朝の電車こそ責務を全うすべし
梅雨の時期に入り、満員電車になることが多くなった朝の登校。
去年のこの時期はすこくブルーな気分になった覚えがあるけど、今年は違っていた。
最寄り駅の改札を抜ける。
俺はいつも通りの普通電車に乗りこんだ。
混雑した車内だったけど、窓辺の景色を眺めている美少女の姿を俺はすぐに見つけた。
彼女は、凛とした雰囲気を纏い、がやがやとした通勤通学ラッシュの車内には似つかわしくない、上品な佇まい。
好きな人の姿に、俺のテンションが上がった。
「雪白さん、おはよう」
「…あら。おはよう夏目くん」
ちらりと俺を見るだけ。
しかし、ツンとしているが、その声色が柔らかいような気がして、俺は単純ながら嬉しくなってしまった。
雪白璃衣さん。
俺が先日告白をし、彼女になってくれた人。
まあ、俺は男避け用の彼氏なんだけどね。
だけど玉砕覚悟だったから、採用理由が何であれ、俺はとても嬉しかった。
だって、こうやって朝の登校も一緒に出来るし。
雪白さんの方から提案してくれたのだ。
曰く、『満員電車こそ彼氏の貴方の出番よ』と。
はい、了解!
こんな混雑した電車じゃ、美少女の雪白さんに何の危険があるか分からない。そこで俺の出番と!
心得ました!
しっかり男避けとして、ガードさせていただきます。
俺はドアに背を預けた雪白さんに向かい合わせになる形で、立った。雪白さんのサイドも守るため、ドアに手をつく。
うん、雪白さんの顔の真横に俺の腕がある。
近い……綺麗な顔か近くて、心臓が持たない。
でも、雪白さんがこれを所望しているので仕方ない。
一緒に登校することになった初日に『これがいい』と言われてしまった。
やれやれ、雪白さん。
男子高校生の淡い期待を膨らませるのがお上手だ。
平均より身長がある俺は、会話の途中で雪白さんの上目遣いを喰らうことになる。
これを可愛いと言わずして、何になる。
ほら、今日も。
「雪白さんは、小テストの勉強した?」
「ええ、一通りは見たわ。夏目くんは?」
「途中まで頑張ったんだけどなー、寝落ちした」
「あら。でも気持ちはわかるわよ。もう、あの先生たら、出題範囲が広いんだから!」
少し口をとんがらせる雪白さん。
いや、可愛いか。可愛いの詰め放題なのか。
元々クラスメイトでそれなりに交流はあったんだけど、付き合い出してから雪白さんの可愛いところがどんどん見つかって行って困る。
ガタン、と。
車体が激しく揺れて、俺はバランスが崩れそうになった。
慌てて、元々伸ばしていた腕とは反対の、もう一方の手をドアにつく。
つまり、俺の両腕に雪白さんの顔が囲まれた。
俺の左腕、雪白さん、右腕の順である。
雪白さんも多分バランスを崩してしまったのか、その瞬間、ぴくり!と肩を跳ねさせた。
水に濡れた猫のように、とても跳ねた。
今の揺れの衝撃で、俺の腕とかが、雪白さんにぶつかってしまっていないだろうか。
「…っ、と。ごめん、バランス崩した。…雪白さんは大丈夫?」
「な、なな何が!?私の心臓の話かしら?」
「ん?いや、普通に雪白さんが……」
「………っ」
雪白さんは、ぱっ、と俯いた。
さっきまで俺の顔を見てくれていたのに、今の彼女の視線は足元のローファーと仲良しになった。
こっちを向いていただけない…!
な、何かしてしまっただろうか?
「夏目くん」
「うん?」
「……りょっ、両腕は、駄目。禁止よ…!」
俯いたまま、俺の片腕を指差してくる雪白さん。
何だかプルプル震えてる。
俺は、はっ!と気が付いた。
不覚の致すところっ。
「あ、ご、ごめん!これじゃあ本末転倒だよな。俺男避けなのに、近過ぎたねごめん!」
「あ、……そ、そそそうねっ!ち、近いと、あんまりそのよろしくないから、その、て、適度によろしくね」
「ごめん!マジで気をつける。あ、やっばりもう片方も外そっか?」
俺はドアに手をついているもう片腕も、外そうとした。
雪白さんは、まだ俯いて肩かプルプルしたままだ。
「かっ、か、片方は、いけるから!片方はなんとか、我慢できるのよ!」
「え!?我慢しなくていいよ?!やっぱり外しておくな……」
「す、ストップ!」
雪白さんが俺の肘近くを、両手でそっと掴む。
控えめな力を感じて、俺は雪白さんと静かに目が合う。
俺と視線がぶつかると、雪白さんは、弾かれたように視線を外した。
伏し目がちに、ぼそりと呟く。
「こっちは、いいの……」
上目遣いだけでなく、伏し目がちも、最高の破壊力があることを俺は知ることになったのだった。
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