく捉えているイメージ。
「夏目くん」
「おう」
「夏目くんは、今、誰の彼氏かな…?」
「ありがたいことに、雪白さんの彼氏やらせてもらってます」
「……ありがた…?……え、ええ、そうでしょ?」
雪白さんは、力強く頷いた。
俺もそういう流れかと思って頷き返した。
何故かまた雪白さんの目が細くなった。どうして。
「夏目くん……貴方…分かってないでしょ」
「…うん。雪白さんに突然壁ドンで迫られて、俺の脳内キャパがオーバーしてる。雪白さんが綺麗すぎるのが悪いと思う」
「……何でそんな急に直球投げてくるの、いつも夏目くんはもおぅ……っ!!」
心の中の褒め言葉は、すぐ口に出ちゃうんだよな。
でも褒め言葉だから、いいよなー。俺は相手の美点を見つけたらすぐに伝えたくてたまらない。
「…こほん。な、夏目くん」
「…ん?」
「夏目くんは、私の彼氏」
「うん、そうだね」
「私の彼氏である以上、他の女の子とイチャイチャは駄目。いい?」
「もちろん」
愚問である。雪白さんというものがありながら、他の女子にうつつを抜かすわけがなかろうて。
「……ほんとに、分かった?」
「うん、分かってるよ」
「ほんとかしら…………夏目くんって、すぐ女の子をタラシこむから、困ったわ……」
そんな技術あったら、俺はとっくの昔に夏目さんを落としに行ってる。
何故だろう……男避けとは言え、彼氏なもんだから、雪白さんの中で俺に色眼鏡かかってるのか?
ごめんな、普通の男で…!
剣道は出来るよ!
「ーーーー夏目くん」
「は、はい……」
雪白さんは、静かに微笑んで、そっと俺の耳元に唇を寄せる。彼女の微かな吐息が、俺の肩をぞくりとさせた。
「夏目くんは今、私の彼氏なんだから…体裁よく…してね?」
俺を見上げる彼女と、目が合う。
妖艶な笑みが、ちらりとのぞいていた。
俺は反射的に、もう片方の耳を押さえていた。
どうして雪白さんに耳打ちされた方の耳じゃないのかと言うと………
分からないのだが、恐らく本能的にマズいと思ったのだろうと解釈できる。もう片方までやられるわけにはいかないと。もしも今やられたら俺は……
こくこくこく、と俺は勢いよく首を縦に振った。白旗万歳である。
雪白さんは、今度は目を細めなかった。
よく出来ました、とでも言わんばかりに、微笑み返される。
美少女の蠱惑的な囁きに、俺はまだ余韻が残って、ゾクゾクとしていた。
お、恐ろしや、美少女……




