文化祭と陽キャキングと高嶺の王子
俺は慣れないセットした髪をどうにか崩せまいかと試行錯誤していたが、無慈悲にも文化祭の一般公開が始まってしまった。
早速うちのクラスにも大勢の客が押し寄せた。
入店するや否や。
美人な璃衣のメイド姿に男女関係なく惚けた顔をして、イケメンな亮也に女子が大興奮or顔を赤らめ、狭い学内だからか、すぐにその噂はお客たちの間で共有され、瞬く間に人気店となった。
教室の外には、行列が出来始め、整理券を急遽発行してはどうかとさきほどからクラスの裏方は大忙しだ。
さすが春のクラス分けで「学年1の美男美女コンビが固まってる!」とクラスメイトたちが当たりのクラスだと喜び合ってただけある。
あんな美人が俺の彼女なんですよ、と後方彼氏面したいところだったが、自分がただでさえヘアセットのせいで文化祭に浮かれたイタイ男になってるのを思い出して、やめた。
「お待たせしました、ご注文の品です」
接客業の基本のキこと、俺はスマイルを添える。笑顔で接客されて悪い気のする人間など居ないだろう。
これで気色悪いんだよと水をぶっかけられようものならやめようと思うが、そんな客はおらず、高校の文化祭なんて治安のいいものだ。
大体嬉しそうに「ありがとうございます〜」と返されるので、やりがいを感じる、楽しい。
「あのぅ、すみません〜」
「はい、どうしました?」
テーブルに座っていた別の高校らしき女子グループの1人に声をかけられ、俺は振り返った。
近くの私立の制服だ。
「あのぅ、あの男の人と、連絡先交換したくてぇ」
あの男の人とは、もちろん、我が高校の不動のモテ男こと亮也のことである。
はいはい、よくあるやつだ。
「でもぅ、声かける勇気が出なくって〜」
「そうなんです〜!」
「だから、お兄さん私たちと交換してくれません?お兄さんもめっちゃカッコいいし!色々と2人のお話聞きたいなぁ」
はいはい、アイツよりハードルが10段階くらい低そうな俺になら声かけれるから、ってことね!
気持ちは分かる。いきなりあんなイケメンに声かけるのは勇気要るもんな。
間を取り持ってやりたい気もするが、生憎彼女の居る身なのでね。
「あ、すみません。俺、彼女居るんでそういうのはちょっと。アイツに一度聞いてみましょうか?」
「ええ〜、うんー……」
「あ、やっぱいいですぅー」
「引き留めてすみませーん」
女子高校生たちはスマホをそそくさと仕舞い、急に俺をテリトリーから締め出して、会話し始めた。
あれ………?
俺は近くを通りかかった亮也を呼び止め、何だと怪訝そうな顔をする亮也に、こそっと呟く。
「悪い。なんか、俺あの3人組の気分悪くさせたみたいで。お前に興味ある子が突然消えた」
「え、本気で言ってる?」
「………あっ、た、タイプだったか…?」
「いや、そうじゃなくて」
亮也が呆れたような表情を浮かべて、俺が首を捻ると、「そういやこの人鋼鉄の鈍感だった……」ともっと呆れた顔をされた。
「僕じゃなくて、朝日に興味があったんだよ」
「は?」
「いや、は?じゃない。朝日に彼女居るって分かったから、ナンパする気が失せたんでしょ。僕のことはあわよくばって感じで言っただけじゃない?」
「………いや、そんな馬鹿な」
俺の今までの学生生活を振り返るに、数多の女子に亮也との仲介役を頼まれてきたのに、そんな馬鹿な、である。
「言っとくけど、今日の朝日は僕のプロデュースで、女子からしたらただのイケメンだから」
「………ごめん、よく話が分からない」
「僕も君が鈍感すぎて呆れてる。この集客率の高さ、君も原因だから。さっきから言いたかったけど君の接客スマイルで、何人か魂取られてるから」
「…………」
いやっ、騙されるな。これはいつもの亮也の俺贔屓だ。なんか評価が高いから、まともに聞いてたら世間一般とズレた認識を持ってしまうから、へぇそうなんだハハと流すのがちょうどいいやつ………
「朝日くん」
「ひぇっ」
首筋あたりに温かい息を吹きかけられ、俺はぞくりと跳ねた。振り返るまでもない、璃衣だろう。
少し首を動かすと、至近距離で見つめこまれた瞳と目が合い、思わず吸い込まれていく。
「あら、朝日くん。浮気したら、駄目よ?」
「しません……」
付き合いたての塩だった頃の彼女をどことなく想起させる口調に、宣誓を誓いながら、俺は頷いた。
璃衣は満足そうに微笑み、首をちょこんと傾けた。メイド姿。可愛さ倍。
「なら、いいの。朝日くん大好きよ。よしよし」
聖母マリアのような寛大な微笑みを浮かべた璃衣に、優しく頭を撫でられ、俺は心地よさを感じ……
あかん。コレ、完全に手玉に取られてる。
付き合い始めたばっかの頃は、俺が押せ押せって感じだったのに!
立場が……っ、逆転している……っ!
「し、仕事戻ろーぜっ」
「むぅ」
美人な璃衣の母性に溺れ始めたのに危機感を覚えた俺は、璃衣の肩を掴んで離すが、璃衣は頰を膨らませて拗ねたような顔だ。
可愛いが、なんか駄目にされそうなので、これ以上は遠慮しておこう。
その時、教室の入り口できゃぁぁ!!とここはアイドルのライブ会場かと錯覚するような黄色い歓声が起こった。
お忍びで芸能人でも来たのか?この高校に?
何だろうと思ってると、すぐに原因は分かった。
「げっ」
「おいおーい、なんつぅー顔しやがるんだマイブラザー!お前の好きな兄ちゃんが来たってのに!」
派手な茶髪に、こなれたアクセサリー。
どこで見つけてきたんだよと言いたいリュックの紐がダラダラと垂れている機能服みたいなサブカル系のジャケットを羽織った男。
これがまた似合ってるのだから、何とも言えない。
俺の2番目の兄である、夏目真昼である。
小中高、そして大学と常に「陽キャキング」と崇められてきた男。
昨年は、大学のミスターコンで選ばれたんだとか。
とにかく派手な兄である。
「真昼様が今年もやって来たわ!」
「弟の夏目くんの教室に来るだろうと思って待ってて良かった…!」
「しかも知ってる!?去年のミスター東名大学!頭までいいとかっ!」
なんか、女子たちが騒いでる。
今年でこの光景も3回目……いや、この人目立ちたがりだから、毎年体育祭にも来るんだ。
つまり、何回も来てるせいで、うちの高校では学校行事に現れるレアキャラとして、すっかり認知されているのだ。
「よー、朝日っ。元気にしてたかー?お前の高校相変わらずいいな!なんか何もしてないけど、めっちゃ歓迎されてっし!居心地いいわー」
ケラケラと笑う真昼兄。
一人暮らししている真昼兄とは確かに久しぶりだが、相変わらず変化のない陽気な人だ。
そりゃあいいだろう。
女子高生にモテモテで、さぞ気分がいいだろうな!
くそっ、この陽キャキングめっ。
何で在校生の俺より、こんな年に2回しか来ない真昼兄の方が人気なんだよう。
別に人気者など目指していないが、世の中おかしいと思わないか。
顔か……っ!
やっぱり顔か……っ!?
「真昼さん!お久しぶりですっ」
「よっす、りーちゃん。なに、メイド?めっちゃ可愛いじゃん!いいね!後で一緒写真撮ろ!陽菜にも見せて自慢したいし」
「はいっ。ぜひぜひっ!」
璃衣といぇーいとハイタッチしている真昼兄。
デレデレである。
璃衣も末っ子気質というか、真昼兄がこんなグイグイ系だからだというか、この2人は高2のときの体育祭で会って以来、すっかり意気投合し、「真昼さん」「りーちゃん」と呼ぶ仲だ。
なんかこの兄、俺より馴れ馴れしくない?
ちなみに陽菜というのは、真昼兄の彼女である。
もう長いこと2人は付き合ってるが、すぐ女子にデレデレして距離の近いこの真昼兄をどう思ってるのかと前に陽菜姉に訊いた時、
『は?アタシ以外、アイツ眼中にねーから。てかそう調教してるから』
と強すぎる回答を貰ったので、多分裏ではパワーバランス凄いんだろうなと思ってる。
まあ、真昼兄は尻に敷かれるのが嬉しいタイプなのだろうから、相性抜群だ。
「あれ?ていうか、颯汰さんと一緒じゃないのか?真昼兄誘ったって言ってなかったっけ?」
颯汰さん、というのは、璃衣の兄の雪白颯汰さんのことだ。
真昼兄とは大学が同じらしく、ここ最近は交流もぼちぼち多いようだ。
「あー、あそこ居るぜ。ほらっ」
真昼兄が示した先には、文化祭を訪れていた女子高生や女子大生の山。
かろうじて真ん中に細い腕が助けを求めるように、弱々しく立っていた。
「颯汰さぁぁん!!!?」
「おーい、颯汰!何してんの!早くお前もこっち来いよー!一緒にりーちゃんと写真撮ろうぜ!」
腕を伸ばしてスマホでいぇーいと自撮りしている璃衣と真昼兄。
「いや、助けてやれよ、真昼兄!」
「え、何で?普通にこっち来ればいいじゃん」
「颯汰さんは、真昼兄みたいに女子捌き切れないんだっての!何回言えば分かるんだよ!」
コミュ強には伝わらないらしく、「え?ただ歩けばいいじゃん?」と真昼兄の理解は得られなかった。
残念ながら、こんな生粋の陽の陽の人間に理解を求めることがそもそも間違っていたようだ。
俺は血走った目をしている女子の山から颯汰さんを引っ張り上げ、なんとか救出することに成功した。
「ありがとう、朝日くん……」
璃衣そっくりの涼しげな目元に、日を浴びたことがないような白い陶磁器の肌。
ド派手な真昼兄が陽キャキングならば、こちらは物静かで綺麗な「高嶺の王子」である。
ボロボロになった颯汰さんは、フードを被り、ぐすんぐすんと涙ぐんだ。
「怖い……女子……怖い」
「だ、大丈夫ですよ、颯汰さん!皆んな文化祭でちょっとテンションがおかしくなってるだけです!」
こんなにイケメンなのに彼女出来たことないなんて何故だろうと思ってたが、颯汰さんは若干女性が苦手なようだ。
俺は励まそうとするのだが、ここでまったく空気の読めない次兄は、
「颯汰何食う?りーちゃんのオススメはサンドイッチらしいよ。あ、でも、帰りラーメン食おうってさっき話してたじゃん?だから2人で分けたらちょうどいいと思う量だと思うんだけど、颯汰って人とシェアしても大丈夫なタイプだったけ?確か大丈夫だったよな?あれっ、それって圭介か?あ、圭介か。聞いたことないか。あっ、でも、駄目ならこっちのカップケーキもいいな!逆にちょうどいいかもな?」
ちょっと黙ってくれ、真昼兄。
そのノンストップのしゃべりを、一旦止めろ。
「うう、怖い……陽キャ、怖い……頭の回転早すぎて、会話ついていけない……すみませんド陰キャで。クソ雑魚ナメクジですみません……」
「本当にっ!マジで!すみませんっ!うちの兄がァ!あれがおかしいだけです!あの人放っておいたら永遠に喋って勝手に自己完結してるので、全然放っておいてください!」
「ちょっとお兄ちゃん!さっきから何ジメジメしてるのよ!もっとシャキッとしてくれる?!」
「うぅ、妹が……、妹が……」
「颯汰さん!挫けちゃ駄目です!心を強く持って!」
「颯汰、どうしたー?勝手にサンドイッチとカップケーキとクリームソーダ頼んだけどいいー?」
「真昼兄、お前のせいだよぉ!」
うちの兄が、ほんっとに申し訳ない……。
しかもこれがあともう1人居るかと思うと、俺は颯汰さんに大変申し訳ない。
ウザさでいえばさらに倍の、夏目家長男の夏目夕哉がまだ残っているとは、到底言えまい……。
璃衣と朝日が結婚したら、親戚付き合い大変そうですね。主に颯汰が。




