43話
帰還から二週間も経たぬある日、僕のもとに一本の知らせが届いた。オルダンの鍛冶屋からだった。件の“眼鏡”の試作品が完成したというのだ。
正直なところ、思っていたよりもずっと早かった。魔法銃の試作にかかった時間と比べれば、驚くほどだ。
きっと、それだけ職人の腕が確かだったのだろう。やっぱりオルダンに頼んでよかったと、改めて思う。
知らせを受けてすぐ、僕はエナに声をかけた。すると、彼女は迷うことなく「行く行く!」と快諾してくれた。道中は穏やかな陽気で、屋敷から鍛冶屋までの石畳の道も、どこか軽やかに感じられた。
鍛冶屋に着くと、変わらず重厚な扉の向こうからは、カンカンと金属を打つ音が響いていた。
オルダンの鍛冶屋は、いつもと変わらぬ煤けた石壁と鉄の匂いに包まれていた。鍛冶場の片隅で、年季の入った作業台の上に小さな木箱が置かれている。
「これが試作品です」
簡素な布に包まれていた中身を取り出すと、そこにはごく質素な金属製の枠に、薄く磨かれたレンズがはめ込まれた眼鏡があった。装飾など一切ない、ただ“視る”という機能にだけ徹した無骨なつくり。だが、それがかえって信頼を感じさせる。
僕はそっと手に取り、恐る恐る耳にかけてみる。
「……おお」
思わず声が漏れた。視界の輪郭が明確になり、遠くの文字や細部までがくっきりと見える。少しの違和感はあるが、それもすぐに慣れそうだった。ただ一つだけ問題があるとすれば、その重さであった。
「よさそうじゃない」
横からエナが言い、僕の手から眼鏡を受け取って試す。
「……ふふ。私もたまに書類を見るから、こういうのあると助かるかも」
眼鏡越しに目を細める彼女の姿は、どこか賢そうにも見えて、僕は少し笑ってしまった。
「このくらいの完成度なら、大方問題はないだろう。あとは、レンズの調整だな……度数や厚みによって使い分けができるように」
オルダンは黙ってこちらのやり取りを見守っていたが、やがてぽつりと口を開いた。
「やっぱり、目に関わるものだからな。下手な細工はできん。枠も極力軽く、壊れにくくしてある。レンズも削るのは骨が折れたが……使えるといいがな」
「うん、十分だよ。見えるって、すごいことなんだな」
僕は改めて眼鏡を手に取って、しげしげと見つめた。レンズにはわずかに歪みがあるものの、これが異世界での初の試作品だと思えば、むしろ出来すぎなくらいだ。あとは、この基準をもとにして度数や厚み、凹凸の違うバリエーションを作っていければいい。
「これで、もっといろんな人の役に立てるかもしれないね」
僕の言葉に、エナは微笑んで頷いた。
「うん。……目が悪いって、それだけで世界が違って見えるものね。見えるようになるって、ほんとに素敵なことだと思う」
彼女がそう言うと、その声はどこかやさしくて、あたたかかった。
試作品は木箱に収め直して、大事そうに抱えて屋敷に持ち帰ることにした。僕たちが鍛冶屋を後にするとき、オルダンは多くを語らず、ただ一言だけつぶやいた。
「また何かあれば、持ってこい」
そのぶっきらぼうな一言が、妙に頼もしく聞こえた。
屋敷に戻ると、僕たちはまっすぐロリスのもとへ向かった。応接間の椅子に腰掛けていた彼は、僕たちの姿を見るなり、軽く目を細めた。
「戻ったか。何か収穫でも?」
「うん、これが“眼鏡”の試作品だよ。セファーに渡してくれないか」
僕は木箱を開け、中の眼鏡をそっと見せた。ロリスは少しだけ眉を上げてそれを見つめ、興味深げに首を傾げる。
「これが……なるほど、金属の枠組みにガラスをはめただけのもののように思えるが、道具というのは見た目じゃ判断できないもんだな。セファーが喜びそうだ」
そう言って木箱を受け取ると、ふっと肩をすくめて言葉を継いだ。
「もっとも、私も別にセファーの居場所を知っているわけではないが……まあ、どうにかするよ」
「悪いね、頼んだ」
「構わないさ。それくらいはな」
そう言ってロリスは箱を片手に立ち上がる。彼の頼もしさに、思わず肩の力が抜けた。
その後、廊下の端でカイルの姿を探したが、今日は見当たらなかった。聞けば、彼は今、王都近郊の森へ魔物狩りに出ているという。探索者としての経験を少しずつ積んでいるようだった。
「ちゃんと戻ってこれるといいけどな……」
僕がそう呟くと、エナが小さく笑って言った。
「大丈夫よ、あの子は真面目だから。それに……帰る場所があるって、心強いものよ」
その言葉に、ふと胸があたたかくなった。
少しずつだけれど、進んでいる。試作品とはいえ、こうして“何か”が形になったのは、大きな前進だ。
見えるようになるということ。それを誰かに届けられるということ――
その小さな達成感に、僕はしばし浸っていた。
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