改めて、伝えさせて。
「ジェットコースター乗りましょう」
雪白さんはしれっと言い放って、園内1の高さを誇るジェットコースターを指差した。
彼女が指差した先からは絶叫が聞こえてくる。
彼女の顔はいつも通りクールだけれど、瞼がぴくぴく跳ねていた。
うん、無理してるなコレ。
「えっと……あっちにしない?」
俺が指差したのは、緩やかな水上コースター。
雪白さんでも楽しめそうなアトラクションだ。
俺が彼女の手を引いて列に並ぼうとすると、彼女も俺の手を反対側に引っ張った。
「待ちなさい、夏目くん。私はアレに乗りたいの」
「すごく瞼がぴくぴくしてるけれど?あのジェットコースター乗るの、怖いんだよね?」
「太陽が眩しいの」
空を見上げる。曇りだ。絶対嘘だ。
俺は唸った。
これは完全に俺の落ち度だ。
何故、雪白さんがジェットコースターにこだわっているのか。答えは簡単。俺が絶叫系が好きなのを、彼女が知っているから。
このデートの前に、ラインで雪白さんとはデートに関してやり取りをしていた。
もちろん、その時にお互いにどんなアトラクションが好きかも情報共有をした。
その時、何も考えずに言ってしまったのだ。
『絶叫系は全部好き。高ければ高いほどスリルがあって好きなんだよね』ーーーーと。
俺としては、好きなものとか嫌いものとかはお互いにきちんと知り合いたかったのだ。当日乗るかどうかは、また別の話として。
今後お付き合いを続けていく上で、気遣いはしても、自分の好きなものに対して変な遠慮はしたくなかったし、させたくなかった。
……って、俺の思考がストレートすぎたんだよな。
亮也とかだとこれが寧ろ上手く行くのだが、相手が気の置けない友人ではなく彼女だということを念頭に置くべきだった。
結果的に、雪白さんは自分が絶叫系が苦手なくせに、俺に遠慮して合わせようとしてくれてしまった。
ラインでも『私も好きかも』みたいに言ってきたけど、彼女の今の反応を見る限り、どう考えても苦手そうだ。
「雪白さん、俺に合わせてくれなくていいんだよ」
「いえ、今までの私がああいうのに乗ったことがないだけだもの。乗ってみたら、きっとハマるわ」
「初めて乗るのがあの高さは、だいぶ勇気が要ると思うけど……」
ぎゃぁぁぁぁぁ。
例のコースターからは、相変わらず悲鳴が聞こえていた。
雪白さんの瞼が、ぴくりと、また跳ねた。
「夏目くん、好きなんでしょう。だったら、私もやりたいの。カチューシャといい、写真といい、私ばっかり付き合ってもらってるもの。貴方のやりたいことを今度はする番、でしょ?」
「いやや、カチューシャも、写真も、俺は楽しかったし、雪白さんに付き合ったなんて意識はないよ」
律儀だから、そんなことを彼女は言う。俺は苦笑した。彼女は、ちょっと唇を尖らせる。
「じゃあ、普通に……私が夏目くんにやりたいこと、やって欲しいの。貴方に我慢させたくないのよ」
「……我慢、なんて考えなくていいんだよ雪白さん」
それは、我慢とは違う。
俺が雪白さんの薦めるジェットコースターに乗らないことは我慢ではない。
反対に、雪白さんが苦手なのに俺に付き合って乗ろうとするのは、それこそ我慢だ。
俺は雪白さんの手を、やんわりと引き寄せた。
彼女と俺の距離が、ぐっと近付く。
「苦手な方が我慢するより、好きな方が配慮した方がいい。そして、好きな方は別の楽しみで補えばいい。……俺は常々こう思ってるし、そう行動してる」
苦手な方が、好きな方に合わせようとしても、それはどうやっても前者からしたら楽しむことは出来ない。
一方で、好きな方が、苦手な方に配慮して別のものを選べば、それはまた別の楽しみを生み出すことが出来る。
「だから、別の楽しみを探して、2人でアレに乗ろう」
俺は笑顔を浮かべて、当初から推している水上コースターを指差した。我ながら、上手く説得出来たのではないだろうか。
しかし、雪白さんは渋い顔をした。
「でも……アレは第3の楽しみではなくて、私に忖度しているわ」
「俺も楽しめるから、そんなことは全然ないんだけど?」
「いいえ、私やっぱり夏目くんの好きなものを好きになりたいの。それで一緒に楽しみたいの」
「でも……」
「だからーーーーー」
雪白さんは、俺の手を引っ張り返して、今度は違うところを指差した。
「私、本格的なジェットコースター乗ったことなくて。だから、レベル1から付き合ってくれないかしら?」
雪白さんが指差したのは、身長制限のない緩やかなジェットコースター。
やや俺に忖度気味な気がしたけれど、子供も沢山並んでいるから、雪白さんが怖い思いをすることはなさそうだ。
「それで……レベルアップ、付き合って。途中で駄目になって最後のラスボスまで辿り着けなかったら、申し訳ないけれど……」
「雪白さんって、何でそんないい人なの…?」
「ど、どこがっ!?そっくりそのまま夏目くんにお返しするわよ、その言葉は……!?」
いいや、雪白さんの人の良さには負ける。
「意見強そう」とか「ワガママそう」とか言っていた一部の見る目のない学内の男どもに言ってやりたいくらいだ。
それどころか、彼女は相手を気遣いすぎてしまうくらいなのに。
まあ、付き合う前から、俺は知ってたけど。……とかいう、古参アピールをしてみる。雪白さんはまったく知らないだろうけど。
そういえば、何がきっかけで彼女に惹かれたのかを、告白の時には言いそびれていた。
いつか言いたい。どんな顔をするだろう?
******
ガコン、と僅かにゴンドラの揺れる音。
俺の向かいに座った雪白さんは、興奮冷めぬように目を輝かせた。
顔の前で手を組んで、俺に身を乗り出す。
「ジェットコースターっ、楽しかった!思ったよりも全然怖くないのね!頂点からの景色、最高だったわ!」
結果的に、雪白さんはジェットコースターにどハマりした。絶叫系好きを自称していた俺よりも、雪白さんの方が肝が座っていて、俺がにわかだったのでは?とすら思い始めていた。
しかもお互いの好きなものが合致したために、途中から園内のジェットコースター制覇巡りみたくなってしまった。
雪白さんは喜んでくれてるし、俺も楽しかったから、まあいいの…かな?
これもまた、思い出だ。
俺は、腕時計をちらりと見る。園内は18時まで。
今はもう日も沈んだ頃だから、この観覧車がラストだろう。
ちょっとそわそわした。初めての密室、とか思ったけど、決して変なことは考えてるわけではない。
こんな密室だと、ただ緊張するな、とだけ。
だけど、俺は、どうしても今日の雪白さんに伝えておきたいことがあるのだ。
「綺麗ねー」と地上を見下ろしている雪白さんの横顔に、俺は話しかけた。
「…雪白さん」
「……は、はい」
雪白さんがこちらを振り向く。
俺の緊張が伝わったのか、彼女までそわそわと視線を彷徨わせた。
「えっと、まず…今日はありがとう。雪白さんと初めて出掛けて、すごく楽しかった」
「……そ、そう……。それなら、光栄ね。わ、私も、楽しかった……わ」
「それは良かった。その言葉を聞けて、すごく安心した」
俺が微笑むと、雪白さんは俯いた。耳が僅かに赤い。彼女の手がもじもじと動いているのを見るに、照れてるんだろうか。
えっ、何に。俺の顔に…?
照れる要素が見つけられなかった。
「………ゆ、雪白さん」
「は、はい」
「えっと、何を伝えたいかって、その……俺これから頑張るから!」
「え?」
雪白さんが不思議そうな顔をした。明らかに「何に対して?」という疑問符が浮かんでいそうだった。
「何に対してって、それは……もちろん。雪白さんに好きになってもらえるように」
「………え?」
彼女の眉が中央に寄った。疑問の中に、俺の言葉への反発心がいくらか混ざっていた。
俺は慌てて弁明する。
「いや、全然自信はないけど……でもやっぱり、雪白さんにも同じ気持ちで居てもらえたら、嬉しいんだ……だから、頑張りたい。頑張らさせて欲しい!」
「ストップ。ちょ、ちょっと待って。夏目くん…!」
雪白さんが顔の前で白い手を振った。
俺は首を傾げた。
「待って……一回、整理させて頂戴。私たちって、恋人よね……?」
「うん。正確には俺の告白で付き合い始めたけど、あくまで俺は男避けで、未だ俺の片想いの恋人関係、だ」
「ちょっと待ってぇ…!?」
雪白さんが勢いよくゴンドラの中で立ち上がった。ガコン、と衝撃で僅かに振動した。
そのぐらつきで、彼女の足元が揺れて、俺の方へと倒れ込む。
俺は慌てて彼女を抱きとめた。
彼女は俺の座ってる部分に膝を割り込むようにして、俺の胸元あたりに顔を埋めて鼻先がぶつかっていた。
「〜っ!?」
「雪白さん、大丈夫?」
「全然大丈夫じゃないわ…!」
「頭?それとも膝?痛かった?」
「心臓よ!」
「心臓!?す、すぐに119番を……!」
「鈍感っ、夏目くんの鈍感ーっ!鈍感、鈍感、鈍感ーっ!」
「ええ!?」
雪白さんが俺の両肩に手を置いて、かばっ!と顔を上げた。彼女の顔は、真っ赤に染まっていた。
瞳はどこか潤んでいる。
「た、確かにテンパって変なことを言ってしまった私が悪いけれど……でもでもっ、あんなの未だにバカ真面目に信じてると思わないじゃないっ!何よ、男避けって!私どんだけ傲慢でお高くとまってる女なのよーっ!!」
「雪白さんが言ったじゃんか……!?」
別に全然、傲慢とも、お高くとまってるとも、思ったことはない。それだけ彼女は学内外問わず、周囲の男を惹き寄せる魅力的な人だ。
男からの告白なんてしょっちゅうだろうし、男避けの彼氏が欲しいと思っても不思議じゃないモテっぷりだ。
だから、全然疑問に思ったことはない。
「じゃあ、何で雪白さんは………俺を……」
「〜〜っ!!鈍感、鈍感、鈍感、本当に夏目くんの鈍感ーっ!!1年前から、ずっと鈍感っ!私のこと、全然気付いてくれない!」
「い、1年前……っ?」
1年前って、高校入学したてだけど……?
そもそも2年に上がった今と違って、1年生の頃は俺と雪白さんは別のクラスだし、接点がまったくない。
どういうことだ……?
俺が首を傾げると、雪白さんは俺の肩をがくがくと揺さぶった。うおう、脳が揺れる。脳が揺れる……!
俺が目を回してる中、当の本人の雪白さんは、もうもうもぅ……!とますます瞳を潤ませていた。
「とにかくっ、私はもう男避けなんか要らないの!」
「え?」
「意味、分かるかしら!?夏目くん…!」
ガコン、とゴンドラが揺れて、いつの間にか地上に帰ってきているのに気がついた。
ゴンドラの扉が開く。スタッフさんが「足元お気をつけて〜」と俺と雪白さんに降りるように促した。
俺と雪白さんは慌てて降りて、観覧車の前の階段を下った。
俺は必死に考えた。バカなりに、雪白さんの言いたかったことを噛み砕いて、一生懸命考えた。
『鈍感、鈍感、鈍感、本当に夏目くんの鈍感ーっ!!』
『とにかくっ、私はもう男避けなんか要らないの!』
俺は青ざめた。血の気が引いていく。そう、最悪の結論に辿り着いてしまったーーーー。
嘘だろ。そんな、まさか……!
だって俺は改めて決意しなおしたとこなのに…!?
俺は雪白さんの手を両手で掴んだ。
彼女は振り向いた。その瞳は、俺が自力で答えに辿り着くことを期待をしている。
「な、夏目くん。分かった……?」
「う、うん」
俺はこくこくこくと頷いて、雪白さんの胸が緊張と期待で大きく上下するのが分かった。かひゅ、という彼女の呼吸音が聞こえた。
俺は頭をかばっ!と下げた。
「俺のこと捨てないで下さい!男避けはもう要らないのかもしれないけど、恋人関係は続けて欲しい!」
「な、な、な…………」
彼女の顔がみるみる赤くなっていく。
そして、初めて聞くようなボリュームで、叫んだ。
「何でその結論に至ったのぉぉぉぉーーー!???」
これにて、第一章完結です。
読んでくださってる方、ありがとうございます。
引き続きこの作品をお楽しみいただければ、幸いです。




