それは恐らく避けられた果て(璃衣視点)
つい先日、朝日くんに『登校を別々にしよう』と言われてしまった。
……どうして急に?
てっきり私が何かしてしまったのかと思ったけど、朝の登校を別にする以外は、特に朝日くんの様子に変わりはなかった。
教室では元々あまり会話することがない(私はこんな性格だし、朝日くんも何故か必要以上に話しかけて来ない)けど、帰りは一緒に相変わらず帰っている。
じゃあ朝の登校は何で別々に?
本当に、ただ部活の自主朝練をしたいだけならいいのだけど……
もしかして私のこと、面倒くさくなったとか?
だって考えてみなさい雪白璃衣。
デートの帰り道もその翌日も、機嫌を損ねたまま一方的に朝日くんに鈍感だのなんだの言いまくってしまった。
彼のことが好きだと言語外に含めたのに、朝日くんがまったく気付いてくれなかったから、モヤモヤしていた。
元々好きだったから朝日くんからの告白をOKした、って言わない自分は棚に上げておいて!
言いなさいよこのどアホ、私のばか!
そもそも貴方が蒔いた種のせいで、こじれまくってってるんでしょーがっ!
ばかばかばーか。
………と、こんな次第で一通り自分を罵倒してみても、朝日くんに朝の登校を拒否られた事実は変わりはしない。
朝にしか見れないちょい気だるげの私の朝日くんがぁっ!
朝に弱いのに頑張って起きて、でもやっぱり我慢出来なくてあくびをこらえている朝日くんが!
見れない!のだ!
ねえ、どうしたらいいのかしら。
朝日くんがただ朝練したいだけなら別にいいけど、それなら待ち合わせ時間を早めればいいだけ。朝日くんと違って、私は朝には強い。早起きは苦ではない。
しかしその提案も既に断られてる。
つまりーーーー朝日くんは私と登校を別にしたいがために、朝練などというそれらしい理由をでっち上げたに違いないのだ。
私、朝日くんに拒否られてるっ!
その事実に枕が濡れる。涙の海が出来てしまうっ。
どうしましょ、どうしましょ、本気でどうしよぅーっ!!
私の彼女としての名誉と地位を早急にッ、回復しなければならない!
元々そんなのないだろなんて言わないのがお約束でしてよ!
キュッ、キュッ、とシューズがあちこちで鳴る音。
周りからの歓声。
現在、体育でバスケットボールの試合中だ。
体育館のバスケットコートを走り回りながら、私はその恋人的大問題に頭を唸らせていた。
部活で疲れた身体にマッサージ……?
いや、私の下心が出てしまっている。朝日くんに触りたい欲が出てる。
いえ、肩ならセーフ…?
それともお弁当…?
朝日くん、大体昼は学食かパンみたいだし。事前に連絡すれば、迷惑にはならないんじゃないかしら?
でもどうなの。恋人から弁当って嬉しいの?
私の弁当で朝日くんは果たして喜んでくれるのか……!
それか、勉強教えるとか!
あー、これよこれ。私は勉強得意だし、テストも近いし、一番朝日くんに喜んでもらえそう!
私の彼女としての名誉と地位の回復にはこれしかないわ。
ふふん、我ながらいい案を思いついたわーっ!
おーほほ。
「璃衣ちゃーん!」
チームメイトからパスが回ってきたので、それを受け取る。相手チームのデフェンスをかわして、バスケットゴールに投げ入れた。
ちょっとズレて、ガコンとリングの縁からボールが落ちそうになったけれど、円を描いてやがてリングの中へと吸い込まれて行った。
ボチャン、とボールが床の上で跳ねた。
わぁぁとコート内外から歓声が上がった。
「きゃー、璃衣ちゃんすごい!」
「ナイスシュー!」
チームメイトとハイタッチを交わす。
シュートを決められたことよりも、朝日くんとの恋人的大問題を解決できた(少なくとも頭の中では)ことへの満足感で、私は思わず笑顔になった。
クールで無愛想なことで名が通っている私の表情を見たクラスメイトの男子たちが驚いた顔をしていたけれど、無理もない。
私は朝日くんのことに関しては、ことさら表情筋がゆっるゆるなのだ。
別に無愛想なのは、キャラを偽っているわけではなく、それもそれで素ではある。
でも女子と朝日くんは別だ。自然とニマニマしている。……といっても朝日くんには、それは隠してるのだけれど。
だって朝日くんは、そういう私じゃなくて、きっとクールで凛としている私が好きで告白したんだと思うから。
彼に幻滅されるくらいなら、誤魔化すくらいがいい。
コートの外でギャラリーの中に、朝日くんの姿を見つける。
私と目が合うと、朝日くんは柔らかく微笑んだ。
『ナイス』と彼が口パクしているのが見えた。
はぁー、好きぃぃぃぃ………。
好きすぎて死にそう!今日も朝日くんがさりげなくかっこいいムーブしすぎてて、死ぬっ。
やっぱり、なんでなんで、何で朝一緒に登校してくれなくなったのぉぉぉーっ!!
気になるじゃない!
とまあ、振り出しに戻ってしまい、そんなこんなで体育の授業は終わった。
4時間目だったので、後は体操服を着替えて、昼休みだ。
いつもの固定メンバーでわいわい話しながら、教室に帰ろうとしていた時。
「雪白さん!」
突然、聞き覚えのない男子の声で呼び止められた。
私も、一緒に帰っていた女子たちも、その声に話を止めて振り返った。
黒の蓬髪をセンター分けにセットした、高身長の男子が立っている。
顔を見てようやく思い出した。
げっ、と私は顔をしかめた。
もちろんそれは心の中にとどめておいたが、本当に『げっ』だった。
………えっと、確か…鎌倉みたいな名前だった気がするのね。
何だったかしら、かま……かま………
そう、鎌瀬!
何故私がこんなに『げっ』しているかというと、彼に一時期猛アプローチを受けていたからだった。
何の接点もなかったのに、どこルートで入手してきたのか謎だけれど、急にラインが繋がったり。
『好きです』から始まり、私の好きなところを羅列して、私の学校での観察日記みたいなことを書き始めたので、すぐにブロックした。
いや、気持ち悪ッ!
これで終わりかと思ったら、なんと直接私に接触してきた。
なまじ顔がいい(らしい。私には分からない)ので、盛り上がった周りが取り次いで、学校で急に話の輪に入ってきたり、2人きりにさせられたり。
ニタニタ貼り付けた笑顔が不気味だった。
下心満載で気持ち悪いのよ、死ね。
流石にそこまで毒は吐かなかったが、無視とスルーを決め込み、完膚なきまでに彼のメンタルとプライドをバキバキに折った。
恐らく女子に拒絶されたことがないであろうこの男子は、かくして私の前から去って行った。
てっきり私の前にはもう現れるまいと思ってたのに……
そういや、体育って何クラスか合同だから、鎌瀬もそこに入ってたのかしら?
「雪白さんに話があるんだ」
「エ"………」
鎌瀬の言葉に、私の眉根が寄った。しかめっ面とまではいかないが、とても好感触には見えない顔になっている筈だ。
私は慌てて、元のクールな表情に戻した。
あらいけない、いけない。おほほほ……。
周りの女子たちは、ちょっと色めきたち、それから微妙な顔をした。私が朝日くんと付き合っているのを知っているからだ。
鎌瀬が醸し出している空気の種類を嗅ぎ当てて、それが実ることがないのを知っていた。
しかし、結論は出たのか、頷き合ってサササッと体育館を出て行く。
待って待って、置いてかないでーっ!!
ボソッと「ちゃんとお断るんだよ璃衣ちゃん!」って言うくらいなら、一緒に居て一緒に断ってぇ!
帰りたーい、帰りたいよう、教室に……
私がどっと疲れた気分を味わっていると、鎌瀬はそんな私をよそに話し始めた。
鎌瀬は、貼り付けた笑顔から一変、険しい表情をしていた。
「……何で夏目だったんだよ」
「はい?」
「納得行かないっ!俺より劣ってるアイツに、何で俺が負けなくちゃいけないんだよ!俺の告白を断っておいて、何で夏目なんか選んだんだよ…!」
「………はっ?」
ダンッ、と体育館に足を思いっきり踏みつける音が響いた。
もう既に生徒たちは撤収していて、体育館には私と鎌瀬しか居ない。
激しい怒りの目で、鎌瀬は私を見つめていた。
突然何を言ってるのこの人?
はあぁぁ、と鎌瀬は息を吐いた。
「雪白さんが俺からの告白を断ったのは、まだいい。雪白さんが俺以上に釣り合う男を連れて来たなら、俺だって納得したさ!でも、アイツは許せない!ヘラヘラ笑って、こっちがイライラしてるのも分からずに火に油を注いでばっかのアイツのどこが良いってんだよ!もしかして、雪白さんはアイツに弱みでも握られてるのか?それで脅されてるんだろ!じゃなきゃ、あんな奴選ぶなんておかしい!」
あ?
内心でふつふつと怒りが湧いてくる私に気付かないまま、鎌瀬は「ああーっ!!」と髪を掻きむしり、唾を吐き捨てるように言い放った。
「何でアイツなんだよ!雪白さんに、アイツは絶対似合わない!」
ーーーーええ、この時の私の心情を語りましょう。
鎌瀬が突如として、まったくもって意味のわからない朝日くんのヘイトを繰り広げたことに、タンボラ山並みのマグマ大噴火。
加えて、朝日くんに理由の分からないまま、朝を拒否られている連日の悲しみが拍車をかけて。
この時、私は周りに気を払う余裕などなかった。
いつもなら多分気を付けたであろう警戒もなく、私は目の前の男を説き伏せねばならないという、使命感にのみ突き動かされていたーーーー。
朝日くんに避けられた果ての、大爆発と言いましょうか。
「はぁぁ!?何言ってるの!?あ、朝日くんは、た、確かに超がつく鈍感だし私がずーっとずーっと1年前から剣道場の前まで朝日くんの胴着姿拝んで陰ながら見てたのに全然気付かなかったし!瀬戸くんに頼んで色々とセッティングしてもらって一緒に帰ったりもしてたのに、ほっんとに全然私の気持ち気付いてくれないし!鈍感だけど、もはやそこは朝日くんの魅力なの!天然なの!抜けてるけどそこが可愛いの!かと思ったら、いつも太陽みたいに眩しい笑顔でキラキラして青春のど真ん中で手振ってるのがもうカッコいいし!部活に真剣に取り組んでる姿がカッコいいし、休憩時間もずっと熱心に竹刀振ってる姿が努力家で実直で、ほっんとにカッコいいんだから!誰よりもカッコいいんだから!おまけに敵意向けられてもそれを上回る善性で、すぐに人をたらし込んで自分のテリトリーに入れさせる天然タラシなんだから!ピュアっ、ピュアなんだから!あと、鈍感なくせにすぐにこっちのこと察してくれるし、気遣いが押し付けがましくなくてスマートだし、とにかくとにかくーーーー」
「朝日くんのこと大好きな私にそんな言葉を吐くのが意味分からない!朝日くんは貴方なんかより何億倍も、何っ兆倍も、素敵な人なのよっ!!!二度とそんなこと言わないで!!」
私は鎌瀬を思いっきり睨み返した。
堂々と言い放ったその言葉に、疑われる余地など少しもありはしない。
言ってやったわーーーーーッ!!!
どんがらがっしゃーん。
………ところで、すぐそばの体育館倉庫の中から激しい物音がしたのだけれど、誰も居ないよね?
いるぞ。




