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異世界転移記 ~層彩のキャンバス~  作者: 0
第一章 <始まり>
24/30

24話

 エナと楽しいひと時を過ごしたのち、僕たちはゆっくりと帰路についた。


 屋台の灯りが遠ざかり、夜風が冷たさを増していく。

 それでもエナは、屋台で買った焼き菓子を頬張りながら、軽やかな足取りで歩いていた。


 「ん~、これ美味しい! カイも食べる?」

 「いや、さっき串焼き食べたばかりだし……お前、よくそんなに食べられるな。」

 「別腹だもん!」

 エナは口元をふきふき、無邪気に笑った。


 やがて屋敷が見えてくる。夜の闇の中に、温かな明かりがぽつりと灯っていた。

 僕が門を押し開けると、中庭の方から足音が聞こえてくる。


 「……ロリス?」


 玄関先に、見覚えのあるシルエットが立っていた。

 軽いマントを羽織り、疲れたように息をついている。


 「おかえり。」

 ロリスは僕たちを見て、小さく微笑んだ。


 「遅かったな。無事で何よりだ。」


 その表情にはどこか、安堵と、微かな緊張が入り混じっていた。


 「……大丈夫?」

 僕が声をかけると、ロリスはふっと笑い、軽く首を横に振った。


 「心配するな。少し走り回ってただけだ。」


 どこかはぐらかすような、その言い方。

 でも――疲れた瞳の奥に、何かを隠している気がしてならない。


 「……そっか。とりあえず中に入ろう。」


 僕の言葉に、ロリスは頷いた。

 エナも「うん」と返事をして、僕の後ろからついてくる。


 夜の冷たさを背に、僕たちは屋敷の中へ足を踏み入れた。

 扉を閉めると、外の闇が切り離され、わずかに安心感が広がる。


 「大広間で話そう。」

 ロリスがそう提案し、僕たちは暖炉の火が灯る大広間へと移動した。

 壁際の椅子に腰を下ろし、僕はようやく深く息を吐く。


 「……今日、襲われたんだ。」

 開口一番、僕はそう切り出した。


 ロリスの瞳が、すっと鋭くなる。


 「どこでだ?」


 「探索者機構の近くの、裏通りで。」

 僕が答えると、ロリスの眉がわずかに動いた。


 「探索者機構の近く……なるほどな。」

 ロリスは顎に手を当て、考えるように視線を落とす。


 「どんな連中だった?」


 「暗殺者みたいな格好だった。複数人で、最初から僕を狙ってたみたいに動いてた。」

 僕がそう告げると、エナも横から頷いた。


 「カイの言う通り。あれは偶然なんかじゃないよ。完全に待ち伏せされてた。」


 ロリスは短く息を吐き、深く背もたれにもたれる。

 暖炉の炎が彼の横顔を照らし、影が揺れた。


 「……なぜだ。」

 低い声で、ロリスが呟く。


 「カイ、お前が狙われる理由に心当たりは?」


 「いや……全然。」

 僕は首を振る。

 「でも、一つだけ。――助けてくれた人がいたんだ。」


 「助けてくれた?」


 「獣人族の女性だった。探索者機構にいた人で、名前は……“ヴェルティナ”って言ってた。」


 ロリスの目が一瞬鋭さを増す。


 「ヴェルティナ……。聞いたことはある。腕の立つ探索者だ。」


 「その人のおかげで、戦況はこっちが圧倒してたんだよ。」

 エナが少し悔しそうに言葉を継ぐ。


 「生け捕りにして情報を引き出そうって思ってた。……でも、どこからか光魔法が放たれて――」


 エナの表情が曇る。


 「まぶしくて、目が開けられなかった。その隙に、全員逃げられちゃったの。」


 僕もあの時の光景を思い出す。あまりに強烈で、一瞬何も見えなくなった。耳鳴りだけが残り、気づけば敵の姿は影も形もなかった。


 「……まあ、ともかく。」

 ロリスが小さく息をつき、柔らかい声を返した。


 「無事でよかったよ。」


 その言葉に、僕とエナはほっとしたように顔を見合わせた。

 ロリスは微笑みながらも、どこか申し訳なさそうに視線を落とす。


 「私がいない間に……こんな騒ぎに巻き込ませてしまったなんて。」

 ロリスは手を胸元に当て、わずかに眉を寄せる。


 「本当に、すまない。」


 「ロリスのせいじゃないよ。」

 僕は慌てて首を振る。


 「そうだよ!」

 エナも勢いよく言葉を重ねた。

 「私たち、ちゃんと切り抜けたし。むしろロリスが帰ってきてくれて、ホッとしてるんだから。」


 ロリスは二人の言葉に、少し目を伏せ、それから静かに笑った。


 「……ありがとう。」


 その声には、微かな疲れと、どこか安心が混じっていた。





 僕は自室のベッドに横たわり、静かに天井を見つめていた。


 いろいろなことが頭を巡る。

 ――なぜ、僕が襲われたのか。

 ……いや、そもそも僕自身が狙われていた、という考えが正しいのだろうか。


 僕の存在は、まだこの世界で広く知られているはずがない。

 ならば、標的は別にいたのか。

 けれど、ロリスがいない隙を狙われたのは――偶然? それとも必然?


 「……わからない。」

 小さく呟いて、目を閉じる。


 今日、僕が生きていられるのは――

 エナが守ってくれたからだ。

 ヴェルティナが駆けつけてくれたからだ。


 そして、いつもそばにいてくれるロリス。

 あの穏やかな微笑みが、どれだけ僕を救ってくれていたか。


 「……ありがとう。」

 声にならない言葉が、胸の奥に染みていく。


 この世界で、僕にできることはなんだろう。

 魔力もない。力もない。

 だけど――


 守られてばかりじゃいられない。


 小さな決意が、心の奥にそっと芽を出す。


 「何か……僕に、できることは。」


 そう思いながら、天井を見つめ続けていた。

 夜の静寂が、ゆっくりと僕を眠りの中へ引き込んでいく。





 翌朝。


 目が覚めても、体の奥に重たさが残っていた。

 眠れなかったわけじゃない。

 それでも、昨日のことが脳裏をよぎり続けていたせいか、体に微妙な倦怠感がまとわりついている。


 「……はぁ。」

 ため息を一つ吐きながら、ベッドを出た。

 ルーティンを崩さないように、顔を洗い、服を整え、食事を済ませる。

 どこかぎこちない動作になってしまうのを自分でも感じながら。


 それでも、日常に戻らなければ。

 そう思いながら、僕は屋敷の廊下を歩き、書斎へ向かった。


 扉の前で深呼吸を一つ。

 ノブに手をかけて静かに開けると――


 「……おはようございます、カイさん。」


 中ではすでに、サレンが待っていた。

 窓際の席に座り、書類を手にしていた彼が、微笑みながらこちらに顔を向ける。


 「早いんですね。」

 僕は少し驚きながら声をかけた。


 「いいえ、もう十分遅い時間ですよ。」

 サレンは穏やかな口調で笑みを深め、手にしていた書類を机の上にそっと置いた。


 「そういえば、サレンさん。」

 僕はふと思い出して声をかけた。


 「昨日、サレンさんと別れたあとに……僕、襲われたんだ。」


 その言葉に、サレンの瞳がわずかに揺れる。

 「……襲われた?」


 「うん。だから――サレンさんは、大丈夫だった? 何か変わったこととか、なかった?」


 サレンは一瞬考えるように目を伏せ、それから首を横に振った。

 「……いいえ。私は何も。そんなことがあったなんて……」

 顔を上げ、心配そうにこちらを見つめる。


 「大丈夫だったんですか?」


 「……まぁ、見ての通り、元気っちゃ元気だけど。」

 僕は苦笑して肩をすくめた。

 「でも正直、初めてのことだったし……あんまり眠れなかったよ。」


 サレンの表情が、少しだけ柔らかくなる。

 「……無理もありません。」

 穏やかな声でそう言い、僕の隣に座った。


 「本当に、無事でよかった。」

 その言葉が、胸にじんわりと染み込む。


 僕はふっと笑い、目を細めた。

 「ありがとう、サレンさん。」


 「いいえ。」

 サレンは静かに首を振る。

 「でも……本当にお気をつけください。」


 その穏やかな声の奥に、わずかな緊張が滲んでいた。


 「……うん。ありがとう。」

 昨日の襲撃のこと、光魔法で逃げられたこと、ヴェルティナのこと。

 ぐるぐると頭の中を回る疑問を、すべて言葉にできずに胸の奥にしまい込む。


 気持ちを切り替えるように、小さく息を吐く。


 サレンが微笑み、こちらを見上げた。その瞳に映る自分が、少しだけ誇らしく見えた。


 「さて――今日の予定ですが。」

 サレンは手元の書類に目を落とし、少し真剣な表情になる。


 僕も背筋を伸ばし、心を落ち着ける。

 昨日と同じように、今日も一日が始まろうとしていた。

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