20話
翌朝、ロリスと僕は街の奥にある鍛冶場へと向かっていた。
道すがら、ロリスがちらりと僕を見る。
「……あのオルダンが“できた”と言ったんだ。相当な自信作だろう。」
「そりゃ楽しみだな……!」僕も自然と足が速くなる。
鍛冶場に着くと、扉の奥からカンカンと金属を打つ音が響いていた。扉を開けると、熱気と鋭い金属の匂いが鼻をつく。
「おう、来たか!」奥でハンマーを置いたオルダンが、鍛冶台の向こうから顔を上げた。分厚い胸板、真っ赤な髭、いかにもドワーフらしい風貌だ。
「例のブツ、仕上がったぜ。見て驚け!」
オルダンは分厚い布の覆いを取った。そこにあったのは、金属光沢の美しい拳銃だった。小さめのフレーム、すらりとしたシルエットは、どこか現代のオートマチックピストルに似ていた。
「これが……」僕は思わず声を漏らす。
「魔法式拳銃だ。」オルダンが誇らしげに胸を張る。「魔力を込めりゃ、引き金を引くだけで撃てる。弾を込める手間もいらねぇ。」
彼の指が、銃口の先端に埋め込まれた小さな透明のレンズを示す。
「ここに“魔晶レンズ”を仕込んだ。魔石を薄く削り出したもんだ。魔力が通ると、魔石の属性を帯びた力がここから放たれる仕組みだ。」
僕はその小さなレンズをじっと見つめた。角度によってわずかに光が反射して、虹色のようにきらめいて見える。
「今、試作品には“火”の魔石を使ってる。」オルダンが説明を続ける。「魔力を込めりゃ、自動で“火の弾”を生成して撃つ仕組みだ。」
「試してみろ。」オルダンが顎で標的を示す。
僕は隣のロリスに目を向けた。ロリスは無言でこちらを見返し、ほんの少しだけ口元を緩めた。
ロリスが一歩前に出ると、そっと手を伸ばし、鍛冶台の上の魔法銃を取った。掌に収まった銃を眺めるその横顔は、どこか真剣で、どこか楽しげにも見えた。
「……ほう、見た目より軽いな。」ロリスが呟く。重みを確かめるように、手の中で銃を軽く回す。
「標的はあそこだ。距離は二十メートルってとこか。」オルダンが指を差す。鍛冶場の奥、壁に立てかけられた鉄板の的がこちらを向いている。
ロリスは無駄のない動きで銃口を向け、引き金に指をかけた。
「魔力を流せ。」オルダンが短く指示する。
ロリスの瞳が細められる。静かに、しかし鋭い気配が漂った。
――バチッ。
銃の内部から微かな音がして、魔力の気配が銃身に満ちていく。
「撃つぞ。」ロリスが低く言った。
引き金が引かれた瞬間、銃口から紅い閃光が迸った。
――ドォンッ!
火の弾丸が一直線に飛び出し、標的に激突。鉄板が鈍い音を立ててたわみ、火花が散った。
「……見事だ。」オルダンが唸るように言った。「さすがだな、ロリス。初めて扱うのに、ブレがまるでねぇ。」
ロリスは銃を見つめ、ゆっくりと吐息をついた。
「悪くない。……ただ、魔力の消費量が意外と多いな。長時間戦うなら、調整が必要かもしれん。」
「おう、そりゃ改良の余地はあるが――」オルダンが嬉しそうに笑う。「この威力と安定性、初号機にしては上出来だろうよ!」
僕はそんな二人のやりとりを聞きながら、胸が高鳴るのを感じていた。
この“魔法銃”が、きっと僕らの未来を切り拓く力になる――そんな予感がした。
「おお~いっ!」
突然、鍛冶場の扉が勢いよく開き、甲高い声とともにエナが駆け込んできた。
「何よ何よ、面白そうなことやってんじゃない! ずるいじゃない!」
赤いリボンを揺らしながら、こちらに駆け寄ってくるエナの瞳が、子供みたいにきらきらと輝いている。
「エナ……」僕が苦笑いを浮かべると、オルダンが太い腕を組みながら、にやりと笑った。
「おう、お嬢ちゃん。見に来たのか。いいタイミングだぜ。」
「見に来た、じゃなくて、撃たせて!」エナがぴょんと飛び跳ねるように手を挙げる。
ロリスが眉をひそめた。「お前が撃つのか……?」
「いいでしょ? 一発だけ! 一発だけだから!」
「ダメだ。」ロリスが即答する。
「えーっ! なんでよ!」
オルダンが爆笑しながら銃をロリスから受け取ると、ゆっくりとエナに差し出した。
「ロリス、お前もたまには女の子に花を持たせてやれ。ちっとだけ撃たせてやろうじゃねぇか。」
「オルダン……!」ロリスが渋い顔になる。
エナは「やったー!」と大喜びして、銃を受け取った。
「さてさて……これが噂の“魔法銃”……!」エナは手の中で銃を眺め、にやりと笑う。「いいじゃない、軽いし、かっこいいし!」
「おい、エナ。」僕が声をかける。「魔力の流し方、ちゃんと聞いてから――」
「大丈夫大丈夫! だって、こうでしょ?」
――バチッ。
エナの体から軽い魔力の気配が銃に流れ込んだ。
「……あ、けっこう簡単かも?」
「エナ、引き金は――」ロリスが言いかけた、その時。
「いっけー!」
――ドンッ!!
銃口から火の弾が放たれ、標的を大きく外れて天井の梁に直撃。鍛冶場中に火花が散り、黒い煙がくすぶり始めた。
「ちょっ……!」僕が慌てて駆け寄る。
「……お嬢ちゃんよォ……」オルダンがゆっくりと顔を覆う。
「な、なんで外れたのよ! 今、完璧だったのに!」エナがぷくっと頬を膨らませる。
ロリスがため息をつきながら、呆れたようにエナを見た。
「……お前には、まだ早い。」
「え~~~!?」
鍛冶場に、火薬と笑いの混じった空気が広がった。
何回か試し打ちしてから、エナがまだ頬をふくらませたまま銃をオルダンに返すと、僕は仕上がったばかりの“魔法式拳銃”を一度だけ手に取って、改めてその感触を確かめた。
「このまま、セファーに報告してくるよ。いったん、これ借りていく。」
「おう、壊すなよ。お前にゃちと贅沢すぎる代物だからな!」
オルダンはニヤリと笑い、手を振った。
ロリスも軽くうなずき、エナは「あーあ、もっと撃ちたかったのに」と未練げに呟きながら、僕たちとともに鍛冶場をあとにした。
店を出て、大通りに出た瞬間、ふと視線の先で何かが動くのを感じた。
通りをゆっくり進むキャラバン。見慣れない馬車の列。馬車は三台、どれも厚い幌がかけられ、周囲を軽装の男たちが取り囲んでいた。鎧こそ着ていないが、革の防具に腰の剣、肩にはクロスボウ。流れ者か、あるいは傭兵か――いずれにせよ、ただの護衛にしては目つきが鋭すぎた。
「……あれは……」
僕は思わず足を止める。
馬車の幌の隙間から、ちらりと中が見えた。
そこには、鉄柵で仕切られた一角に、うずくまるように座り込む人々の姿があった。
ボロボロの布をまとい、顔を伏せたまま、誰一人声を発していない。
足を止めた僕に気づいたエナは、僕と同じ方向に視線を向け、少し眉を寄せた。
「……ああ、あれね。奴隷を運ぶ行列よ。」
さらりと言いながらも、どこか苦々しげな声音だった。
「奴隷……」僕は思わず言葉を繰り返す。
「この街でも、ときどき見かけるわ。でもあんなに大勢の護送がついてるのは珍しいかも。」
エナが肩越しに視線を流す。
ロリスも口を開いた。
「進んでる方向からすると、奴隷商人が集まる市場だな。裏通りの奥にある。……この規模は、ちょっと気になるな。」
確かに、護衛の数も、雰囲気も、ただの交易にしては異様だった。
護送についている男たちは周囲を鋭く見渡しながら、一切の隙を見せずに馬車を進めていく。
「……何かあるのかな。」僕がぽつりとつぶやく。
「わからない。でも、あまり深入りしない方がいいわよ。」エナが小声で釘を刺す。
それでも――
あの伏せた顔たちが、幌の隙間から一瞬こちらを見たような気がして、胸の奥に鈍い痛みが広がった。
「……行こう。」ロリスが短く言い、僕たちは足を向け直した。
セファーへの報告が先だ。
心のざわめきを抱えたまま、僕たちは屋敷へ戻ることにした。
昼下がりの太陽が、石畳の街を白く照らしていた。
それなのに、さっき見た馬車の光景が、頭から離れない。
――あの伏せた顔、空っぽの瞳。
なぜだろう。まるで、何かを訴えかけてくるように感じた。
現実世界だったら――
いや、もし、あの世界の自分だったら、あれを見て何をしただろう。
そんな問いが、心の奥で渦を巻く。
見過ごすべきじゃないと、正義感で声を上げるだろうか。
それとも、何もできない自分を誤魔化すように、目を逸らすだろうか。
でも、ここでは。
この世界では。
「……正解なんて、わからないよな。」
思わず、小さく呟いていた。
エナが僕を見上げた。
「ん? なに?」
僕は首を横に振った。
「いや、なんでもない。」
ただ――
心の中に、しこりのように残ったあの光景が、まだ消えそうにない。
もしかしたら、どこかで自分も、あの馬車の中に乗せられていた側だったかもしれない。
そんな奇妙な想像が、僕をますます黙らせた。
屋敷に戻ったとはいえ、問題はここからだった。
ソファに体を沈めながら、僕は天井を見上げる。
「……それにしても、セファーはいつ来るんだろうな。」
エナが向かいの椅子で足を組み、肩をすくめた。
「さあね。あの人、こっちの都合なんてお構いなしだから。」
そのとき、ロリスがふっと立ち上がった。
「俺が行く。」
「え?」僕は顔を上げた。
「セファーに直接、報告してくる。」
ロリスは短く告げると、ちらりとエナに目をやった。
「エナ、お前はここでこいつの護衛を頼む。」
「了解。」
エナは軽く片手を上げて応えた。どこか軽やかで、けれど目は冗談抜きの真剣さを宿している。
「じゃあ、頼んだぞ。」
ロリスはそれだけ言い残し、ドアを開けて大広間から出て行った。
――バタン。
扉が閉まる音が響く。
静けさが部屋に落ちた。
「さて。」
エナが椅子の背にもたれ、足を組み替えながら僕に視線を向ける。
「二人きり、だね。」
その言葉に、胸の奥で小さな鼓動が速まる。
エナの笑みは、どこかからかうようで、試すようで。
「――さて、どうしよっか?」
エナがゆっくり立ち上がり、ひとつ伸びをした。
そのまま僕の方へ歩み寄ってくる。
近い。
ぐっと顔が近づく。
僕は思わず後ずさるが、背もたれに押し当てられてそれ以上は引けない。
「な、なんだよ……」
声が裏返りそうになるのを、なんとか抑える。
エナは目を細め、笑った。
「ふふっ。どうしたの、そんなに緊張して。」
「別に……っ」
強がりを口にした瞬間、エナがそっと、僕の頬に触れた。
指先が、あたたかい。
「……ありがとうね。」
その声は、からかいでもなんでもなく、まっすぐで。
「え……?」
「この前、私のこと、心配してくれたでしょ。」
エナが小さく笑い、ふわりと顔を寄せてきた。
頬に、柔らかな感触。――キス。
「お礼。」
唇を離すと、エナが軽く目を伏せる。
僕は動けなかった。顔が熱い。何か言おうとしても、喉が詰まる。
「そんな顔しなくてもいいのに。」
エナがまた笑った。
けれどその笑みは、どこか照れ隠しのようにも見えた。
「……ほんと、可愛いな。」
小さく呟くその声に、僕はますます視線をそらすしかなかった。