今こそ本音に触れる時
「ーーーー璃衣」
願わくば、君の本音に触れさせて欲しい。
そう思うから。
繋いだ手を、きゅっと握った。
「ーーーー何で俺を恋人に選んでくれたの」
彼女の瞳が揺れた。彼女の、小さく桜色の唇が開きかける。
でも……言葉を発することはない。
駄目なのか。
だけど、今日は引き下がる気にはなれなかった。
熱のせいだろうかーーーなんて、言い訳じみたことを思った。
確かに彼女にだけ言わせるのは、アンフェアだ。
こちらも相応の誠意を示さなくては、男が廃るというもの。
告白以来、口にしていなかった言葉を、俺は彼女に告った。
「……俺は璃衣のことが好きだよ。この年にもなって、初恋みたいなものだ。初めて、誰かをそんな意味で好きになったんだ……」
聞きたい言葉は沢山ある。
伝えたい言葉はでも、それ以上に、いくらでもあった。
それが、ぽろぽろと口から溢れていく。
「はじめはさ、別世界の人みたいだったんだ。頭がよくて、運動もできて、何でもできて……クールで凛とした、月下美人みたいな……儚くて、あでやかで、周囲を惹きつけてやまない……自分の世界には関わりがなくて、交わらない人だろうなと思ってた」
凄すぎて生きる次元が違う、というのは少し語弊がある。
そうではなくて、思っていたのだ。
もし彼女と何らの接点があったところで、俺は彼女に影響を及ぼさないし、彼女も俺に影響を及ぼさない。
同じ次元に生きていながら、それぞれの独立した世界で生きている。
そういうタイプの人だと、思っていた。
「………でも、しばらくして分かったんだ。その評価は間違ってはいないけれど、決して完全じゃない。君は意外と……堂々としているよりは引っ込み思案で、深窓の令嬢で居るよりも小市民で、素直に賛辞を受けるのは苦手な恥ずかしがり屋でさ………」
目を瞑れば、俺が見てきた"雪白璃衣"が鮮やかに浮かぶ。そのどれも彼女は、違う世界の住人なんかではなかったのだ。
等身大の、女の子だった。
彼女と初めて出会った日のことを思い出す。
具合が悪そうに道でうずくまっている彼女を見つけて、心配になって声をかけた。
男の俺が介抱していいのか、他の同級生の女子に任せた方がいいのか迷って、結局璃衣をおぶって学校の保健室に行った。
我ながらこんな美人に慣れてなさすぎて、しどろもどろになってしまった。
上手くしてやれなくて、その上キザっぽいことまで沢山言った気がして……正直、恥ずかしくてその記憶を棚に仕舞っていた。
少しの羞恥心とともに、それを掘り起こす。
「………そういえば、入学式の日さ……君が俺の言葉に微笑んでくれて………ああ、そっか俺……」
今更、気付く。
君を好きになったのは、2年に上がって、君を自然と目で追うようになってからだと思ってた。
違うな。
もっと、ずっと前から………
「俺は、璃衣のことずっと好きだった。俺の何気ない言葉に笑ってくれるとこも、可愛いところも、努力家なところも、誰かのために陰でこっそり頑張る優しいところも………全部、全部………」
ーーー好きだよ。
「………ぁ…」
彼女の口が開いた。艶のある桜色の唇が、音を発そうと僅かに震えた。
彼女の目から涙から溢れて、すぅっと頰を流れてく。
「……覚えて、くれてたの……?私と、朝日くんが、初めて会った時のこと……朝日くん、全然言ってくれないから、もう、私忘れてるのかなって………」
「ふふ、当たり前」
「あ………」
俺は微笑む。
繋いでいる手とは反対の手で、璃衣の頭を撫でた。彼女の頭を撫でるのは、これで2回目だ。
引っかかりのない艶やかな黒髪を下へとゆっくり撫でると、璃衣の涙がぶわっと溢れ出た。
彼女はそれを泣きじゃくる子供みたいにゴシゴシと擦るので、「こらやめなさい」とベッドの近くに置いてあったボックスティッシュを1枚抜き取って、彼女の涙を拭いた。
彼女はぽつりと呟いた。
「………朝日くんは、私の……クールで、何事にも動じない堂々としたとこが好きなんだと思ってた……」
「もちろん、そういうところも好きだけれど」
なるほど、そう思われてたのか。
どうりで俺と居る時、彼女がそういった一面を崩さないようにしているなとは思っていた。
俺は苦笑した。
「……それも含めてさ、俺は璃衣が思ってるよりもずっと、雪白璃衣という人間を構成してる"全部"が好きなんだ」
「………っ、」
璃衣の瞳の奥が、激しく揺らいだのが分かった。今日一番だ。俺の言葉は彼女に届き、そしてそれなりにクリティカルヒットを出せたようだ。
彼女の瞳が、溶けていく。
彼女が俺に見せないようにしていた、最後の顔がやがて姿を現して、彼女が保とうとしていた一種の虚像を瓦解させていく。
「………私、本当は朝日くんが、思ってるような性格じゃないかもしれないよ……」
「ううん。知ってるだろ?俺、人を見る目は確かなんだ。その人に最後に残るものは、絶対に見誤らない」
「本当の私を知ったら……いつか、朝日くんが私を好きでなくなる日が来るかもしれないよ……」
「もうとっくに知ってる。知った上で、俺は璃衣のことが好きなんだ」
どちらが先だっただろう。お互い離すまいと、指を深く深く、絡め取って、滑り込ませた。
彼女の体温を、俺は肌で感じていた。
「璃衣、好きだ」
最後の一押しを俺がかけて、彼女はいよいよ最後に残した彼女の本音を俺に明け渡した。
隠していたものは、触れずに仕舞われていたものは、そして瓦解したーーーーーー。
「私も……」
璃衣は、ポタリと涙を流した。
目を細めて、俺を真っ直ぐと見つめた。
「私も、朝日くんのことが好き。ずっと、ずっと前から……貴方しか、もう目に入らない。私の唯一の人。朝日くん好き、大好きなの………」
ーーーーああ、やっと聞けた。
ベッドで眠る俺の頰に、彼女の影が落ちる。
お互いの吐息を、すぐそばで感じた。
とっくに熱に溺れて、もうこのままどうなってしまってもいいような気がした。
「……風邪、移るかも」
「言ったでしょう。私、小中高皆勤賞の健康優良児なの」
俺が最後にはった、ほとんど意味のなさない建前を、彼女はいとも簡単に飛ばしてくれた。
それを分かっていた上で、俺も一応の防波堤を示した気がする。
本当は、多分、彼女よりもずっとこの熱に溺れていたいと望んでいたのは、俺だっただろう。
俺もまだまだ理性的な男には程遠かった。
繋いだ手は、ベッドの上に置いた。
空いている手も、すぐに埋まった。俺は彼女の頰に手を伸ばした。
陶磁器のように滑らかな肌の感触をほんのわずか楽しんで、しかしその余韻に浸る間もなく、俺は彼女の顔に近付いた。
余裕なんて、なかった。
目線は、彼女の唇に吸い込まれる。
彼女が瞼を閉じて、俺はその唇にーーーーーー
がちゃり。
「ちょっと朝日ー、具合どう?必要そうなの、一通り買ってきたけどー?あ!ていうか、玄関にあったローファーって誰の………」
ノックもなしにいきなり部屋の扉が開いたかと思うと、レジ袋を引っ提げた自分の母親が現れた。
「「あ」」
俺と母親の目が合った。
ここは何の地獄だろう。
ベッドの上でキスしかけていた俺たちを見て、母親は驚愕の表情を浮かべた。
ドサドサドサッ!!!
母親の手から、袋が離れた。
フローリングの床に、買って来た食材を落とした。
りんごが袋を飛び出して、ゴトゴト…と床を転がった。
母親は身体をわななかせた。
信じられないものを見たかのように口を手を当て、こちらをぶるぶると指差す。
かっ!と開眼。
「あの朝日が!あの救いようのなく鈍感で彼女要らない宣言してたあの朝日が!!女の子を自分の部屋に連れ込んでるぅぅぅーーーっ!!?」
「〜〜〜……っ、」
俺は瞼を閉じて、手を震わせた。
拳の準備は残念ながら、璃衣と手を繋いでいるので出来なかった。
邪魔された怒りと、母親に見られたクソ気まずさと、これから起こるであろう母親による惨事と質問大会を予感した恐ろしさと、諸々の感情の波が俺を襲った。
ああああ、くっそぉぉぉ……!!!
何より悔しいのがーーーーーーー
……っ、今ぁ、
今いいとこだったのにぃぃぃぃぃぃ………!!!(涙目)
残念だったな。
この作者がそう簡単にさせるわけないーーーー!
某作品の主人公たちは100話経っても、未だにキスしてないからな!
ちなみに『両想いかと思ってた幼馴染にいつの間にか彼氏が居た』ってタイトルなんだけど、知ってるか。
知らない…だと!?




