目撃した。アイツ犯人だ!
俺に対する嫌がらせはこの日からずっと続いた。
靴箱だけではない。
教室に登校すると、大体すぐに異変が見つかる。
例えば、机に鉛筆で「死ね」と書いてあったり、机の中に置いて帰っていた化学のノートがビリビリに破られていたりしていた。
ひ、ひどい。俺が大好きな東先生に花丸をもらったページまで!
とはいえまあ、この嫌がらせを受け続けて思ったのは、「甘っちょろいな」という感想だった。
机に鉛筆で悪口を書かれても消しゴムですぐに消せてしまう。そこは黒マジックペンが定石だろうが。
被害に遭って破かれたのも、教科書や資料集ではなく、すべてノートだ。
前者と違って、買い直しても大したお金ではないし、ノートなので、友達に写させてもらうなり、復元方法はあるし、最悪復元しなくてもいい。
勉強なんて教科書と資料集さえあれば生きていける。
俺が唯一許せないのは、ビリビリに破かれた東先生に花丸をもらった化学のノートくらいだ。
セロハンテープでひとつひとつ繋げていくなどという、細かい作業が大嫌いな俺は泣く泣く徹夜する羽目になった。
おかげで、東先生を見ると最近は視界がよく潤む。
俺はこの嫌がらせの犯人が、小心者なのか、良心の呵責ゆえに嫌がらせを加減しているのか、さっぱりわからないが、とにかくさっさと名乗り出て欲しい。
別に嫌がらせ自体にそこまでダメージはないが、相手が見えないために、いつまでこれが続くのかという途方感による、心理的ダメージがどんどん蓄積されていく。
嫌がらせをしている犯人と理由さえわかれば、俺ももうちょっと動きようがあるのに。
……と思ってたところ、いよいよ犯人よりも先に学校に着くことができた。
靴箱に何も細工がなかったので、「まだ来てないなコイツ」とすぐに分かった。
俺は待ち伏せし、その様子をスマホで録画することにした。
そして、犯人はやって来た。
黒の蓬髪をセンター分けにセットした、高身長の男だ。顔立ちはかなり整っている。我が友人、モテキングの瀬戸亮也にはいささかオーラが負けてしまうが、アイツと比べるのは酷というものである。
学内でアイツに勝てるナチュラルイケメンは居ない。
そのややイケメンは、俺の知っている人物だった。
鎌瀬だ。確かバスケ部の。
同級生だった。
と言っても、親しい間柄ではない。
鎌瀬がそれなりに目立つタイプなので、一方的に知っているだけだ。
あ、でも。そういえば。
一度だけ委員会で一緒になった時に「よろしくな鎌瀬!」と言って手を差し出したら、鎌瀬は何故か俺に熱いハイタッチしてきた。
手がヒリヒリした。
特に気にしてなかった。
今思えばアレ、手振り払われてた。
そういうことや…!
つまり、そういうことや……!
あれは、雪白さんと付き合う前。
つまり雪白さんとお付き合いしてる俺が憎かったんではなくて、鎌瀬は単純に俺が嫌いなのだ!
ショックだよ!
ほとんど関わりないのに鎌瀬にここまで嫌われる俺は、もはやある意味天才では……!
俺が失意のどん底を彷徨っていると、画面の中の鎌瀬は順調に今日の嫌がらせを仕込んでいた。
鎌瀬の手には白に赤のキャップがついた入れ物が握られている。
「ほー、今日は木工用ボンドかぁ……」
ぶちゅ、と空気の抜ける音がして、俺のスリッパを持ち上げて、その下にボンドを塗っていく鎌瀬。
そしてべちゃりと靴箱に戻した。
地味に嫌な嫌がらせだ。嫌がらせというものは、概して相手を嫌にさせるためにするんだろうけれど。
コイツのレパートリーもなかなか飽きない。
一番ショックだったのは、白い菊を静かに置かれてた日だけどな!
証拠の映像を撮り終えて、俺はひとまず満足した。
犯人が分かったら、もう憂うものはない。
いい加減、雪白さんと別々の登校には飽き飽きしてた。俺が死ぬほど嫌いなのかもしれないが、こっちだって、このいじめを終わらせてもらわなければ困るのだ。
最近、雪白さんの様子もどこかぎこちない。
その変化は明確に、俺が「別々で登校しよう」と言った日からだ。
男避けのくせに、俺は責務を放棄してしまっているのだ。
…と言ったら、先日の初デートの雪白さんの「もう男避けは要らない」という発言が思い起こされるけれども、結局そちらの問題も片付いてなかった。
どうしたらいいんだ。
とにかくこの嫌がらせを止めてもらわなくちゃいけない。
この証拠映像を教師に提出するor直接鎌瀬に問い詰める、の2択だが、どうしようか。
俺としては校則を破ってスマホを使っていたことが露見したくないし、事を荒立てたくないので、前者はあまり好みではない。
となると後者だが、鎌瀬に死ぬほど嫌われてる俺が言ったところで、火に油を注ぐだけではあるまいか。
………どうするかな、ほんとに……。
しかし、その日の4時間目の授業の後。
事態は、急展開を迎えた。
はて、何故こんなことになってしまったんだが。
「何でアイツなんだよ!雪白さんに、アイツは絶対似合わない!」
責め立てるような叫び声。
薄暗い体育倉庫内で、俺は扉の隙間から激昂する鎌瀬の姿を眺めていた。
その向かいには雪白さんが立っていた。運動の邪魔にならないように、いつも下ろしている髪を高く結い上げたポニーテールだ。
雪白さんは、静かに眉根を寄せていた。感情的になっている鎌瀬とは、対照的に涼やか。
「なあ、亮也。とんでもない場面に出会してしまったぞ」
「はあ、そうみたいだね……」
隣に居た亮也に話しかけると、亮也は難しい顔をしていた。「困ったな……」と額に手を置いて、何かをしきりに心配している。
「朝日さ。ちょっと耳塞いどかない?」
「いや何でだよ。雪白さんが心配なのに」
鎌瀬がヒートアップして危なそうだったら、いつでも飛び出せるように扉の前でスタンバってるんだ。
本当は今すぐ割り込みたいが、鎌瀬が俺を見て更に加熱しても困るしな。
亮也は、うんうんと唸った。
「まあ、そっか。そろそろ、朝日も知ってもいい頃かもね。うん、ここらが潮時かな……」
何のことだ?
「なあ、亮也。どういう意味ーーー」
俺が亮也に尋ねようとした時。
「はぁぁ!?何言ってるの!?あ、朝日くんは、た、確かに超がつく鈍感だし私がずーっとずーっと1年前から剣道場の前まで朝日くんの胴着姿拝んで陰ながら見てたのに全然気付かなかったし!瀬戸くんに頼んで色々とセッティングしてもらって一緒に帰ったりもしてたのに、ほっんとに全然私の気持ち気付いてくれないし!鈍感だけど、もはやそこは朝日くんの魅力なの!天然なの!抜けてるけどそこが可愛いの!かと思ったら、いつも太陽みたいに眩しい笑顔でキラキラして青春のど真ん中で手振ってるのがもうカッコいいし!部活に真剣に取り組んでる姿がカッコいいし、休憩時間もずっと熱心に竹刀振ってる姿が努力家で実直で、ほっんとにカッコいいんだから!誰よりもカッコいいんだから!おまけに敵意向けられてもそれを上回る善性で、すぐに人をたらし込んで自分のテリトリーに入れさせる天然タラシなんだから!ピュアっ、ピュアなんだから!あと、鈍感なくせにすぐにこっちのこと察してくれるし、気遣いが押し付けがましくなくてスマートだし、とにかくとにかくーーーー」
「朝日くんのこと大好きな私にそんな言葉を吐くのが意味分からない!朝日くんは貴方なんかより何億倍も、何っ兆倍も、素敵な人なのよっ!!!二度とそんなこと言わないで!!」
「……………え?」
ついにバレた!
ということはこの物語も順調にフィナーレに向かってる……だと!
ただし、雪白さんが誤魔化さなければ、というのを覚えておこう。




