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異世界転移記 ~層彩のキャンバス~  作者: 0
第二章 <遠足>
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37話

 翌朝、目を覚ますと、外はすでに薄曇りの空に包まれていた。村の空気にはいつもとは違う張り詰めた緊張が漂っている。窓の外を見れば、門番たちが人数を増やし、通りを見回っているのがわかった。村はすっかり警戒態勢に入っているようだった。


 けれど、僕たちは予定通り、王都へと戻ることにしていた。


 申し訳ない――そう思わないわけではないが、それでも立場がそれを許さなかった。

 身分を手に入れた今でさえ、無用な波風を立てぬように行動しなければならない。

 それが「仕事」だと、宿命だと、そう言われれば……受け入れるしかないのだろう。


 それでもやはり、少々過保護な気がしないでもない。

 ただの旅人を装っていても、誰かがどこかで見ている気がして、時に肩が重くなる。


 朝の冷たい空気を肺に入れながら、僕たちはゆっくりと村の出口へと向かっていた。

 まだ少し湿った土の感触を踏みしめながら、何気なく後ろを振り返ろうとした、そのとき。


 「おーい! 待ってくれ!」


 後ろから駆けてくる足音が響いた。振り返ると、軽装の若い男が、肩で息をしながらこちらへ向かってくる。背中に短弓を背負い、腰には細身の剣。どうやら探索者らしい。


 若者は僕たちの前まで駆け寄ると、息を整える間もなく言葉を吐き出した。


 「なあ、変異種を倒したのお前らか? 本当に?」


 僕が答える前に、ロリスが一歩前に出て、静かにうなずいた。


 「その通りだ。もっとも、運が良かっただけだがな」


 「マジかよ……やっぱつええんだな、お前ら。だったらさ――連れてってくれよ。こんな田舎にいたって、強くなれやしない。ずっと、そう思ってたんだ」


 その目は真剣だった。少し血走っていて、無鉄砲な若さが滲んでいる。けれど、ただの好奇心じゃない。何かを変えたいという、焦りのような熱があった。


 「王都に行くんだろ? 俺も一緒に行く。頼む!」


 手を合わせたまま頭を軽く下げたその姿に彼なりの誠意を感じるが、連れて行くのも正直憚っている。


 僕は小さくため息をついた。

 ……厄介な奴が来たな、というのが正直な感想だった。監視下にいる身では要求を受け入れることはできないだろう。


 ロリスは腕を組み、少しだけ苛立ちを混ぜた声で返す。


 「なんでそんなことを、私たちがしなければならない?」


 若者は食い下がった。勢いそのままに、声が一段高くなる。


 「なんだってするよ! 荷物持ちでも、雑用でも、どんなことでもするから、連れてってくれよ!」


 「いやだ」


 ロリスの返事は一瞬だった。ぴしゃりと切り捨てるような口調に、若者の顔が引きつる。


 だが、引き下がらない。


 「……なら、後ろからついてく」


 なんとも強情な態度に、ロリスが眉をひそめた。何か言い返そうとしたそのとき、僕が一歩、前に出る。


 「君、名前は?」


 「……カイル」


 「カイル。ついてきたいなら、それなりの覚悟が要る。王都には、強いだけじゃやっていけない。力を振るうには、理由と節度がいる。自分がその重さを背負えると思うか?」


 若者――カイルは少し黙ってから、真っ直ぐこちらを見て言った。


 「背負いたい。そうじゃなきゃ、何のために俺、生きてんのかわかんねぇ」


 ロリスは短く息を吐いて、肩をすくめた。


 「……好きにしろ。ただし、足を引っ張ったら置いていく。それだけは覚えておけ」


 「わかってる!」


 こうして、ひとまずロリスの“許可”を得たカイルは、嬉しそうに僕たちの隣に並ぶ。


 その姿はどこか不安定で、しかし確かに希望に満ちていた。

 旅路の先に何が待っているのか、まだ誰にもわからない。だが、少なくともこの出会いが、ただの偶然ではないことは、僕にも少しだけわかる気がした。





 村から出てしばらくのあいだ、僕たちはカイルの一方的な質問攻めにあった。


 「でさ!あの魔物、ほんとにお前らだけで倒したの?どういう風に?剣?魔法?それとも何か秘策でも?」


 「そもそもこの剣、どこで手に入れたんだ?やっぱ王都の鍛冶屋?紹介してくれたりする?」


 「っていうか、お前らってどんな関係?師弟とか?」


 カイルの勢いは止まらない。


 次々と飛び出す質問に、僕は答える間もなく言葉を飲み込む。ロリスはというと、呆れたように肩をすくめ、僕の方をちらりと見やった。


 ロリスがゆっくりと口を開く。


 「……人の出自を聞く前に、まず自分のことを名乗るのが礼儀ではないか?」


 それを聞いたカイルは、はっとしたように背筋を伸ばし、顔を赤くして慌てて名乗る。


 「お、おう! そうだな、悪い悪い!」


 咳払いひとつして、カイルは少し誇らしげな表情で言った。


 「俺はカイル。セリダ村で一番のレンジャーだ! 今年で十六になった!」


 「……十六」


 「おい、今の“……十六”ってなんだよ。声に出すならもっと尊重しろよ!」


 僕は苦笑をこらえながら、少しだけうなずいた。


 「年齢だけ聞いて馬鹿にすんなよ!」


 カイルがむっとした顔で言う。


 「いやー、馬鹿にするつもりはないよ。ただ、若いってことは……伸びしろがあるって意味でさ」


 僕は慌てて取り繕うように言ったが、言い終わる前からロリスが口を挟む。


 「まあ、それだけだ」


 「それだけって……!」


 カイルは不満げに頬をふくらませたが、すぐに気を取り直したように笑ってみせる。

 軽く鼻を鳴らしながら、得意げに言葉を続けた。


 「ま、俺もまだまだこれからってことだよな!でもさ、戦闘の腕前とか、どうやって鍛えたんだ?騎士団にいたって聞いたけど王都の騎士団で修行とか?」


 ロリスはわずかに目を細め、僕の方をちらりと見た。

 そして視線を少し逸らしながら、そっけなく答えた。


 「まあ、そんなところだ」


 それ以上の詳しい説明はせず、歩調を変えることもなく前を向いたままだった。


 カイルは口を開きかけたが、すぐにその雰囲気を察したらしい。


 「……そっか」


 気まずそうに鼻をこすり、わずかに速度を落とす。


 そのまましばらく沈黙が続いた後、カイルは居心地悪そうに僕の方へと向き直った。


 「なあ……ロリスって、あんま話さねぇタイプか?」


 声をひそめて、それでも聞かずにはいられないという様子で、カイルが僕に尋ねてくる。


 「そうだね。でも、必要なときにはちゃんと話すよ」


 僕は笑って返す。なるべく軽い調子で。カイルが余計な気を回さなくてもいいように。


 「じゃあ、今は“必要なとき”じゃないってわけか」


 「たぶん、ね」


 カイルは口をへの字に曲げ、ふてくされたように前を見た。


 「……なんか、すげぇ強そうなやつって、だいたい寡黙なんだよな。あれ、憧れるんだけどなぁ」


 「なら、しゃべらなきゃいいじゃないか」


 「無理だ! しゃべらないと落ち着かない!」


 あっけらかんとしたカイルの言葉に、思わずロリスがくすっと笑った――ような気がした。


 「……笑った?」


 カイルが目ざとく問いかけると、ロリスはそっぽを向いたまま、無言で歩き続けた。


 「……なあ、今の完全に笑ったよな? なあ?」


 カイルが僕の方を振り返る。僕は肩をすくめた。


 カイルは少し間を置いてから、ロリスに向かって言った。


 「……何か言えよ」


 けれどロリスは相変わらずそっぽを向いたまま、低い声で答えた。


 「もうすぐ山のふもとに到着する。体力を温存しておけ。これから上るんだ」


 その言葉にはいつもの厳しさがあったけれど、どこか優しさも混じっている気がした。カイルはふうっと息をつき、僕たちの後ろを静かに歩き出した。





 山を登る道中、カイルはほとんど口を開かなかった。


 余裕がないのか、それともロリスの言葉を素直に受け入れたのかはわからないが、さっきまでの騒がしさが嘘のように静かになっていた。


 時折、険しい道に足を取られながら、それでも懸命に歩を進めるカイルの背中を見ていると、ふと懐かしい気持ちが胸に湧いた。


 エナのようにひたすら人をからかうわけではない。だけど、周囲を巻き込む力強さや朗らかさは、確かに彼女を思い出させるものがある。


 僕は小さく息を吐き、夜風の冷たさを感じながら、ぼんやりとつぶやく。


 「早く帰って、いつもの生活を堪能したいな……」


 郷愁とでもいうのだろうか、1週間も王都から離れてはいないのに、どこか恋しくてたまらなかった。

 王都の喧騒や雑踏、友と過ごす濃い日々。


 木々の間を吹き抜ける風は冷たく、葉がざわめく音が静かな山道に響いていた。

 足元の石や土の感触を確かめながら、僕たちはゆっくりと一歩ずつ標高を稼いでいく。


 遠くに見える頂上の影が徐々に大きくなるたび、僕の心は少しずつ軽くなっていくようだった。

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