後輩からの告白
ーーーーー昼休み。
何故か俺の机に入っていた手紙を持って、俺は中庭へと赴いた。
ベンチは、カップルたちが軒並み占領している。この学校は、不文律で、昼の中庭はカップルたちの聖地とされているのだ。大体の生徒は、教室で友人たちと食べる。
こんなところに恋人の居ない身で割り込むような勇者は、まだお目にかかったことがない。
かくいう俺も、少し彼らの前通りすぎただけで、なんとなくダメージを食らっていた。
うーん、彼女は居るんだけどな…
その彼女が、俺なんかの彼女だと思っていいのか分からない次元の美少女なので、何だかまだ恋人の居る実感がいまいち湧かないというか。
指定された場所に着くと、中庭の隅に呼び出し主らしい女子生徒が見えた。
ポニーテールの毛先をくるりと巻いた、華やかな顔立ちの女子。
俺はその顔を見て驚いた。
手紙には、差出人は書かれていなかったのだ。
俺はたった今、その正体を知ったことになる。
知っている女子だった。
「………乃亜?」
「…良かった。来てくれたんですね、朝日先輩」
住吉乃亜。
中学時代に俺は生徒会と剣道部に入っていて、乃亜はそのうち前者で交流があった。俺が3年の秋に生徒会を引退してからは、学校の廊下ですれ違った時に話を交わす程度だった。
しかも、高校に入ってからは連絡も途絶えていた。俺が高1の時には、乃亜は受験生だったわけだから、連絡するなんて考えは全くなく、ここ1年ほど音沙汰のない状態だった。
同中の奴らの噂で、乃亜がこの学校に入学したらしいことは耳にはしていたが、廊下ですれ違うこともなかったので、ついぞ久しぶりの対面だった。
「……いやあ、乃亜………。いきなり俺の机の中に差出人不明のラブレターが届いてたもんだから、俺めっちゃびっくりしたぞ…?」
「えへへ。朝日先輩のクラスメイトに聞いたら席を教えてくれたので、がばっと〜」
「おいおい、ラブレターなんて、今時珍し……ん?ん??いや、ちょっと待てラブレター???」
整理をしよう!
俺の手にはラブレター。中に告白っぽい言葉が書かれてあったので、ラブレターと暫定しよう。
そして、その差出人は、中学からの後輩である乃亜。
おん?つまり………?
何か不思議すぎて、頭がこんがらがってきた。
「………ええっと、俺、もしかして乃亜に告白されてるっていうことでいいの、か……?」
「……あれ?珍しく頭冴えてますね、朝日先輩〜!あのキングオブ鈍感の朝日先輩が〜!」
「何か…貶されてる…?」
「いや〜中学の時の朝日先輩は酷かったですよ〜?」
「は、はあ……どういうこと?」
俺が尋ねるが、ニカッと笑ってサムズアップする乃亜。健康的な白い歯が光っていた。
ちょいちょい。
何が、どう酷かったのか、教えて欲しいんですけどこっちは?
乃亜は、疑問だらけの俺に、おかしそうに笑った。よく分かっていない俺を見て、愉悦に浸っている。
おーい。………
っんとに、昔から年上を揶揄うのが好きなんだよな、この後輩……
「さて!お返事を聞かせてください朝日先輩!」
「返事?」
「こ・く・は・くの返事ですよ〜っ!!!手紙に書いてますよねっ?」
「……あ、ああ…」
ごめん。
乃亜に明かされるギリギリまで、ドッキリと疑っていたので、手紙の言葉があまり頭に入っていなかった。加えて、乃亜とは昔からそんな雰囲気になったことがなかっただけに、「本当か?」と疑ってる自分が居た。
なんか…告白されてる実感がないんだよな……。
乃亜はクルクルと毛先を指で遊びながら、上機嫌に呟いた。目の奥が、相変わらず笑っていた。
「…ま、どうせ朝日先輩のことだからぁ、鈍感力発揮してまだ彼女とか居ませんよね〜?…分かってますよ朝日先輩っ、中学の時ぃ、なんだかんだで私のこと一番気にかけてくれてたし〜!重いものとか持ってくれて、さりげなく女の子扱いしてくれたし〜!と、特別っ?特別扱いされてるの、悪くなかったかなぁーみたいなぁ〜?……そのぉ、だから、朝日先輩はぁ、ここらで、私とくっつくのが当然、ていうかぁ〜、自然の摂理というかぁ〜、予定調和??みたいなぁ〜!!」
……?あ、うん。
「ーーーーーごめん。彼女居る」
「……え?」
俺の一言に、乃亜が、口をポカンと開けて固まった。
アンビリーバボーを全身で体現したような様子になってしまっている。
うーん。乃亜は、よほど俺を恋愛不適合者だと思ってたらしい。
「…な、な、うううう、嘘ですよね!??嘘に決まってますよね!???何で何で何で???朝日先輩は鈍感……!!告白されても気付かないキングオブ鈍感!そんな人に彼女ぉぉぉーーーー!???ないないないないない…」
乃亜はハハハッ!とやけに大袈裟に笑って、顔の前で手をヒラヒラと振った。目尻には笑いすぎたのか涙が光っていた。
おいコラ、傷付くじゃないか。全力で否定するんじゃないよ後輩よ。
乃亜は笑いの涙を浮かべながら、俺にじりじりと詰め寄った。やたら圧が強かった。
「……嘘ですよね???嘘って言ってください朝日先輩?嘘だよね????」
イエスを強要されるが、事実を裏切るわけにはいかない。小説より奇なり、とはまさに俺と雪白さんの恋人関係を指すのだろうが、事実ではあるのだ。
俺は、眉を下げた。
「……いや、本当なんだけど……」
「っっ、ガッテーーーーーム!!!!!!馬鹿な!!そんなハズは……!??朝日先輩を誑かしてるのはどこの羊の骨だって言うんですかぁーーーー!!!!」
「馬の骨は素性の知れない人を指すから、別に言い換えなくても…」
「女子を馬に例えるのは嫌なんですぅっ!!てか、そんな豆知識は今どうでもいいですから!!!」
乃亜が、ガシッ!!と俺の両肩を掴んだ。
怨念でもこめているんでないかと思う、万力の如く握力がのしかかる。
「朝日先輩。誰ですか?朝日先輩を誑かした魔性の女は誰ですか??」
「…………」
「はーん?まさか黙秘するつもりですか!?」
「………いや、別に言ってもいいけど……お前、聞いた途端に笑い転げそうだし……」
雪白さんと俺が不釣り合いすぎて、笑われそう。
「はあはあ、何だそんなことですかー!!大丈夫ですよ!!…朝日先輩がいつか高い壺を買わせてくる美女にひっかかりそうだなって、私心の中でずっと思ってました!いいカモになりそうだなって、思ってました!!だから大丈夫です〜!!もう既にお金を振り込んじゃってても、私、笑ったりしませんから!」
「いやっ、騙されてないわっっ!!?ちゃんと恋人だっての!!そりゃあ確かにそう思われても仕方ないレベルの美少女と付き合ってはいますけど!」
「ははは、ちなみにじゃあ、誰なんですか?」
いいカモとか思われてたのは、ショックなんですけど?俺そんなこと思われてたんかい。
くそ、証明してやるか、ちゃんと恋人だって。
ただの男避け用の彼氏なのは、ちょっと見栄張って……黙っておこう。
意趣返しのつもりで、俺は言った。
「……雪白さんだよ。雪白璃衣さん」
俺が白状すると、乃亜は頷いた。
「ははは、雪白さんですかー、そりゃあまたすごいとこ行きましたねー、朝日先輩たら一体どうやってあんな美少女を射とめ……………………え?」
乃亜はかっ!と目を見開いた。口は音楽の授業なら文句なしで満点がもらえるほど、がばっと開く。
「…………って、えぇぇぇぇぇ!????ゆ、雪白先輩ぃぃぃぃ!?朝日先輩の彼女が、雪白先輩、ですってっー!!!??んな、馬鹿なっ!!!馬鹿な!?」
後輩の間でも、雪白さんはしっかりと認知されてるらしい。流石、学園1の美少女と名高い雪白さんだ。
雪白さんは正直、別格だもんな。ドラマから飛び出してきたんじゃないかというクールビューティー。
乃亜は、頭を抱え込む。人生を捧げたのに解けない問題にぶち当たった研究者みたいな顔をしてるのは、俺の発言のせいなのか?
うん、まあその反応は妥当っちゃ、妥当なんだけど。
「………いやいやいやいやいや、いくら朝日先輩が性格優勝のタラシだとは言え、顔はイケメン寄りの完全たるフツメン……!圧倒的に顔面偏差値が違いすぎる……おまけに朝日先輩って、ただの剣道バカだし、頭悪いし……」
「おいコラ。聞こえてるぞ後輩?」
「事実じゃないですか!」
「事実………、じゃないと言えない自分がつらい!確かに俺、剣道以外取り柄ないわ……!」
「性格はそこに入れていいですよ!……って、じゃなくて!」
ぎぎぎ…とまた俺の肩が、掴まれる。
今度は何を叫ばれるのかと思っていると、乃亜の顔が険しくなった。
「………朝日先輩……それ、騙されてたりしません?」
「………え?」
「だって、いくら朝日先輩でも……どう考えても、あの完璧美少女の雪白先輩と、私たちとはステージが違いませんか?そんな人が彼女って」
「………いや、まあ……うん、まあ、うん……そうだな……うん……」
俺は返事に困窮した。
よ、よく分かってるわー、この後輩。
うん。男避けですよ?告白断るの面倒だから彼氏よろしくねって、感じで雪白さんの彼氏になりましたけど?
でも、言いたくねえ。何かこの後輩に言ったら、延々と揶揄ってきそうで言いたくない……!
「朝日先輩。私、心配して言ってるんですよ?」
「うん……うん……とくと分かってるから……」
確かに乃亜にしてはめちゃくちゃ真剣な顔つきをしていた。そんなに心配されるなんて、俺と雪白さんの次元の違いを実感して、俺泣いちゃいそうだわ。
……。
言わんでよろしいのよ。俺、ちゃんと分かってるから。自分の次元、分かってるから!
さしものポジティブ人間も、これ以上は傷付くからやめとくれい後輩……!!
「はあ〜、だからですね?朝日先輩には私くらいがちょうど良いと思ーーーーーー」
しかし。
乃亜が、その言葉の続きを紡ぐことはなかった。
乃亜は俺の肩を掴んだまま、向かい合った俺の向こう側を見て、小さく目を見開いた。
ふわり、とかぐわしい花の匂いが俺の鼻腔に届いた。
これ……知ってる。
「ーーーーー夏目くん」
振り返ると、雪白さんが佇んでいた。
風が吹き抜けた。長い黒髪が靡いて、それをそっと押さえる仕草1つがまるでドラマのワンシーンのようで。
乃亜の言う通り、俺の彼女だなんて信じられないくらいの美貌ぶりだった。
…あれ、どうして、雪白さんがここに?
雪白さんは、じいっと俺と乃亜を見つめた。切れ長の瞳は、正確にはーーーー俺の肩あたりを見ていた。
「……あ」
視線に気付いた乃亜が、ばっ、と俺の肩から手を離した。
代わりに、雪白さんがするりと俺の腕を取った。花の匂いがぐっと近付いて、おまけに腕に柔らかい感触が伝わった。
こ、この感触、まさか……?
見る勇気がなくーーーー胸だけちらりと見るのは不埒だと思ってーーーー想像ではあったけど、多分正解だろうなと思って、妙にテンションが上がってしまった。
雪白さんは乃亜に対して、柔らかく微笑む。それは母性に包まれたマリア如く。
「…ふふ、ごめんなさい。さっきお話たまたま聞いてしまったのだけれどもね。………夏目くんは、私の自慢の彼氏なのーーーーーー、だから、譲れないわ」
俺も、乃亜も、ピタリと固まる。
いや、あっけに取られていた。何にかって?
あまりの美貌ぶりと、その言葉の内容の、どちらにもである。
………な、何だってぇ?
今…何か最上のお褒めの言葉を俺にかけてくれたような…?
「…じゃあ、夏目くんは借りていくわね」
「あ、は、はい!」
ぶんぶんと首を縦に振る乃亜。雪白さんは、上品に微笑んだ。
「………ふふ、ありがとう。じゃあ、行きましょうか、夏目くん」
「…….あ、うん……」
行きも通った中庭を抜けていくが、そのあたりでイチャついているカップルなど、もう気にならなくなっていた。
それよりずっと押し付けられている柔らかい感触と、良い香りと、先程の雪白さんの言葉で、頭はいっぱいになっていた。
ーーーーー自慢の彼氏。
多分、乃亜の前だったから必要以上に良いように言ってくれたんだろう。付き合ってる恋人を人前で貶す人間なんて、当然ながらいない。
………ああ、やばいなコレ……
嬉しすぎて、癖になりそう。
俺は緩みまくっている自分の口角に気付いて、頰をそっと撫でた。
はあ〜、この主人公は書いてて心が落ち着きますね。
あっちの作品の主人公は暴れすぎてて胃が痛くなるから、どうにかして欲しい………という独り言。




