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22話

 探索者機構を見に来たのはいいが、あまり見どころがないのもあり、近くをぶらぶらすることにした。

 

 サレンは用事があるため、探索者機構の前で別れることにした。


 「じゃあ、私はここで失礼するよ。用事があるからね。」


 サレンが軽く頭を下げて、少し堅苦しい表情で言った。いつもの調子ではないが、それが逆に安心感を与えてくれる。


 「うん、気をつけてね。」

 僕は手を振りながら見送った。サレンは大きく頷くと、急ぎ足でその場を後にした。


 僕はその後、何をしようか考えながら歩き出した。辺りを見回しながら歩いていくと、だんだんと人通りが少なくなり、空気が少し重く感じる場所に足を踏み入れていた。


 気づけば、道はだんだんと奥に続き、周囲の雰囲気がまるで変わっていった。何かが違う、そう感じた瞬間、異様な空気が漂っていることに気づく。


 「なんだ、ここは…?」

 僕は立ち止まり、周りを見回した。薄暗く、あまり人が通らない場所に来てしまったようだ。壁に描かれた謎めいた絵や、ひび割れた石壁が不気味に響いている。


 その時、エナが何かを感じ取ったように立ち止まり、僕の顔を見た。

 「ちょっと、ここ、なんだか怪しくない?」

 「うん、なんか、空気が重い気がする。」

 エナの声には、少し警戒したような色が混じっている。


 「ここ、あまり歩くべきじゃないかもしれないな。」

 僕はエナに静かに言ったが、エナは不安げな顔をして周囲を見渡していた。


 「でも、なんだか気になるな。あの奥に何かありそうだし…。」

 エナが少し歩みを進めようとする。その背中に、僕は思わず声をかけた。


 「待て、エナ。ちょっと待ったほうが—」


 その瞬間、背後から何かが近づく音が聞こえた。足音が次第に近づいてくる。


 「誰かいる…?」

 僕はエナに目で合図し、ゆっくりとその方向を向いた。すると、薄暗い通りの先から、何人かの影が現れた。


 その人物たちは黒い服に身を包み、顔を隠している。手に武器を持ち、何も言わずにじっとこちらを見つめている。


 「これは…やばいな。」

 エナの目が鋭くなった。彼女は体を少し引き寄せ、戦闘態勢に入る。


 すると、暗がりの中から一歩前に出る影があった。黒装束の中でも一際大柄で、胸元に銀色の飾りをつけた男だ。


 「――来たか。」

 男が低く唸るように言うと、ゆっくりと右手を上げた。


 「!」

 その手が、ひと振りされる。


 次の瞬間、周囲にいた暗殺者たちが一斉に動き出した。無言で駆け寄り、手にした短剣や細剣をこちらに向けてくる。


 「囲まれたか!」

 僕は反射的にエナの手を引く。エナは目を輝かせ、短剣を抜き放った。


 「いいね、わかりやすい連中だ。」

 彼女が小さく笑いながら前に出る。


 エナの短剣に、ふわりと青い光が帯びた。

 それは刀身を包み込むように広がり、やがて波打つ水のような輝きとなって刃を覆う。


 次の瞬間、エナが駆けた。水の光を纏った短剣が、夜気を裂くようにひらめく。


 「はっ!」

 振り抜かれた刃から、水の斬撃が弧を描いて放たれる。

 その一撃が、前方の暗殺者二人を一気に薙ぎ倒した。


 「くっ……!」

 残った暗殺者たちが即座に間合いを詰めてくる。


 エナは息を整え、次の動きに備えた。


 暗殺者たちは油断なく彼女を囲い込む。狭まる間合い。逃げ場なし。だが、エナの目は冷静そのものだった。


 ――水は、流れに従う。ならば。


 「……遅い。」


 囁くように言い放ち、エナは地を蹴る。


 その瞬間、彼女の足元から水が噴き上がった。暗闇の中で輝く水の流れはまるで生命を持つように渦を巻き、彼女の体を包み込む。


 「何……!?」


 暗殺者たちが驚きの声をあげる暇もなく、エナの体は霧のようにぼやけ、次の瞬間、背後へと瞬間移動するかのように滑り抜けた。


 そして。


 ――水刃の一閃。


 鋭い水流の斬撃が放たれ、三人の暗殺者が一瞬にして膝をつく。


 「甘いわね。」


 奮戦するエナの姿が、暗がりの中でも鮮やかに映る。

 その短剣は水の刃を纏い、絶え間なく押し寄せる敵を切り払っていく。


 だが――。


 (無理してる……!)


 僕にはわかる。

 彼女は僕を守りながら戦っている。自分一人ならもっと自由に動けるだろうに、僕を背後に庇うように立ち回り、決して敵を僕に近づけさせない。


 (このままじゃ……!)


 僕は戦う彼女を見守りながら、周りに注意を払い、必死に近づかれまいとする。

 だが、敵の数は多い。動きを封じられているのは明らかだった。


 (このままじゃ、エナ一人に負担がかかりすぎる……!)


 そのとき。

 視界の端に、倒れた暗殺者のそばに落ちた武器が映った。

 短剣。エナの剣と似た形をした、小ぶりながら鋭い刃。


 自衛のために――そう思い、地面に落ちた短剣に手を伸ばそうとした、その時だった。


 「――!」


 鋭い気配が、背後から走る。

 反射的に振り向くと、ひとりの暗殺者が、低い体勢からこちらに跳びかかってきていた。

 その手には、鈍く光る短い刃。無言のまま、迷いもなく突き出される。


 「くっ!」


 僕は地面に伏せ、寸前でかわした。

 刃が髪をかすめ、冷たい空気を切り裂いていく。


 もう一度、暗殺者が攻撃してくる。


 「くっ、まずい!」


 僕はさらに反応が遅れ、今度は避けられず、刃が肌をかすめる。痛みが走り、目の前が一瞬霞んだ。


 「――!」


 その瞬間、目の前に一筋の赤い光が走り抜けた。暗殺者が遠くへ吹き飛ばされ、まるで時間が止まったかのように静寂が広がる。


 僕の目の前に現れたのは、あの探索者機構で見かけた、長身で颯爽とした姿の獣人族の女性だった。彼女はその鋭い目で周囲を見渡し、戦闘の流れを一瞬で掴んでいた。その足元から立ち上る風が、まるで戦場の支配者のように感じられる。


 長く引き締まった肢体に、鋼の輝きを放つナックルダスターが鈍く光る。


 その拳は、まるで獣の牙のように鋭く、力強く――。


 「……邪魔よ。」


 獣人族の女性が低く呟いた瞬間、彼女の腕がしなるように動く。


 次の瞬間、空気が爆ぜる。


 轟音――


 暗殺者の腕に、衝撃が突き刺さる。切り裂かれたのではない。骨ごと砕かれたのだ。


 「ッ……!」


 痛みに呻く暗殺者。しかし、それすら許されない。


 獣人族の拳が、二撃目の追撃を放つ。


 ――腹部へ、容赦なく撃ち込まれる鉄の拳。


 体が弾かれ、暗殺者は地面を転がるように吹き飛んだ。


 静寂。


 獣人族の女性は、一度だけナックルダスターを握り直し、戦場を睨む。まだ終わっていない。


 「……立てる?」


 短い言葉とともに、彼女は僕を見下ろした。


 その瞳には――まだ、狩りの余韻が燃えている。


 しかし暗殺者たちの猛攻も止まらない。 エナの水の刃が宙を舞い、敵を次々と弾き飛ばしていく。しかし、それでも戦場は不利だった。


 「エナ! 左!」


 僕の叫びに反応し、彼女は体をひねる。次の瞬間、刺突を狙った細剣が空を切った。


 「よく見てるね。」


 エナが短く笑うが、その息は僅かに乱れている。ここまでの戦いで、体力を消耗し始めているのがわかる。


 そして。


 再び獣人族の女性が動く。


 鋼の拳が咆哮する――。


 「そこだ!」


 振り抜かれたナックルダスターが、一人の暗殺者の鎧ごと砕いた。敵が地面へと崩れ落ちる。


 彼女の戦いは速い。重い。残酷なほどに正確だ。


 だが――その刹那。


 空気が変わった。


 暗殺者たちのリーダーと思しき男の視線が、氷のように冷たく僕へと突き刺さる。


 無言。


 それがかえって不気味だった。


 瞬きもせず、ただ一直線に突っ込んでくる――。


 「まずい……!」


 反射的に後ずさる。だが、その動きが間に合わない。


 速い――!


 彼の足音すら聞こえないほどの速度。影が歪み、迫る刃の鋭い煌めきが視界を埋め尽くす。


 「くっ……!」


 恐怖が喉元までこみ上げる。しかし、その瞬間――。


 鋼の衝撃が響いた。


「――どけ。」


 赤い閃光。


 獣人族の女性の拳がリーダーの剣を弾き飛ばした。


 空間が軋むような激突。


 だが、リーダーは微塵も怯まない。次の瞬間、体を捻りながら反撃の斬撃を放つ。


 超高速の攻防戦――!


 彼女は下から拳を跳ね上げる。リーダーはそれを回避し、刃を滑らせるように振るう。


 その軌跡を見切った彼女は、片足を踏み込み、強烈なフックを叩き込んだ。


 「……ッ!」


 リーダーの体が揺れる。しかし、すぐに態勢を立て直し、再び攻め込んでくる。


 まるで獣同士の戦いだった。


 彼女は圧倒的な打撃で攻め、リーダーは速度と技術で対抗する。


 鋭い拳と剣が交錯し、火花が散る。


 そして、リーダーが僅かに隙を見せた瞬間――。


 彼女の拳が、リーダーの腹部に深く食い込んだ。


 彼女の拳が深く食い込み、リーダーの体がぐらついた。


 だが、次の瞬間――


 空気が震えた。


 遠くから、光の奔流が放たれる。


 「……ッ!」


 獣人族の女性が本能的に身を引く。エナも直感で動き、僕の腕を掴んで後ろへと押し飛ばした。


 爆ぜる光。


 激しい魔力が迸り、地面が砕けるような衝撃が広がる。


 「魔法――!?」


 戦場に突如として現れた新たな力。その閃光は、戦局を変えた。


 まぶしい光と甲高い衝撃音が戦場を貫いた。


 リーダーは一瞬の隙をつき、身体を反転させる。


 「撤退だ。」


 その言葉が合図となり、暗殺者たちは影のように散った。


 エナが振り抜いた水刃はすでに空を斬っていた。


 「くっ……逃げたか。」


 彼女が歯噛みしながら短剣を収める。獣人族の女性は息を整え、静かに拳を開いた。


 戦いは、終わった。だが――これは始まりに過ぎない。


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