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20/26

熱に浮かれて、君は側にいる。

両親は仕事で居ないし、上の兄2人も既に実家を出ているので、1人きりだ。


病気になると人に甘えたくなるタイプではないんだけれど、暇だなとは思った。

外に行けたら誰かと会えるのに、家の中というのは…少し寂しい空間だ。


熱が思ったよりも引かず、汗をぐっしょりとかきながら、俺はベッドの上でうなされていた。

知恵熱か。普通に風邪をひいたのか。


食欲はあったんだけれど、ベッドから起き上がって自分で用意する気力がなく、それなら空腹を我慢する方が楽だった。

おかげで、朝も昼も抜いてしまった。


夜に熱が下がればいいんだけれど。

母親には学校を休んだことを連絡してあるので、何か仕事の帰りに買って帰って来てくれないかな…と期待してみたり。

この調子じゃ、自分で作りたくないとか思った。


最悪今日1日、何も食べないまま終わるかもしれない。

冷蔵庫の中、何かあったけ……



ていうか、あっつい………



ーーーその時。

ピンポーン、とインターフォンの鳴る音がした。

我が家に来客が来たらしい。


もちろん俺が出るしかないので、俺はなんとかベッドから起き上がり、よろよろとインターフォンのモニターに近付く。


配達だろうか……


俺がモニターの画面を見ると、そこには目の醒めるような美人が映っていた。

俺に果たしてこんな美人の知り合いが居ただろうか、おかしい……


「って、雪白さん…!?」


何故、雪白さんが我が家に…!?

俺は慌ててサンダルを引っ掛けて、玄関の扉を開けた。

あー、ちゃんと着替えておけば良かった。

外に出ると、我が家の前で、ビニール袋を提げて、鞄を肩に掛けた制服姿の雪白さんが立っているのが見えた。


俺が驚いてるように、雪白さんも俺がまずインターフォン越しではなく直接顔を見せたのに、驚いたらしい。


「こ、こんにちは、夏目くん…」

「こ、こんにちは」


夕方近いが、ぎこちない昼の挨拶を交わす。

門扉を内側から開けると、雪白さんが「ありがとう」と小さく微笑んで我が家の敷地に足を踏み入れた。

まさかこんな日が来るとは……もうちょい先だと思ってた。


「どうして、俺の家…」

「あ。瀬戸くんに教えてもらって……」

「あ、そ、そうだったんだ…!」

「ここへ来る前に、一応連絡はしたんだけど……夏目くんまだ見てなかった……よね。既読ついてなかったし」

「あー……」


具合が悪い時、俺はスマホの画面を見ると酔うから、朝に一通り連絡を済ませて以来、目を通してなかった。

まさか、雪白さんから見舞いの連絡が来ていたとは。


「うんごめん。見てなかった……」

「いえいえ。私急だったし。ごめんなさい。それで、見舞いに来たんだけど、迷惑じゃない…?」

「ううん全然。嬉しい」

「良かった。熱でも食べれそうなものとか買って来たから、食べれそうな時に食べて」

「ありがとう……」


空腹の俺に食べ物を分け与えてくれるのは、母親ではなく、雪白さんだったとは……。

雪白さんがいっそう女神に見えてきた。


せっかく来てくれたのに見舞いの品だけ受け取って帰すのは、ナンセンスだろう。


「上がってく?雪白さんが良ければだけど…」

「い、いいの?」

「うんもちろん」


雪白さんに頷き返してから、俺ははっと気付いた。


「……あ、待って。でも我が家に今マスク無くてさ。俺の風邪移したら申し訳ないから、やっぱり……」

「いえ、大丈夫!私小中高と皆勤賞の健康優良児だから!何も問題はないわ!」

「そ、それはすごい……」


ゆ、雪白さんって、意外と逞しいんだな……。

俺は割としょっちゅう風邪を引いてるので、「バカは風邪を引かない」という説が成り立たないことをその度に身をもって証明している具合なんだけれども。

羨ましい。


「じゃあ、ごめんね。………えっと、どうぞ…」

「お、お邪魔します……!」


玄関の扉を開けて、雪白さんを招き入れる。雪白さんはちょっと緊張している様子だった。

そうなると、俺もなんか緊張してきた。


よく考えたらコレ…人生で初めて家に女の子を上げてる、俺の歴史的な瞬間だった。

なにげに。


「えっと………今、家誰も居ないんだけど、俺と2人でも大丈夫?」

「ふ、2人、きり……!?」


雪白さんがあわあわと口元を手で押さえる。雪白さんがどちらかというと男嫌いなのを知ってるので、大丈夫かと尋ねると、雪白さんは何故か慌てていた。


玄関の隅でボソボソと雪白さんが何かを呟いていた。


「朝日くんのご両親やご兄弟に会うのもそれはそれで緊張したと思うけど、2人きりもそれはそれでやばい……どうしましょうどうしましょう……相手は病人よ……?うっかり襲ったりしたら駄目よ私……」


俺は振り返る。

「雪白さん?大丈夫?」

「ええ、大丈夫!私は瀬戸くんに健全な看病を誓っているからッ!安心してね夏目くん」

「うん……?」


心配するのは雪白さんの方ではなかろうか。

もちろん病人なのでそういう雰囲気にはならないと思うけれど。

どうして俺が心配してるみたいなニュアンスに……。


飲み物でも出そうとリビングに行こうとすると、それより早く雪白さんが俺の腕を引っ張った。


「夏目くんのお部屋は?私の対応をさせて申し訳なかったけれど、早く寝なくちゃ」

「それくらい大丈夫……」

「熱でふらふらでしょう。あと夏目くんを寝かせたら、キッチン借りるわね。その様子だと朝も昼も食べてないよね」


ぎくりとした。

な、何故それを。


「分かるわよ、お腹空いた顔してた」

と雪白さんが小さく笑う。


俺って、そんなに分かりやすいんだろうか。


宣言通り、俺を寝かせた後は雪白さんは1階のキッチンに向かった。

その前にはプラスチックのスプーンとフォーク付きでゼリーとカットスイーツを手渡され、「ひとまず食べれそうなのを食べてて」と微笑まれてしまった。


ベッドサイドのテーブルには彼女が買ってきた経口補水液のペットボトルと、熱さまシートの箱が置かれてあった。


何から何まで至れり尽せりで申し訳ない……。


カットパインを食べていると、チチチ、と階下でガスのつく音がした。

こんなに良くしてくれた上に、何を作ってくれようとしてるんだろ………。


しばらくして、お盆を持った雪白さんが部屋に現れた。


「食器勝手にお借りしたけど大丈夫だった?…って、事後報告なんだけれど」


そのお盆には、湯気をたなびかせた、美味しそうな卵粥が。聞いたことなかったけど、雪白さんって料理も行けちゃう人なのか。


それはもはや、優しい色合いの卵の円に、ネギを真ん中に散らした米の美と形容する他ない。


俺は期待に胸を高鳴らせた。怠さなんて…なくはないけれど、まるで気にならない。それより目の前の彼女とその初の手料理に意識が集中していた。


額じゃなくて、今熱を持っているのは頰な気がする。


「食欲は?」

「あ、あります」

「ふふ、そう。じゃあはい」


雪白さんは俺の部屋の床にぺたんと正座して、食器を手に持った。腰を上げて、雪白さんが器から卵粥をスプーンで掬って、ベッドの上の俺に差し出す。


労わるように、優しく微笑んだ。

瞳の奥が慈愛に満ちていた。


「はい。夏目くん、あーん」


……やばい、どうしよう。泣きそう。



もう塩系ではない。これはただの天使。

主人公の負けである。

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