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文化祭と兄たち

うちのクラスは相変わらずの集客率で、午前の時点で今日の分の整理券が全て配り終えてしまった。


シフトの交代で、午前組はもう抜けて大丈夫だとのことだったので、俺と璃衣は接客用の衣装から制服に着替えて、校内を歩くことにした。


「で、何で居るんだよ真昼兄」

「ひひは〜ん、ひふはへまはっはほうあはろひふはい?」

「口いっぱいに詰め込んだまま、しゃべるなよ。マナー違反」


チョコバナナを頬張り、チョコを口の端につけている真昼兄の横で「つ、ついてるよ真昼くん…」と甲斐甲斐しく世話をしてあげる颯汰さん。

颯汰さんが差し出したテッシュに、拭いてくれと言わんばかりに顎を突き出した真昼兄。

颯汰さんが戸惑ってるあたりで、俺は甘ったれた兄の頭を後ろから叩いた。


「痛ってぇ」

「颯汰さんに迷惑かけんな」

「いや〜、なんかついつい?美人にお世話されるの良いなと思い始めたんだよ俺は」


うわ。


「陽菜姉に浮気の兆候が出たって報告しておこ」

「やめろよ〜。また陽菜にクソ野郎って罵られるじゃねーか〜」

「ニヤニヤすんな。気持ち悪い」


彼女に尻に敷かれるのがタイプな真昼兄に、何をしようがダメージはないらしい。

女優やモデルとも繋がってる派手な交友関係も、もはや彼女に怒られるためのパフォーマンスなのではないかとすら思えてくる。


………いや、それはないな。この人、根っからの派手な陽の陽の人だから。

彼女一筋なので、そこだけが取り柄だが。


「で、改めて何で居るの真昼兄?」

「いいじゃーん。皆んなで回った方が楽しくない?」


少なくとも目立つので、真昼兄とは一緒に文化祭を回りたくない。


「ご、ごめんね、朝日くん。璃衣とのデートを邪魔するつもりはなかったんだけど、真昼くんが2人とも回りたいって」


何故か颯汰さんが代わりに謝ってくれた。多方面に気を遣って、不憫な人である。

こんなにイケメンなのに、損な役回りをさせられている気がしてならない。


「いいんですよ颯汰さんは!颯汰さんと回るのはいいです!真昼兄が要らないんです!」

「いや、私は逆にお兄ちゃんが要らないと思うの」

「うぅ」


璃衣、いじめない。お兄さんのこと、いじめない。

颯汰さんがちいかワみたいになってるから。


俺と2人の時は颯汰さんのこと褒めてるのに、何で本人には冷たいの……?


「おいおーい?聞き捨てならねーな朝日。あのなー、ツンデレはもう古いから、いいってそういうの。俺はお前の気持ち分かってるから。ほら言ってみ?俺と回りたいだろ?」


俺の肩を叩いて、うんうん分かってる分かってるとでも言いたげに頷いている真昼兄。

至近距離でLED並みに発光しているキラキラの笑顔に、俺は眉を寄せた。

近くでは悲鳴を上げてうちの女子生徒が胸を押さえて倒れる音がしたが、弟の俺が思うことは1つ。


…うぜぇ。

今ならあのウザ大王の夕哉(ゆうや)兄に勝てそうなくらい、この人うぜぇ。


「紛れもない本心だよ」

「あー、そういうこと言っちゃう系ね?大丈夫大丈夫、俺には心優しい雪白颯汰くんが居るから」


なっ、と颯汰さんの肩に腕を回す真昼兄。


「最近は毎日昼一緒に食ってるし、たまにサシで呑みに行くし、この前なんか合コン行って2人で無双してきたんだよな!サウナで汗も流した裸の付き合いだぜっ?なあ、颯汰!」

「えっ、あっ、う、…ぅん」


颯汰さんは、かくかくと首を縦に動かした。

笑顔が引き攣ってる。明らかに言わされてる。


「だから、颯汰さん困らせんなっつてるだろバカ兄!」

「え、颯汰困ってんの?ごめん俺なんかした?」

「いや、や、そ、そんなことないよ……」

「ほら、朝日!大丈夫だって〜」

「ちげーよ!気を遣われてんだよ!」


俺は知ってるんだ。

うちの次兄ことこの陽キャキングが、ひっそりと静かに暮らしていた颯汰さんのキャンパスライフに介入し、自分のグループ引き連れて学食突撃、暇あれば誘拐、合コンに連れて行くという暴挙……!


颯汰さんは陽キャキングに怯えて、俺にメッセージでよく泣きついている。

その度に何故か俺が謝る羽目に。


コミュ力弱者の気持ちの分からない真昼兄のせいで、ほとほと頭を悩まされている。


「颯汰さん、いいんですよ。わざわざこんな兄に休日まで付き合わなくたって」


俺がこそこそと囁くと、颯汰さんは手を横に振った。


「あ、いや……ちが、大丈夫だよ、俺は大勢引き連れて来られるのが苦手なだけで、真昼くん自体が怖いわけじゃないから……真昼くんと居ると純粋に楽しいし……」


颯汰さんは、璃衣そっくりの儚げな目元を細めて、柔らかく微笑む。


な、なんていい人なんだ……!!

聖人ですか?

こんな兄、隣に居てもうるさいだけだろうに!


「颯汰さんはいいけど、真昼兄。満足したら離脱してくれ。真昼兄居たら、女子からの視線すごくて落ち着かない」

「ん、まあいいよ。は〜い」


適当な返事をして、ホットドッグを頬張る真昼兄。

この人、さっきからどんだけ食べてんの。


結局4人で文化祭を回ることになり、美形の璃衣と真昼兄、颯汰さんが揃ってるせいか、周りからすごい数の視線が集中していた。


中には璃衣に声をかけようとする他校生の男子グループが現れ、彼氏としてはもちろん良い気分ではなかった。

しかも、真昼兄と颯汰さんが飲み物を買いに抜けている時になって、こっちに歩いてきたので、まあ、俺相手ならイケると思った………まあ、要は、ナメられてるということなのだろう。


俺は璃衣の肩を抱いて、その男子学生たちには見えないように背を向けた。璃衣は俺の身体にぐっと近付き、小柄な体躯は俺の身長ではすっぽり隠れた。


俺の行動の意図を察した男子学生たちは諦め、また次のターゲットを探し出すように歩き出した。


「………朝日、くん?」


璃衣の見上げた瞳と目が合って、俺ははっとした。

彼女の肩を抱いたままだった俺は、璃衣の肩背から自分の手をさし抜き、密着を解く。


付き合いたての頃には、なかった感情に俺は少し戸惑う。

それは、独占欲という名だ。


他の男に声かけられるのが嫌だ、とそう思うのは彼氏としておかしなことではない。

だけど、自分でも気づかないうちに、璃衣と付き合いを重ねていく中で、その気持ちが存外大きくなっていたらしい。


自分がどちらかというと、嫉妬しない性格だと思ってただけに、俺は処理に困った。

不思議そうにしている璃衣に、俺は耳を赤くさせて、そっぽ向く。


「………ごめん、余裕、なくて」


俺が気恥ずかしい思いをしていると、くすくすとささやかな笑い声が返ってきた。


「…璃衣」

「うふふ、ごめんなさい。でも、嬉しくって」


鈴が転がるような、軽やかな笑いと共に、璃衣はそっと目を細めて、俺を優しく見上げた。

ああ、まずい。これは、彼女のターンだ。


「嫉妬したの?」

「………そりゃあね」

「初めてだね」

「………この非日常感のせいだよ」


同学年の間では俺たちは温かく見守られてるため、璃衣に粉をかけてくる男など、普段はそうそう居ないのだ。

彼女への告白が無くなったとは言わないが、真っ直ぐと想いを伝える人間に、俺はあまり嫉妬はしない。

自分もその勇気を出すのがどれほど大変かを、知っている側の人間だから。


「朝日くんだけが、私の特別」

「………ずるいってぇ……」

「ふふ」


璃衣に頰を両手で包み込まれ、じんわりと温かい熱が頰を伝う。

まるで良い子ね、とでも言いそうだ。

最近、お姉さんぶるようになってきたのだこの彼女。

…………何かハマったら、引き返せない依存性がありそうで、ちょっと怖い。


「ひゅー、イチャついてるカップルが居るー」

「茶化すなよ、真昼兄」


そうこうしているうちに、飲み物両手に戻ってきた真昼兄と颯汰さん。

この兄に彼女とイチャついてるところを見られるのはごめんだと通常運転に戻ると、あっ。と残念そうな璃衣の声が漏れた。


真昼兄はこらえきれないように笑っていた。


「や、マジで朝日の顔、デレデレだったわ〜。うわぁっ、写真撮っときゃ良かったなぁ〜!陽菜に見せたら爆笑しただろうな〜」

「撮らなくていい。真昼兄うるさい」


ほら。だから、見られたくなかったんだよ。


相変わらず笑っている失礼な真昼兄を小突き、飲み物を1つ奪って、俺は気まずさを隠すようにストローを咥えた。


「まぁ、でも安心したわ」

「何がだよ」

「ずっとお前が彼女作ってなかったの、俺のせいかなって反省してたんだよ実は」

「はぁんー?」


今更すぎて、もはや何の話だよって感じである。


颯汰さんが、目を丸くした。


「え、朝日くんってうちの妹が初彼女なんだ。慣れてるから、てっきり……」

「でしょう、お兄ちゃん。私も初めて知った時はびっくりしたの」


雪白兄妹はドリンク片手にそんな会話を交わしていた。

何故驚かれてるのか知らないけれども、そんな意外でもないと思う。


「でも真昼くんのせいって、どういうこと…?」

「あっ、聞きたいか颯汰?んまぁ、もう時効かなぁー?実はさ、朝日が小学生の時、俺が部屋で陽菜に頼んで緊ば───」

「黙れ真昼兄ィィィ!!!清らかな颯汰さんと璃衣の耳が汚れるだろうがっ!!!」

「ふんがっ」


自ら黒歴史を暴露しようとしていた真昼兄を後ろから羽交い締めにして口を塞ぎ、俺はヘッドロックを決める。

真昼兄はジタバタ暴れていたが、俺が鋭い眼光で押さえこむことに成功する。


18禁の世界に勝手に連れ込もうとしていた真昼兄は、俺に睨まれてハハと笑った。


「まあ、要約すると、朝日は恋人の未知の世界に触れて、ちょっと彼女作るのに抵抗できた……的な?」


だいぶぼかしているけれど、全年齢制限で語れるのはここまでだ。


「とにかく、朝日は、りーちゃんと出会えて良かったなと…俺は安心したわけですよ」

「真昼さん……」


歯を見せて笑う真昼兄に、璃衣はハッと口に両手を当てて感動している様子。


俺からすれば元凶の茶番だったけれど、わざわざ口にすることでもないので、黙っていた。



「じゃあ、そろそろ抜けるわ。朝日、りーちゃんと仲良くな」

「言われんでも仲良しです」


その後、ようやく満足してくれたらしい真昼兄は颯汰さんと2人で回るとのことで別れ、俺は璃衣と2人きりの文化祭デート─────、



とはならなかった。


文化祭実行委員長の仕事が次々と舞い込んで、俺は各所を走って回り、ようやく落ち着けたのは文化祭2日目の終了間際。

後夜祭開始のチャイムがなった頃だった。




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