あわよくば雪白さんの熱心なファンであってほしい。
朝の登校時間は次々と登校してくる人の目があったので、1時間目が終わった後の授業の合間の休憩時間に、俺は昇降口へと降りていた。
これから、例の靴箱を掃除するためだ。
友人の瀬戸亮也にもついて来てもらって、俺は亮也にひとまず俺の靴箱の惨状を見せた。
亮也は、眉をひそめた。
「マジ……?」
「すごいんだ、この犯人。最低でも学年の違う数クラスのゴミ箱からゴミを回収してそれをブレンドしてるんだ!この紙クズと土のミルフィーユ仕立てには、多大な労力がこめられてるんだ!」
「……うん心配してたけど、朝日がいつも通りで安心したよ」
おいおい、俺だってちょっとはショック受けてるんだよ?
この傷心の友を慰めてくれていいからな亮也。具体的には購買でたこ焼き買ってきてくれないか?お腹空いてきた。
俺は昇降口に備えられている掃除用具入れから、ミニ箒と塵取りを取り出した。
「手伝うよ」
「さんきゅ。ちゃっちゃっと片付けたいから、助かる」
手伝いを申し出てくれた亮也に、塵取りを手渡す。ここへついて来てもらったのは相談したかったのと、いざという時の証人になって欲しいからで、掃除を手伝わせるつもりではなかったんだが、友人の厚意には素直に甘えておこう。
この休憩時間であらかた片してしまいたいし。放課後にこの靴箱開いてまた嫌な思いしたくないし。
「あ、ちょっと待って朝日。一応、写真撮っておこう」
「校内はスマホ禁止だぞー」
「言ってる場合か。あと、その校則を律儀に守ってるの朝日くらいだと思う」
「何だって……!?」
うちの学校は陰で不良生徒ばかりらしい。よくないぞ!
亮也がパシャリと自分のスマホで撮影して、カメラロールに保存した。もういいよ、と言われたので、おおかたの紙クズは直接手で掴んで近くのゴミ箱に移し、俺は残りの土をミニ箒で掻き出した。
「……で、こんなことされる心当たりは?」
「実は、まったくない。ということは、俺は陰でやらかしてるらしいよ」
「朝日に限ってそれはないと思うけどねー……」
お前のその一言で、すごい救われた。ありがとう!
そうなんだよ、分かってくれるか我が友よ。
俺は割と相手の行動を察するのは末っ子スキルで得意なんだけどな……代わりに人間関係は鈍感……おい待て原因コレじゃね?
俺は、溜め息を吐いた。肩を落とす。
お腹空いた。やっぱりこの傷心の身の友に、購買でたこ焼きとフライドポテト買って来てくれないか亮也。
「俺そのものが嫌いじゃなくあって欲しい……あわよくば雪白さんの熱心なファンであってほしい!」
「……あ、その線があったか」
亮也が、ぽん、と手を打った。
「それなら納得できるかも」と亮也はしきりに頷いている。
俺は現在、校内きってのクールビューティーこと雪白さんとお付き合いしている。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
その形容が、お世辞抜きに似合う美人だ。
彼女がこれまでフってきた男どもの屍は、両手両足の指を全部使ってもカウントしきれない。
それほどまでにモテる人に俺は玉砕覚悟で告白し、「何故か」お付き合いする運びとなった。
またそんなことを口にすれば雪白さんのご機嫌は斜めになるだろうが、考えても分からないものは分からない。
まあ何が言いたいかというと、つまり、雪白さんに想いを寄せる何某かが、雪白さんの彼氏である俺を目の敵にしてこのような犯行に至ったのかもしれない可能性がある、ということなのだ!
そっちの方が何倍もいい。俺の性格が気に食わないんじゃなくて、俺の立場がムカついんたんであってほしい。性格が気に食わない、と言われてしまう人格否定より、心の傷が軽い。
「顔の広いお前なら誰か知ってるんじゃないか!雪白さんに想いを寄せている過激派とか、誰か!」
「朝日の顔の広さには負けるけどね……。ええ?聞いたことないな……」
「少なくとも雪白さんと付き合ってる俺に敵意のありそうな奴とか…!」
「それも特に……まあ、一部、居るみたいだけど気にしなくていいよ。朝日と雪白さんの交際についての見解は、9:1だから」
「え、俺は学校の9割が敵なの……?ハードモードすぎじゃない?」
泣くぞ。
亮也は、やや呆れた顔を浮かべた。
「いや、逆に決まってるだろ。9割が朝日と雪白さんの交際に対して好意的な反応。残りの1割は現実を受け入れられないプライドの高い連中。ほんと、あの雪白さんと付き合って反感買わないのは、この学校で朝日くらいだと思うよ。朝日くらいだよ、本当に」
「へぇ〜………」
ご存知だろうか。
この友人はちょいと俺贔屓がすごいのだ。
コイツのこの手の褒め言葉は、聞き流さなくては、自己肯定感を肥大化させられ、世間一般の意見からズレてしまうようになるのだ。
適当に聞き流した。
土はあらかた靴箱の中から消え去り、元の白い壁が現れた。俺は塵取りに土を入れて、亮也から塵取りを受け取ろうとした。しかしそれより早く有無を言わさずにこの友人が塵取りの中身をゴミ箱へと放り、俺の手からミニ箒さえも奪って、掃除用具入れに仕舞ってしまった。
恐るべし、このスマートさ。だから女子にモテる。
「この件、教師に報告する?」
「………うーん……いや、ちょっと様子見たい」
あんまり厄介ごとにしたくないな、という気持ちが大きい。あと先生たちに言って、心配されるのがちょっと。人からの厚意は素直に受け取りこそすれ、意外と俺は他人から心配されるのが苦手だった。
俺はこの通り、あまり何事も気にしない性格だから、相手の方が俺よりも親身になって心配してくれる際に、そこまで気持ちのベクトルを持っていかなければいけないのが、少々苦手なのだ。
「朝日がそう言うなら分かったけど……でもちゃんと僕にもまだ続くようなら相談してよ?」
「うー…ん、うん」
分かったと言いつつ、これ以上この友人に心配かけるのも気がかりなので、多分言わないかもしれない。
次の日。
あの手の込んだミルフィーユ仕立てはもうお目にかからないだろうと思っていると、次はシンプルに牛乳パックが置かれていたので、仰天した。
今度は、牛乳パックのシンプルな一品仕立てだった。
……疲れたのかなぁ?
隣に居た雪白さんに見えないように、扉はほとんど閉じたまま、手だけ突っ込んでスリッパを取り出した。
幸い、雪白さんは気付いてない様子だった。
雪白さんと並んで廊下を歩きながら、俺はさて困ったと眉を寄せた。
一回で満足してくれたかなと思ったら、まだ続くらしい。
今日はコンパクトだったから良かったものの、昨日みたいに派手なヤツだと誤魔化しがきかない。
毎朝雪白さんに理由をつけて誤魔化すのは、大変だ。
俺の中に雪白さんに相談する、という考えはまったくなかった。
彼女に心配をかけたくないし、厄介ごとを持ち込んで負担に思わせたくない。
だから、俺は雪白さんに謝罪した。
手を合わせる。
「ごめん、雪白さん。しばらく登校は、別々にしても大丈夫かな。早めに行って、自主的に部活の朝練、したいなと思って」
「えっ」
雪白さんが驚いた顔をする。
俺がもう一度、ごめんと言うと、彼女は不安そうな色を浮かべた。
彼女の白い手が、鞄の紐を握る。
「私……も、早く行って勉強したいから。待ち合わせの時間だけ、早めるのはどう……?」
「えっと、………すごく早いんだ。校門が開いた瞬間に滑り込む勢いで行こうと思うんだ!」
「そ、そんなに……っ?」
そこまで早く行くつもりはなかったのに、そこまで早く行かなければいけなくなってしまった。
早起き頑張らなければ。
「だから、雪白さんを付き合わせるのは申し訳ないからさ。しばらく……別々でもいい、かな……?」
「わ、私…………」
雪白さんは、俺から視線をそらして俯いた。また鞄の紐を強く握った。
「…………分かった。夏目くんが、そうしたいなら」
「ありがとう。本当にごめん、雪白さん」
「……ええ」
その後の教室までの道のりは、雪白さんの口数が少なかった。
やらかしてるぞ。
お前そんなんだから鈍感って言われるんだぞ。




