40話
カイルが屋敷にきて三日。
勝手についてきたはいいが、住む場所がないので、仕方なくカイルを屋敷に住まわせることになった。二日ほどは泊まらせてあげたが、路銀も身分証も携わることなくついてきたため、ひとまずそうするしかなかった。
それは別に構わない。人が増えるのはにぎやかだし、何よりカイルは騒がしいが根は真っ直ぐな好青年だ。
経験を積むと同時にお金も稼げるからと、ロリスはカイルの探索者の登録に協力的だったが、最初のうちは簡単な仕事しか任せてもらえず、そういった仕事の賃金もたかが知れている。国営の産業とは違い、探索者なんて自由に生きる人たちばかりで、社宅のような福利厚生なんてあるわけもない。もっとも社宅というものも聞こえがいいが、奴隷などカーストが低いものを閉じ込めるだけの場所だとこの世界に来てなんとなく理解している。
それはそうと、カイルはまだ大きな仕事を任せてもらえない探索者機構からの依頼をこなして評判を挙げながらも、ロリスに武の教えを乞うのに一生懸命で、見ているとつい応援したくなる。
メイドたちにもわからないなりに礼儀正しく接していて、その振る舞いは年相応とは思えないほど洗練されていた。
育ちの良さを感じさせる部分があり、誠実で応援したくなる信念と若さを持っていた。
カイルはまだ十六歳だが、この年で働く子供は珍しくないらしい。確かに道端で荷物を運んだり、売り子をしているのをよく見かけるが、親の仕事の手伝いとばかり思いこんでいた。王都ではある程度裕福な家庭が多いので、親の稼業を継ぐという形で修業を積ませるために手伝わせることが多いようだが、都会から離れたら案外そうではなく、農業や狩りといった自給自足でかつ脅威から身を守るようなことを小さいころから学ばせることが多いようだ。通りでセリダ村といい、メルベラといい、屈強な肉体をしている男が結構多かった。
ロリスによると、学院を通わずしてこれほどの戦闘力を身につけているのなら、将来が楽しみだとのこと。若さゆえに肉体を酷使している部分もあるが、その分だけ自分の力の上限を把握できていて、無理をしないとのことらしい。
全く教える気はないなどと言いながらも、なんだかんだカイルの指導役を引き受けているし、その成長を期待しているところが、少しツンデレのような雰囲気がある。
――ただし、カイルに関して一つだけやめてほしいことがある。
そして今、それがまさに目の前で繰り広げられている。
書斎で久しぶりにサレンの授業。といっても、僕がわからない部分をサレンに聞く時間なのだが、教養が乏しいカイルのために、今回は一緒に受けることになっている。 しかし――
「なるほど! つまりこの王様って、他国との外交がめちゃくちゃ下手だったってことか!」
書斎の静謐な空気を、カイルの大声が見事に打ち砕いた。
静かに本をめくる音だけが響いていたはずのこの場所が、今や彼の元気な声でにぎやかというより騒がしい空間になっている。
サレンは微笑を崩さぬまま、教本を軽く閉じた。
「カイル様、そこまで元気に発言してくださるのはありがたいのですが……もう少しだけ音量を落としていただけると助かります」
「えっ、あ、ごめん。でもさ、こうやって話しながらだと頭に入りやすいっていうか……」
本人は悪気がない。それどころか、目を輝かせて前のめりに話を聞こうとする姿勢からは、学ぶことに対する純粋な意欲すら感じる。
……が、静かな環境で集中したい僕にとっては、正直その元気が少しだけありがた迷惑だった。
「カイル、ちょっと声を抑えて。ここ、図書館じゃないけど……まあ、似たようなもんなんだ」
「そっか……よし、頑張って静かにする!」
と、彼は言うのだが、それが持続した試しはまだない。
まるで大型犬のように、人懐っこくて全力で懐いてくる。にぎやかだけど、なんだかんだ憎めない。だけど――その勢いに巻き込まれると、どうにも調子が狂う。
まあ、本人に悪気がない分、叱る気にもなれないのだけど。
結局その後もカイルの声は小さくなるどころか、話が盛り上がるたびにじわじわと音量を取り戻し、サレンが「お静かに」と三度目の注意をする頃には、僕もすっかり集中をあきらめていた。
……とはいえ、こういう日常も悪くない。
少しにぎやかな書斎の空気の中で、僕はふと、小さく笑った。
カイルについて、最初は正直どう接すればいいのか戸惑っていた。
年齢も若いし、思ったことをすぐ口にするタイプで、感情も態度もとにかくストレート。僕とは正反対の性格で、だからこそ最初は距離の取り方が難しかったのかもしれない。
でも、あいつの真っ直ぐさは不思議と人の警戒を解く力がある。
どこまでも素直で、どこまでも前向き。失敗してもめげずに立ち上がる姿は、見ているこっちまで元気になってしまう。うるさいけど、正直ちょっと羨ましくもあるんだ。そんな風に、自分の気持ちをまっすぐぶつけられることが。
サレンが言っていた。「学ぶことに興味があるのは、とてもいいことです」と。
まさにその通りだと思う。戦いでも学びでも、すべてに対して真摯にぶつかっていくその姿勢は、きっとこの先の人生で大きな力になる。
十六にしては芯がしっかりしているし、ロリスによれば、すでにそれなりに場数も踏んでいる実力者だという。学院にも通わず、特別な訓練を受けたわけでもないのに、村の中では一目置かれる存在だったらしい。
魔法の才能はそれほどでもないようだが、身のこなしの軽さと弓の腕前は、ロリスが「素質がある」と認めるほど。あのロリスが素直に評価するのは、珍しいというわけでもないのだが、断定ともとれるその言い方からカイルへの期待と確信を読み取れた。
どうやらカイルの育った村の周辺では、森に魔物が潜んでいることが多く、収穫期になるとそれらが村を襲ってくることもあったらしい。だからこそ、幼い頃から自然と体を動かす術を覚え、武器の扱いにも慣れていったのだという。村を襲い掛かる魔物を返り討ちにしたり、あらかじめ収穫期の前に近辺の魔物の数を減らしたりしたからこそこれほど強いという。
魔法が使えないから限界を感じたようで、魔力を身に纏う身体強化しか使えない自分には、この先がないのではないかと悩んでいたらしい。それでもあきらめることなく、もっと強くなりたい一心で、より多くの人材が集まる王都に来たがっていた。
自分より強い相手と戦いたい、もっと上を知りたい。そう口にしたときのカイルの目は、どこまでもまっすぐだった。
そのために、見知らぬ土地でも物怖じせず、見よう見まねでもやってみようとする。知らない知識にも臆せず飛び込む。強くなりたいという一心が、あいつを突き動かしている。
とはいえ、ロリスも何を教えればよいか悩んでいる。
剣の腕前を上げる以外、教えることがなさそうで、本人の向上心に対してこちらの引き出しが少なすぎる、と珍しく愚痴をこぼしていた。魔法に適性がない分、鍛えられる領域が限られていて、どうしても手詰まり感があるのだという。
「器用で素直、飲み込みも早い。だけど……教えたことは全部すぐに身につけてしまうから、こっちが追いつかない」
そんなロリスの言葉には、少しだけ嬉しさと困惑が混じっていた。
それでも、ロリスが稽古を続けているのは、たぶん彼なりにカイルの成長を楽しみにしているからだと思う。口では文句を言いつつも、教える手を止めようとしないのは、きっとそれだけ期待しているということだ。
カイルの目指す「強さ」は、まだ形になっていない。でも、そういう未完成なところが、彼の可能性そのものなんだろう。
未完成で、手探りで、それでも前だけを見て進もうとする姿は、まるでひとつの光みたいだった。
強さに迷いながらも、自分なりの答えを探している。どれだけ時間がかかっても、きっとカイルは、自分の「なりたい自分」にたどり着くはずだ。
だから僕たちができるのは、時に手を貸し、時にただ見守ることだけかもしれない。
けれどそれでいい。そう思えるくらいには、カイルはもう、ちゃんと自分の足で前に進んでいるのだから。
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