彼女は最初になりたがり、そして最後にもなりたがる。
病人の朝日くんはお部屋へと戻り、私と朝日くんの母親である友佳さんと、対面していた。
朝日くんと…その、き、キスしようとしていたところを見られてしまっただけに私は恥ずかしさと気まずさが大爆発しているけれど、友佳さんの方は特に気負いがなかった。
朝日くんもかなりフランクな人だけれど、友佳さんはもしかしたらそれ以上かもしれない。
今のところ友佳さんから「息子は渡さない!」的な反対の声はなく、寧ろ好意的に受け入れてもらっているような気がして、ほっとする。
「それでそれでー?うちの末っ子とは、いつから付き合ってるのー?」
「3週間前くらい、です」
「あら。じゃあ割と最近なのね!」
「は、はい」
友佳さんはニコニコしながら、楽しそうな声を出す。とても大きい子供が居るとは思えないくらい綺麗な人だ。朝日くんのあのパッチリとした二重はお母様譲りらしい。
いいな、一重の私からすると羨ましい。
「どっちから告白したの!?やっぱり璃衣ちゃん?」
「え?……いえ、朝日くんの方から……」
「あの子から!?」
友佳さんは目を丸くして、口をあんぐりと開けた。素のリアクションは、これらしい。
信じられないものでも見たかのような表情だったが、一応事実である。
好きになったのもアプローチし始めたのも私が先だと思うけれど、「付き合って欲しい」と告白したのは朝日くんからだ。
「わー。えー。……そ、そーなの、そうだったの!……あの朝日がねぇ……ひゃあ、恋したら人って変わるのね」
「あのっ、友佳さんから見て…朝日くんって自分から告白するタイプではなかった、んですか?」
私は驚いている友佳さんの反応に、驚きだった。
正直、朝日くんは言葉が常にストレートだし、言うのを躊躇わない。すぐに可愛いも、綺麗も、言う。
告白する方かされる方かと言ったら、前者な気がする。少なくとも、朝日くんから告白することに違和感はなかった。
友佳さんは頰に手を当てて、コーヒーのカップを揺らした。いやーないないと言うように。
「あの子ね、昔から恋愛方面はすごく鈍感なのよ。璃衣ちゃん、知ってる?」
「はい、知ってます。私がアプローチしても全然気付いてなかったみたいですし朝日くん」
「あー…ごめんなさいねぇ、うちの鈍感息子が。普段は鋭いのに、何で恋愛のことになると自分に向いてるベクトルに気付かないんだか」
友佳さんはちょっと遠い目をしており、呆れている印象があった。その様子から察するに、朝日くんのあの鈍感ぶりは筋金入りらしい。
多分………
「やっぱり……朝日くんって、昔からモテます、よね?」
正直、聞くまでもないことではあったが、やっぱり気になってしまった。
本人に訊いても、多分絶対「まさか。そんなことないよ」しか返って来なさそうだし。
友佳さんは溜め息を吐いた。長年の積み重ねた苦労を、語るように。
「……聞きたいー?」
「はい」
「そーねー。正直言うと……自慢じゃなけど、我が家の息子たちまあまあ女の子にモテるの。で、誰が一番その中でモテるかって言ったら、末っ子なのよね〜」
「やっぱりですか!」
私は予想していたものの、顔を手で覆った。
お母様の口から聞くと、真実の度合いが重すぎるッ。
そーですよね、知ってましたとも!
「上2人はまだいいのよー、自覚があったから。問題はあの子よ、あの子。幼稚園時代は誰がお嫁さんになるかで女の子たちがケンカしまくって。なのに当の本人は、ダンゴムシに夢中なのよ、ダンゴムシ!」
「だ、ダンゴムシ……」
そういえば帰り道にいつか、朝日くんがダンゴムシ懐かしいな的なことを言っていた。あれはその時の記憶だったのか。
そ、そう、ダンゴムシですか……。
「お陰で、何故か私がその女の子たちのお母さんに責められてね!?しょーがないじゃない、貴方たちの娘たちはダンゴムシに負けたんだからねぇ」
「なんて世界……」
「小学校もバレンタインの日は、大変でね。あの子意味もよく分かってないままチョコもらってきて、何の返事もせずにホワイトデーのお菓子渡して、たまに泣く女の子続出。粘ってる子も居たけど、本人まーったく気付いてないわけ!授業参観の日、私女の子たちの親に睨まれたんだから!いつからうちの息子は、無自覚女の敵になったのよってね!まあ問題なのはバレンタインがあの子の誕生日だったことだけどね!」
「は、はあ……」
じゃあ今はだいぶマシになったのか。
今年のバレンタインも、朝日くんは女子たちからチョコを貰っていた。しかし、「本命か義理か」をちゃんと吟味するようになっただけ、彼はマシになってるのか。
肝心なその予想は、今年も大いに外れてたけれど。
本命を本命と認識できない病気なのか?
「中学は酷かったわー。あの子、生徒会長してたんだけどね。その役柄のせいか後輩ウケが良くて……ファンクラブまであったの。あの子が会長務めてた年の生徒会選挙、開校50年の歴史の中で史上最多の立候補者数の選局大荒れだったみたいよ?私、校長に言われたんだから。『お宅の息子さんは、プレイボーイですね』って。それが教育者の言葉かーッ!」
「す、凄い……」
生徒会長してたのは知ってたけれど、朝日くんの影響力が凄すぎる。
本人は絶対自覚ないから私にそんな話をそもそもしないし。
「……とまあこんな次第で、鈍感を極めまくってるし、剣道バカだし、とにかく恋愛沙汰に興味が無かったのあの子。おまけにお兄ちゃんたちの彼女におもちゃにされて育ってきたせいか、"彼女"にいい印象がなかったみたいでねー。『俺は彼女とか要らない』ってずっと宣言してたのよあの子」
「へ、へぇ………」
そうだったんだ。
朝日くんのこと、まだまだ知らないことばかりだ。
彼が発揮する妙に女の子にスマートなとこ、お義兄さんたちの彼女さんに仕込まれたのかな。
姉みたいなポジションだったんだろう。
「だからねぇ、あの子が自分から告白するなんて、すごいことなの。私びっくりしちゃった。朝日は璃衣ちゃんに出会えて、いい変化があったみたいね」
友佳さんが柔らかく微笑み、私はぶわっと顔を赤くした。まさか朝日くんのお母様からそんな言葉をいただけるとは、思ってもいなかった。
落ち着かず、耳を触った。
「………っ、そ、そう、なんですかね……」
「そうよーそうよー?璃衣ちゃんは朝日の最初にして、きっと最後の女の子なんだから」
「……!」
「ふふ」
ーーーー女は最後の女になりたがる。
オスカー・ワイルドの名言だ。
それが、咄嗟に私の頭に浮かんだ。
朝日くんの最初にはなれたんだろう。
でも、まだ最後は分からない。
だけど、私が最後がいいと思う。
彼の最初にもなりたいし、最後にもなりたい。
……なんて、それはワガママがすぎるだろうか。
でも彼なら、笑って許してくれる気がした。
その後も友佳さんに「朝日くんのあれこれ」を聞かせてもらっていると、朝日くんが2階から降りてきた。
ちょっと寝癖がついているから、寝ていたのかもしれない。
彼はそれを手で押さえながら、話に花を咲かせていた私たち2人に近寄った。
「……璃衣、そろそろ送るよ。もう夜遅いし」
「あらま。こんな時間ー、ごめんなさいね璃衣ちゃん。楽しくてつい」
リビングにかかった時計を見ると、確かに20時近い。うちの門限は21時なので、そろそろ帰らなくては。
朝日くんはそれを知ってたので声をかけてくれたのだろう。
「でも、朝日くん病み上がりだし…」
「いや、寝たらだいぶ熱が下がって、もう元気。……母さん、璃衣のこと送って行くよ」
朝日くんが私の鞄を持ちながら、友佳さんに一言声をかけた。友佳さんはひらひらと手を振って、見送ってくれた。
「はーい、気をつけて。璃衣ちゃん、またね。いつでも来てね」
「はいっ。ありがとうございます!」
だいぶ打ち解けた様子の私と友佳さんを見て朝日くんは嬉しそうにしていた。
やっぱり彼としても、安心が大きかったのだろう。
2人で立派な夏目家の敷地を出て、駅の方へと歩く。
まだ梅雨の残る夏の夜だ。
むわっとした空気が、額を撫でつけた。
「……母さんが変なこと言ってなかった?」
「んー、朝日くんがハーレム主人公だったのは教えてもらったよ?」
「いやそれ、100パー嘘だから」
「ええっ?どーかなー?」
険しい顔つきの朝日くんに、私はくすくすと笑った。まだ朝日くんは鈍感主人公をやるつもりらしい。
まあでも、彼の昔の話を聞いてもその女の子たちへの嫉妬があまり湧かないのは……そんな鈍感な朝日くんが、明確に私を好きだと示してくれているからだろう。
だから、そんな彼が好きだ。
律儀なことに、わざわざ電車に乗って私の家まで送ってくれた。
いつもの平日は、電車の中でバイバイなのに。今日は家までついてきてくれるらしい。
「いつもより遅い時間だし」
「ふふ。そんなに変わらないと思うけれどね」
「まだ一緒に居たいから……って、言ったらいい?」
「百点満点」
私もおんなじ気持ちだったよ。
それがいっそう、嬉しくて。
だから私の家の前に着いた時、彼とお別れするのが悲しかった。私はそんなに寂しがり屋だったのか。
明日も学校で会えるのに。
………そうだ、足りない。
足りないんだ。
彼の手を引いた。分かって欲しかった。
合図みたいに、彼の目を真っ直ぐと見上げた。
ねえ、気付いて。
面倒くさくて、ごめんね。
彼の家に行った。
彼に手料理を食べてもらった。それを全部私が彼に食べさせるという、恥ずかしい行為もやってのけた。
私の本音を彼に初めて明け渡した。
ずっと隠してた、我慢していた気持ちを、私の想いを彼なら受け止めてくれると信じて、明かした。
彼と本当の意味で、恋人になれた。
彼に今までで一番距離が近付いた。
心理的にも、物理的にも。
彼がくれた熱に、もっと溺れていたいと願った。
ーーーー瞼を下ろした。
きっと、合図はそれで十分だ。
「璃衣」
ああ、ほら。
私の頰に指が走る。
彼の体温を、すぐそばで感じた。
「好きだ」
求めていた熱を、彼は私に分け与えてくれた。
そっと触れた唇に、私は好きだと返した。
この作品も次で最終話です。
最後までお付き合いいただければ幸いです。




