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カチューシャの贈り合い

子供連れも、カップルも、老若男女問わず、夢の国こと遊園地に溢れかえっていた。

ただ、開園時間よりも遅めに行ったおかげで、入場ゲートはさほど混んでいなかった。事前にチケットは持っているので、係の人に見せるだけで、するっと入れた。


「ななな夏目くん……っ!」

「ん?」


隣を歩いている雪白さんは、なんだか落ち着かない様子でぶんぶんと両手を振っていた。片方は俺と繋いでいるので、ついでに俺の腕もぶんぶんぶん!と高速で揺れていた。


「そのっ、手っ、手ぇ……手が……ぁ!」

「え?」


もしかして、今頃気付いたのだろうか。

いや、電車に乗ってる時からずっと繋いでたんだけど。ていうか、雪白さんが俺の手を取ってベンチから立ち上がった時から、ずっとだよ?


雪白さんは電車に乗ってる間、いつものクールな表情だったので、別に気にしてないのかと思ってた。

前にラブラブカップルに触発されて『俺たちもやる?』と誘った時は明確に拒否られたけど、今日は何も言われなかったので、ついに恋人のステージが上がったのかと思って、嬉しかったんだけどな。


……そういえば、電車に乗ってる間、雪白さんの返事が上の空だったような?

言われてみると、……ぼーっとしてたんだろうか彼女。


もし嫌ならやめようかと思ったけど、雪白さんの反応は、嫌がっているわけではなさそうだった。

じゃあ、ちょっと押してみる?


「……ほら、今朝は大変な目に遭ったし。もう今日は雪白さんから、片時も離れるわけにはいかないから」


今朝は、雪白さんが男避けの彼氏が欲しいと思うのも納得できるようなタチの悪いナンパに巻き込まれたのだ。人の多い遊園地は、なおさら心配だ。


「……あ、で、で、でも……」

「……嫌だ?」

「………………」


俺が努めて笑いかけると、雪白さんはことり、と俯いた。角度最高だな。ちょっと照れてる横顔が良きです。

経験則で分かっていた。この流れは……


「い、嫌じゃ、ない……けど」


よし。


雪白さんの正式な許可も頂いたということで、心の中でガッツポーズした。これくらいの下心は、許してほしい。


俺は入園ゲートをくぐる際に手に取っていた園内マップを広げた。好きなアトラクションと苦手なアトラクションはお互いに事前にラインで話をしてたけど、具体的にどのアトラクションに回るかは決めてなかった。


俺はその場で決めるのが好きで、雪白さんも予定通りにこなすよりは混み具合で判断したいタイプだから、ということで合致して、何に乗るかは当日のお楽しみにしていた。


「雪白さん、早速何か乗る?それか、お店見てみるのもあり」


初デートと言うのは、塩梅が難しい。

相手に意見を委ねすぎても辟易させてしまうし、かと言って、先行して何でもかんでも意見を出すのは萎縮させる。


そこは、おいおいかなぁ。

ひとまず、初手は雪白さんに聞いてみるのがいいだろうと思ったので、彼女に何がしたいか尋ねた。


雪白さんは口元にそっと手を添えて、少し考えた。

綺麗な思案顔だった。


「私、先にお店見たいかもしれないわ」

「おっけ。じゃあ行こう」


雪白さんの視線の先を窺ってみたけど、特に店の希望自体は無さそうだったので、一番近いお店に入った。

缶クッキーやら、キーホルダーやら。ずらりと、お土産が並んでいる。

気になったのを、手に取ってみる。


「雪白さんって、お土産、先見たいタイプ?」

「え?……ああ、いや、そうではないのだけれど…」


雪白さんは言いにくそうに、もごもごしていた。

どうしたのだろうか?


てっきりあれかと思った。帰り際はお土産屋が混むから、時間をずらしたいのかと。


「………わ、笑わない……?」

「可愛いかったら、笑うかも」

「夏目くん」

「笑いません笑いません」


雪白さんの目がじとりとなったので、軌道修正した。

調子良く白旗を上げた俺に、雪白さんは肩を揺らす。


「あのね……」

「うん」

「アレ………」

「ん?」


雪白さんがやや折り曲げた指で示した先には、大量のカチューシャがあった。そのカチューシャには、この遊園地のマスコットキャラクターである『ヌイイ』とその仲間たちの耳を模した飾りがついている。


あのカチューシャをつけてるのは、子供か、カップルか、女子同士のグループしか居ないので、ちょっと俺に言い出しずらかったのだろう。


ははーん。


「いいよ、つけよう」

「つ、つけてくれるの…?」

「雪白さんがつけるなら、俺もつけたい」

「え。私はちょっと……」


雪白さんは、首を傾げた。


おいおい、何をおっしゃるかね雪白さんは。

君がつけたいんじゃないの…?


「夏目くんだけつけるのは……?」

「世界一要らない需要っ!」

「そうかしら…?少なくとも、私は見たいわ」

「同様に、俺も雪白さんがつけてるところが見たいのですよ」

「…………み、見たいの?」

「見たくないはずなくない?」


俺と雪白さんは、カチューシャ売り場の前で見つめ合った。お互いの視線が合わさって、先に逸らしたのは雪白さんの方だった。あっちこっちとカチューシャの壁を見た後、もう一度俺を見た。

少し、首を傾けて雪白さんは言った。


「じゃあ、2人でつけましょ……?」

「可愛い」

「夏目くん。今のそのレスポンスはどこから来たの…?」

「本能」

「……どういうこと……?」


雪白さんは解釈に困っていたが、それ以上聞くことはなかった。

うーん。俺はすぐ思ったことを口走ってしまうから、良くない。でも、褒めないと気が済まないんだよな。せっかくの自分の心の底からの賛辞を、相手に伝えないで流してしまうのが勿体無いなーと思うのだ。


褒めて悪いことなんて、ないだろうから。あと、それが心からの言葉ならなおさら。

せっかく相手との関係を良好にできる要素を、みすみす捨てるのが残念だと思って、つい口に出てしまう。

その結果、たまに相手からしたら脈絡がなくて、困らせてしまうようだけれど。

まあまあ。


「えっと、もし夏目くんが嫌でないのならば。私が夏目くんの分を、選んでもいいかしら……?」

「……え?」


予想してなかった雪白さんからの提案に、俺はちょっとたじろいだ。

俺の返事が遅かったせいか、雪白さんが不安そうな顔をした。所在なさげに、指を組んでいる。


「ごめんなさい。自分で選びたいわよね」

「あ、いやいや!俺、こだわりないから。是非とも選んでください雪白さん!お願いします!」

「ほんと…?」

「うん。ただ、その………そういう、俺に選んでくれるのとか、初めてだなぁ〜…って、思ってちょっと照れてたと言いますか……」

「あっ」


雪白さんが両頰に手を当てた。それから、すす…っと口元へ両手が移動して、俺を見つめた。


「た、確かに、そうね………」

「う、うん………」


目が合う。…雪白さんがそらす。

また目が合う。…今度は俺がそらす。


雪白さんが初めての彼女だし、そういう経験がなさすぎて、こんな些細なことでいちいち考えたりして照れてしまったりして。

でも、これってさ。

まるで普通の彼氏彼女みたいだなーーと思って嬉しくなったのだ。


デートに来てくれてるだけですごい嬉しかったのに、俺に似合うのを選んでくれようとしている雪白さんの実質プレゼントに、喜びのブレーキが止まりそうにない。


「えっと、じゃ、じゃあ……こういうのは、どう?相手に似合うカチューシャを選んで、それをプレゼントし合うって、いうのは………」

「控えめに言って、最高。よし、それで行こう雪白さん!」


俺がカチューシャの壁の端から見ようと移動すると、くすくすと控えめに笑う声が聞こえたのは、多分気のせいではないと思う。



しばらくして、俺たちは店を出た。


「はい、雪白さん」

「どうぞ、夏目くん」


2人で手に持っていた袋を贈り合う。

取り出してみると、雪白さんがくれたカチューシャは

『ヌイイ』だった。ヌイイは、体型がモモンガで顔はポメラニアンみたいな、可愛さに全振りしたキャラだった。

小さめのふわふわの耳がカチューシャから生えていた。……俺がつけるには、少々可愛いすぎるような?


「やっぱり一周回って、王道かなって思ったのよ。………あと、朝日くん絶対似合う……可愛い……早くつけてほしい………あわよくばお写真撮りたい…」

「ん?」

「こほん、な、何でもないわ」


雪白さんは、んんっ、とわざとらしく咳払いした。

彼女も、袋からカチューシャを取り出す。

雪白さんは、あら…?と小さく目を見開いた。


俺が贈ったのは、『マーシュ』。ホッキョクグマみたいな、純白の毛のマルチーズがモチーフの、女の子のキャラクター。

そして……


「ヌイイのガールフレンド……」

「だね」

「………えっと、」

「………俺たちにぴったり……とか言ってみたり…」


は、図ったわけではないんだけど。


雪白さんの頰に、僅かに赤みがさした。そんな反応をされると、俺もなんか気恥ずかしくなった。贈った本人なので、なおさら。



俺たちは、初めて贈り合ったプレゼントを手にして、しばらく目を逸らしていた。




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