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異世界転移記 ~層彩のキャンバス~  作者: 0
第一章 <始まり>
5/30

5話

 書斎のある屋敷でいくつかの施設を案内してもらったあと、僕たちはこの国の兵士たちが鍛錬を積む訓練所へ向かうことになった。


 ロリスの背を追いながら、僕は新しい環境のひとつひとつを目に焼きつけていく。道の途中には資料保管庫や修理工房、薬草の貯蔵庫などが並び、それぞれに目的があり、秩序だった空気が漂っていた。建物の形も素材も見慣れないものばかりだったが、不思議と調和が取れている。


 やがて辿り着いたのが、兵たちの訓練が行われる鍛錬の場だった。


 高い石壁に囲まれたその施設は、見た瞬間に厳粛さを感じさせる造りだった。門をくぐると、広々とした土の広場が広がり、木製の訓練人形に向かって兵士たちが無言で武器を振るっている。乾いた衝撃音が規則的に響き、空気を震わせていた。


 ふと奥へ視線をやると、他の建物とは明らかに異なる一棟が目に留まった。厚い石材を幾重にも積み上げた重厚な造りで、外壁には金属板のような素材がはめ込まれている。光をわずかに反射するその表面は、まるで要塞の外殻のように見えた。


 「……あれは?」


 思わず尋ねると、ロリスはちらりと目を向けて答える。


 「魔術研究棟だ」


 その言葉を聞いた瞬間、空気がひやりと張り詰めた。

 魔術――その響きは、この世界の「異質さ」を象徴するようだった。


 「ここでは、術式の応用研究や新しい魔力理論の検証が行われている。加えて、戦闘用の魔具や補助装備の開発もな」


 淡々と語るロリスの声には、どこか軍事施設の説明のような厳しさがあった。


 「魔術って……本当に存在するんだ?」


 思わず漏れた言葉に、ロリスが少しだけ目を見開いた。


 「君の世界には、魔術というものはないのか?」


 「ないよ。少なくとも、僕がいた世界では」


 ロリスはしばらく黙考し、やがて小さく頷く。


 「なるほど。では、あの拳銃に術式を仕込んでいるわけでもないのか」


 「術式? どうしてそう思ったんですか?」


 「鎧をも貫くほどの威力だった。魔術でも使っているのかと思ってな」


 「……あれは魔術じゃない。ただの物理的な力だよ」


 僕は静かに答えた。

 「弾丸が高速で飛ぶ衝撃で、金属を貫く。それだけの話だ」


 ロリスは目を細め、少しの間沈黙した後、感心したように息をついた。


 「魔力を使わずに、そこまでの威力を……。君たちの世界の技術、侮れないな」


 そう言いながら、もう一度魔術研究棟を見やる。


 「中に入ってみよう。百聞は一見に如かず、というやつだろう?」


 ロリスが階段を上がり始める。僕はその背を追いながら、胸の奥に小さな緊張と期待が入り混じっていくのを感じた。


 この施設では、魔術学院の成績優秀者や名のある魔法師、そして学院での研究において著しい成果を上げた者にのみ、立ち入りが許されているという。


 「本来は、一般人が気軽に足を踏み入れられる場所じゃないんですけどね」


 ロリスが階段の途中で振り返り、少しだけ口元をゆるめて言った。


 「でも、君は“特例”だ。ここで何が行われているのか、知っておく必要があるからな」


 そう言って再び前を向いたロリスの背中は、どこか緊張をはらんで見えた。僕は無言でそのあとを追い、広い玄関ホールへと足を踏み入れる。


 中は静まり返っていた。高い天井には複雑な文様が彫られ、薄紫色の光が天井の装飾から滲むように灯っている。壁際には水晶のような柱が等間隔に並び、それぞれがかすかな魔力の脈動を放っていた。


 「うわ……」


 思わず漏れた僕の声に、ロリスは微かに笑みを浮かべた。


 「ようこそ、魔術の中枢へ」


 その言葉と共に、僕はこの世界の“理”が、いよいよ目の前で形をもって現れようとしていることを、改めて実感するのだった。


 ロリスに導かれるまま、僕は静まり返った廊下を進んでいく。やがて、分かれ道のように扉が左右に現れ、ロリスは立ち止まって振り返った。


 「まずは、訓練区画から案内しよう。実際に術式を使って鍛錬している場面のほうが、見て理解しやすいだろうからな」


 ロリスに続いて左側の扉を開く。特別な仕掛けがあるわけでもなく、ただの重い木製の扉だった。軋む音を立てて開くと、中からふわりと熱気が流れ出てきた。


 中は意外にもこぢんまりとしていた。もっと広々とした訓練場を想像していた僕にとって、それは少し拍子抜けする光景だった。およそ体育館の半分ほどの広さで、床は黒っぽい石材、壁も耐衝撃を意識したような作りになっている。天井はそれほど高くなく、光源は壁に設置されたランプのようなものが灯っているだけだった。


 「……思ったより地味だな」


 僕がぽつりと漏らすと、ロリスはくすっと笑った。


 「まあ、あまり派手なものを想像されても困るが、見るべきところはあるさ」


 中では数人の若者――学生だろうか――がそれぞれの場所で術式の訓練を行っていた。一人は腕を前に突き出して、小さな火球をぽん、と。大きさはせいぜいリンゴほどで、色も鮮やかな赤というよりは、ぼんやりと揺らめくオレンジの光。ぱち、ぱち、と控えめな音を立てながら燃えていた。


 「うわ……火が浮いてる……」


 思わず呟いた僕に、ロリスが得意げに言った。


 「初歩の術式だよ。魔力を安定させて形にするだけでも、最初のうちは何度も失敗するんだ」


 ロリスの視線の先では、火球を浮かせていた少女が真剣な顔で手のひらに集中していた。火球はゆらゆらと揺れ、時折ぐらつきながらも、しっかりと形を保っている。


 「見た目は地味でも、魔力の流れを制御するのって、かなり難しいんだ。少しでも乱れると、ああやって形が崩れる」


 よく見ると、別の場所で訓練していた少年の火球がふっとかき消え、少年は肩を落としていた。繰り返しの訓練の中で、ようやく一瞬だけ形になる――そんな世界なのだ。


 「それにしても……本当に、火が出てるんだな……」


 僕は再び火球に目を向けた。魔術。想像の中のファンタジーにすぎなかったものが、目の前に現実として存在している。その不思議さと、じわじわと湧いてくる興奮をどう処理していいかわからず、ただ立ち尽くしていた。


 「慣れれば驚かなくなるよ。術式の型を覚えて、魔力の流し方を体に叩き込めば、誰にでもある程度はできる。……まあ、才能によるけどな」


 ロリスが言うには、この初歩の術式すら使えずに脱落する者も多いらしい。見た目には小さな火球でも、その背後にある技術と訓練の重みは、想像以上に大きなものだった。


 「さ、次はもう少し実践的な訓練をしている区画を見てみよう。あっちは……少し派手かもしれない」


 そう言ってロリスが歩き出す。僕は慌てて後を追いながら、もう一度あの小さな火球に目をやった。その光は、僕の中に“この世界で生きていく”という実感を、確かに灯していた。


 この施設――魔術研究棟――は、魔術学院の成績優秀者や名のある魔法師、そして研究で顕著な成果を上げた者だけが立ち入ることを許された特別な場所だという。


 「本来なら、一般人が気軽に足を踏み入れられる場所じゃないんですけどね」


 ロリスが階段の途中で振り返り、口元にわずかな笑みを浮かべた。


 「でも、君は“特例”だ。ここで何が行われているのか、知っておいたほうが良いだろうからな」


 そう言って再び前を向く。その背中には、軽い冗談とは裏腹に、どこか張り詰めたものが感じられた。


 僕は黙ってそのあとを追い、やがて重厚な扉をくぐる。


 中はひんやりとした静けさに包まれていた。高い天井には緻密な文様が刻まれ、淡い紫光が滲むように灯っている。壁際には水晶のような柱が等間隔に並び、それぞれが脈を打つようにかすかな魔力を放っていた。


 「うわ……」


 思わず漏れた僕の声に、ロリスは口元をゆるめて言った。


 「ようこそ、魔術の中枢へ」


 その言葉とともに、胸の内で何かが静かに鳴った。

 この世界の“理”が、いよいよ目の前で形を取ろうとしている――そんな実感だった。


 ロリスに導かれるまま、僕は長い廊下を進む。左右に分かれた扉の前でロリスが立ち止まり、こちらを振り返った。


 「まずは訓練区画を見よう。実際の術式を見たほうが早いからな」


 彼が左の扉を押し開ける。軋む音とともに、ふわりと熱気が流れ出てきた。


 中は意外なほどこぢんまりとしていた。もっと広い演習場を想像していた僕にとって、それは少し拍子抜けする光景だった。およそ体育館の半分ほどの広さで、床は黒い石、壁は衝撃を吸収するような素材。光源は壁際のランプだけで、空間全体が淡い橙色に包まれている。


 「……思ったより地味だな」


 僕の言葉に、ロリスはくすっと笑った。


 「派手さはないが、見どころはある」


 中では数人の若者――おそらく学院の生徒――が術式の訓練をしていた。

 一人の少女が腕を前に突き出し、手のひらの上に小さな火球を生み出す。ぽん、と軽い音を立てて浮かび上がったそれは、リンゴほどの大きさの炎で、ぼんやりとしたオレンジ色に揺らめいている。


 「うわ……火が浮いてる……」


 思わず呟いた僕に、ロリスが誇らしげに言った。


 「初歩の術式だよ。魔力を安定させて形にするだけでも、最初のうちは何度も失敗するんだ」


 火球を浮かせていた少女は真剣な表情で手のひらに集中していた。炎はゆらゆらと揺れ、時折ぐらつきながらも消えずに形を保っている。


 「見た目は地味でも、魔力の流れを制御するのは難しい。少しでも乱れれば、ああやって崩れる」


 視線を向けた先では、少年の火球がふっと消え、彼は小さく肩を落としていた。繰り返す訓練の果てに、ようやく一瞬だけ形になる――そんな世界なのだ。


 「それにしても……本当に火が出てるんだな……」


 僕は火球を見つめた。

 魔術。想像上の幻想にすぎなかったものが、いま現実として目の前にある。その驚きと高揚に、胸が熱くなる。


 「慣れれば驚かなくなるさ。術式の型を覚え、魔力の流し方を体で覚えれば、誰でもある程度はできる。……まあ、才能にもよるが」


 ロリスによれば、この初歩の術式すら習得できずに去る者も少なくないという。

 見た目には小さな火球でも、その裏には膨大な努力と積み重ねがある。


 「さ、次はもう少し実践的な訓練をしている区画を見てみよう。あっちは……少し派手かもしれない」


 ロリスが歩き出す。その背を追いながら、僕はもう一度、あの火球を見た。

 その小さな光は、僕の中に――この世界で生きていくという実感を、確かに灯していた。


 ロリスの案内で訓練区画の奥へと進むと、先ほどの狭い部屋とは打って変わって、広々とした空間が広がっていた。石造りの床と壁は同じだが、天井は高く、中央には人工的に作られた地形――石柱や段差、障害物が並び、まるで屋内に再現された戦場のようだった。


 中では数人の魔術師たちが、師範らしき人物の指導のもと、模擬戦の訓練を行っていた。魔力が空気を震わせ、術式が展開されるたびに淡い光が走る。その瞬間、床が小さく震え、壁の一部が黒く焦げる。

 

 「おい、集中しろ! そんなんじゃ実戦で命を落とすぞ!」

 

 怒声が響き、訓練生のひとりが両手を突き出した。地面に描かれた魔術陣が光を帯び、そこから風の刃が一直線に走る。狙った石柱がざっくりと裂け、破片がぱらぱらと飛び散った。

 

 「うわ……あれ、当たったら洒落にならないな」

 

 思わず漏らすと、ロリスが小さく頷いた。

 

 「ここにいるのは、術式の扱いに慣れた者ばかりだ。彼らは“魔術師”として、将来は騎士団、傭兵、研究者……それぞれの道で一線を担うことになる」

 

 その時、別の訓練生が短く詠唱し、掌から光の矢を連射した。矢は障害物の影から現れた木製の訓練人形に命中し、爆ぜるように弾ける。焦げた煙が上がり、焦げ跡の匂いが鼻を刺した。

 

 「ここでは火球や光の矢だけじゃなく、複合術式も訓練している。術を繋げ、切り替え、考えるより先に動けるようにならなきゃ、生き残れない」

 

 ロリスの声は穏やかだったが、その裏には現実を知る者の重みがあった。

 

 「……すごいな」

 

 僕が呟くと、ロリスはわずかに笑って肩をすくめる。

 

 「とはいえ、ここにいるのはまだ“訓練生”だ。中にはもう功績を上げた者もいるが……そういう連中は、もう外に出ている。私も、昔はそうだった」

 

 「ロリスも?」

 

 「ああ。学ぶべきことは戦場にある。魔術は、実戦の中でこそ磨かれるんだ」

 

 ロリスの視線は遠くを見つめていた。その表情には、かつての戦場を思い出すような懐かしさと、わずかな誇りが混じっている。

 

 「このヴァイス帝国は四方を山に囲まれている。外敵に強い地形だが、森や谷には魔物が多い。帝都からそう遠くない場所でも、命のやり取りは珍しくない」

 

 「じゃあ、彼らもいずれ――」

 

 「そう。訓練を終えた者は山へ行き、“本物の戦い”を経験して帰ってくる。ここはそのための始まりに過ぎない」

 

 ロリスの言葉を聞きながら、僕は改めて広い訓練場を見渡した。火球や光の矢、風の刃――それらが飛び交う光景は、単なる技術の披露ではなかった。その先にある「生きるための戦い」を、確かに感じた。

 

 「……外、か」

 

 「行くことになるよ、君も」

 

 ロリスの静かな言葉に、僕は息をのむ。

 

 戦える自信なんてない。

 どちらかといえば体力もなく、運動部に入ったこともない。

 ――そんな自分が、戦場に出る?

 

 胸の奥がきゅっと締めつけられるようだった。


 ロリスは腕時計のような装置をちらりと見てから、くるりと踵を返した。


 「――さて、訓練場の見学はこのくらいにしておこうか。次は、研究棟だ。せっかくだから、そっちも見ておくといい」


 「研究棟?」


 「術式の理論や魔石の解析、それに応用技術の開発をしている場所だ。静かだが……あそこも“戦い”の一部なんだよ」


 ロリスの背を追って廊下を進む。しばらくすると、建物の雰囲気ががらりと変わった。装飾は簡素で、整然とした造り。壁のあちこちには不思議な装置や、光を帯びた石が埋め込まれている。


 「……これ、なんだ?」


 思わず足を止める。壁際のガラスケースの中には、宝石のように輝く石がいくつも並んでいた。青、緑、紫、赤――それぞれが淡く脈打つように光を放っている。


 「魔石だよ」


 ロリスが隣で足を止め、淡々と言った。


 「術式の発動や、道具への付与に使われるエネルギー源だ。自然の中で採れるものもあるが……魔物の体内から取り出されることもある。つまり――命の残滓だ」


 その言葉に、僕は息を呑んだ。

 美しく光る石が、命の代償。そう思うだけで、背筋がひやりとする。


 「……綺麗だけど、少し怖いな」


 「その感覚は大事だよ」

 ロリスは小さく微笑み、静かに続けた。

 「これをただの“資源”としてしか見なくなったら、人間として何かが欠ける。……昔の私は、少し危うかったかもしれないけどね」


 冗談めかした声の奥に、わずかな陰が見えた。


 そして、ふと思い出したようにロリスが立ち止まる。

 「そうだ、ついでに君の魔法適性も調べておこう」


 「えっ、今ここで?」


 「簡単な検査だよ。どうせいずれやることになるし、早いに越したことはない。普通なら五歳前後で、一年に一度の儀式で測られる。平民なら収穫祭、貴族なら閲兵式の時期にな」


 「……僕、そんなの受けたことないけど」


 「だろうな」

 ロリスが軽く頷く。

 「だから、これが初めての“自己紹介”みたいなものさ。自分がどんな資質を持っているのか――知っておくのは悪くないだろう?」


 そう言ってロリスは、廊下の一角にある扉の前で立ち止まり、軽くノックした。


 「適性検査の準備を頼む」


 中からかすかな返事があり、ロリスは僕の方に向き直って微笑む。


 「さあ、運命の時間だ。構えなくていい。ただ、石に触れるだけだから」


 僕は小さく息を呑み、胸の奥が高鳴るのを感じながら、その部屋へと足を踏み入れた。

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