素直になるのはこちらの特権
「はい。夏目くん、あーん」
俺の口元には、スプーンに乗った美味しそうな卵粥。
……ああ、やばい。泣きそう。
彼女の優しさが身に沁みて、自分って甘えたい性格じゃなかったはずなのにな、とちょっと強がる。
こんなん、ますます好きになるじゃん……。
口を開いて、彼女が差し出してくれた卵粥を含む。
塩の風味がほんのりとして、舌触りの良い米粒。
何より、温かかった。
彼女が小首を傾げた。俺の反応を伺うように、目を覗き込んだ。彼女のすっと通った目元が、優しげに微笑んだ。
俺は笑い返す。
「………美味しい?」
「うん、とっても」
「そう。それは良かった」
彼女はすっと視線をそらして、手元の器を覗き込んだ。
照れたのだろうか。それとも、喜んでくれたのだろうか。……前までなら、きっと彼女の行動の意味をあれこれ考えて、不安になってた。
でももう分かる。
それくらい、分かる。
「おかわり、要る?」
「欲しいな」
「じゃあ…ど、どうぞ?」
「…ありがとう」
彼女がもう一度差し出したスプーンに、ぱくりと食いついた。今度はだんだんとこの行為に照れてきたのか、雪白さんが少しだけそっけない。いや、そわそわしているというか。
美味しさは、もちろん変わらない。
だけど、彼女の反応はちょっと変わって、俺はくすりと笑った。
「もっと食べたい」
雪白さんが、少し目を丸くした。
俺の言葉が意外だったみたいに。……俺も、俺の言葉に意外だったよ。気付いたら、口に出していた。
「珍しい……わ…ね」
「熱のせいかな」
「そう、熱………」
雪白さんが自分の耳をちょっと触った。
雪白さんにねだったのなんて、そういえばあまり無かった。手を繋ぎたい、とかはちょくちょく言ってたけれど。
それ以外だと、ほぼほぼ初めてかな。
雪白さんに食べさせてもらって、器は空になった。
無くなってしまったことに俺が残念そうにしているのが分かったのか、「まだ鍋に残ってるわよ」と楽しみが残っていることを教えてくれた。
お腹もいっぱいになり、雪白さんに促されて俺はベッドの上に横たわった。
ふわふわしているのは、どっちの熱に浮かれているんだろう。
ただの身体の熱か、雪白さんへの熱か。
「………雪白さん」
「うん?」
「ありがとう。嬉しかった、来てくれて。こんなに良くしてくれて……」
「そ、そんなにしてないわ」
「や………」
俺は目を瞑った。
口の端が上がっているのが、自分でも分かった。
……もう、いいじゃないか。
告白を了承してくれた。
彼女になってくれた。
手を繋いでくれた。
デートだって、行った。
家に来てくれた。
優しく看病してくれた。
これで自惚れるななんて、彼女は絶対に言わないだろう。
寧ろ男嫌いの彼女が、ここまでしてくれて分からないというほど、俺は救いようのない鈍感な人間ではない。
直接聞かなくたって、もう十分すぎるほど答えをくれてるじゃないか。
どうして彼女が俺を選んでくれたのか。
タイミングが良かったわけでも、男避けだからでもない。
彼女がどうして俺に直接教えてくれなかったのかは分からないけれど、それなら物分かり良く、彼女自身から無理矢理暴く必要なんてなく、「分かってるよ」とただ言えばいい。
それでいいじゃないか。
直接聞きたいなんて、ワガママだ。
ああ、でもーーーそれは、きっと夏目朝日ではない。
物分かりが良く、気が長いなんて、俺のキャラじゃない。
好きになったら一直線で、愚直で、思い立ったが吉日。後方で腕を組んで「分かってるよ」なんて、大人の余裕をかますタイプなんかじゃない。
直接の言葉がなければ不安になる。
相手が同じだと知りたくて仕方がない。
彼女の本音に触れたい。
だから………
俺は雪白さんの手を取った。
それはきっと、分かりやすい意思表示だった。
彼女の指の間に、自分の指を滑り込ませて、きゅっと握った。
彼女の名前を、呼んだ。
「ーーーー璃衣」
璃衣は目を見開いた。
彼女の涼やかな細い目元が、今はこれ以上ないくらい広がって、その瞳の奥が揺れた。
教えて欲しい。
君の口から直接、聞きたいんだ。
「ーーーー何で俺を恋人に選んでくれたの」
先に素直になったのはやっぱり主人公。
素直になるのは、主人公の特権。




