17話
その日、いつものように日課を終えて少し休憩していると、ロリスが急に僕の元に現れた。彼の顔には、いつもより少し緊張が見えた。
「どうしたんだ、ロリス?」
「少し、気になることがあります」
「はぁー」
「シュネー独立国の国境付近で、シュヴァルツ帝国の動きが不審なんです。どうやら、戦争の危機が迫っているかもしれません。」
その言葉を聞いた瞬間、僕はすぐに顔が固くなった。
戦争が始まれば、ただの一国の問題では済まない。特にシュネー独立国はこの大陸において、貿易網の要所でもあるからだ。
「ヴァイス帝国としては、シュネー独立国を守る方針を取ることに決まったんです。」
ロリスが静かに続ける。彼の声は、いつもの冷静さを保っていたが、その中には少しの焦りも感じられた。どれだけ戦争を避けたくても、今の状況では避けられないかもしれない。
「でも、今のところ、他の二大国は動く気配はないんですね?」
「ええ、今のところは。でも、シュヴァルツ帝国が何を仕掛けてくるのかは予測できませんから、備えは必要です」
僕は少し考え込みながら、ロリスの言葉に耳を傾けた。今後、どんな展開が待っているのか。少なくとも、今すぐにでも何かしらの準備をしておかないといけないだろう。
「それじゃあ、開発中の銃器の進捗を確かめてこないとだな」
「はい、その通りです」
僕はロリスと一緒に、その準備を進める決意を固めた。
ロリスと一緒に、すぐにでも銃器の進捗を確認するために、僕たちはオルダンの鍛冶屋へ向かうことにした。
オルダンは、僕から銃器の製造を依頼したこの国の鍛冶職人の中でも特に腕が立つ人物らしい。最初は、銃器という未到達な技術をいきなり作らせることに少し不安を感じていた。とはいえ、オルダンはすぐに興味津々で快く依頼を受け入れてくれた。その時の反応を思い返すと、彼の職人気質と好奇心の強さが伝わってきた。
「こんなものを作るなんて、どこまでやれるか自分でもわからんが、それが面白いんだ。」と言っていたオルダン。やはり、彼には職人としての誇りと挑戦の精神があったのだろう。
オルダンの家に着くと、玄関前で彼が待っていた。黒いエプロンを身にまとい、汗だくになって作業していたが、その顔にはどこか誇らしげな表情が浮かんでいた。
「おお、来たか。」と彼は満面の笑みで迎えてくれた。「さあ、見てくれ、ついに形になったんだ」
オルダンは手にした銃器を僕に差し出す。金属の冷たい質感、精緻な作りに驚くと同時に、期待が高まった。
見た目だけでは、リボルバーそのものだった。金属の艶が美しく、形状も典型的な銃器のフォルムをしている。しかし、触れてみるとその重さや微妙なバランスに違和感を覚えた。
「できるだけ近しい素材を使ったんだが、完全に一致させるのは無理だったな」オルダンは少し恥ずかしそうに言った。
僕は銃器を手に取り、じっくりと見つめながら、しばらく黙っていた。金属の質感は確かに高級感があり、見た目の美しさに関しては申し分ない。ただ、何より重要なのは、その性能だ。
「まあ、打てれば問題ないんじゃないか?」僕が軽く言うと、オルダンは少し顔を曇らせてから、うなずいた。
「まあ、打てはするだろうけど…」と、オルダンは銃器を見ながらため息をついた。「ただ、弾丸のほうがな。こっちの技術では、まだ試作段階だし、安定した威力を出すのは難しい」
僕はその言葉を聞いて、銃器の性能に少し不安を感じた。弾丸の方が問題だとすれば、実戦での信頼性が大きく損なわれるかもしれない。
「弾丸か…」僕はつぶやきながら、銃器を少し振ってみる。うーん、今の段階では実際に撃ってみるしかないだろう。やれることをやるしかない。
「弾丸、どうにかする方法はあるのか?」僕はオルダンに問いかけた。
オルダンはしばらく黙って考え込んだ後、少し言い淀んでから口を開いた。
「あるにはあるんだがな…」彼は言葉を選ぶようにしながら、少し顔を背けた。
ロリスがその様子を見て、すぐに口を挟んだ。「言ってみな。できるかもしれないじゃないか」
オルダンはうなずきながら、やや気まずそうに話し始めた。「実は、弾丸の代わりに魔石を使うことができるんだ。ただし、通常の銃器に使うのとはちょっと違うが…」
僕は目を見開いた。「魔石? それを銃器に使うって?」
「まあ、そうだ。魔石を弾丸の代わりに使って、銃器の中身に集魔のオーブを仕込めば、魔力を流すことで動かすことができるんだ」オルダンは少し興奮した様子で続けた。「引き金を引くと、その魔力が反応して、魔石が簡易な魔法のような働きをする。それで、弾丸のように撃ち出すことができるってわけだ」
僕はしばらく黙って考えた。魔石と集魔のオーブ、そして魔力を使った銃器――確かに、これはまったく新しいアプローチだ。しかも、弾丸がなくても威力を持たせることができるというのは大きな利点かもしれない。
僕はオルダンの提案に目を見開いて、「いいじゃないですか」と言った。新しい技術としては、かなり興味深いし、可能性を感じた。
しかし、オルダンはすぐに視線をロリスに向けて、少し困ったような表情を浮かべた。ロリスは冷静に、少し考えた後で口を開いた。
「まあ、一発撃つごとに魔石を一つ消耗すると思うと、大量生産は無理だな」ロリスはしっかりと現実的な視点から指摘した。「それに、威力が簡易な魔法程度だと、十分な戦闘力を持たせるのは難しいかもしれない」
オルダンはそれを聞いて少し肩をすくめ、表情を曇らせた。「そうだな、その通りだ。でも、今の技術ではこれが限界だと思ってる。威力を上げるためには、もっと大きな魔石が必要になる。でも、この弾倉の穴みたいなもので、サイズが決まってるから、どうしても大きな魔石を使うのは難しいんだ。今の技術ではこれが限界ってわけさ。」
僕は少し考え込んだ後、深いため息をついた。「どうすれば...」と呟くと、ロリスが静かに言った。
「魔法に詳しい人に聞いてみるしかなさそうね」ロリスは冷静に、だが確信を持ってそう言った。
オルダンもその提案にうなずき、「それがいいかもしれん。魔法の仕組みを理解している者に聞けば、もっと効率よく魔石を使う方法が見つかるかもしれない」と考え込みながら答えた。
僕はその意見に賛成し、「魔法の専門家か…」と呟いた。確かに、この技術をさらに発展させるには、魔法の力をうまく活用する方法を知っている者の意見が必要だろう。今はまだその分野の知識が不足しているのは明らかだ。
「誰か心当たりは?」僕はロリスに尋ねた。
ロリスは静かに言った。「エナがいるだろ」
僕は一瞬、驚いたように目を見開き、思わず「げっ」と声を漏らしてしまった。
ロリスはその反応に気づくと、少し微笑んで言った。「まあ仕方ないよな、退院したらしいから、見舞いも兼ねて行ってみるか。」
エナはこの前ケルベロスとゴーレムとの戦闘で大きなけがを負って入院していた。それがようやく回復し、退院したばかりだと聞いていた。今なら、ちょうどタイミングが良いのかもしれない。
ロリスが少し考えた後、静かに言った。「いつもはあれだが、見舞いに行ったら、彼女もきっと喜んでくれるよ。」
その言葉に僕は少し心を落ち着けた。
僕は少し顔をしかめ、心の中でため息をついた。あのスタイルで僕をからかったり誘惑したりするのは、正直どう反応していいのか分からなかった。
「まったく、どうしてあんなにおどけた態度で接するんだろうな…」僕は小さく呟いた。
ロリスがその様子を見て、軽く笑った。「まあ、彼女は誰にでもそうだからな。でも、お前ももう少し慣れてきたんじゃないか?」
「いや、全然…」僕は苦笑いを浮かべながら答えた。「どうしても、あの美貌にからかわれるとどう反応していいかが分からないんだよ。」
ロリスは少し考え込んでから、肩をすくめて言った。「まあ、それもわからなくはないな。たまに困る時あるけど、でも、慣れるしかないんじゃないか? 」
ロリスは軽く肩を叩きながら、「ま、最初は誰でも戸惑うさ。でも、お前ならきっと大丈夫だろ。何かあったら、私がフォローするしな。」と頼もしく言った。
僕はその言葉に少し安心し、再び歩き始めた。「ありがとう。でも、やっぱりあの美貌にからかわれると、どうしても反応が遅れちゃうんだよな…」
ロリスは笑いながら「まあ、それでも次第に慣れるさ。」と言って、僕の背中を軽く押しながら進んでいった。
僕たちは、オルダンか設計図を借りて、エナの元へ向かって足を速めるのだった。
僕たちはエナの家へ向かって歩きながら、少し会話を続けていた。街の中は静かで、どこか落ち着いた空気が流れている。僕はどこか気が散っていた。やはり、エナに対するあの微妙な感情が心の中で渦巻いているからだ。
ロリスは時々、僕の様子をチラチラと見ながら、少しだけ笑みを浮かべる。きっと僕が気にしていることを分かっているんだろう。
「お前、エナのこと気にしすぎだろ?」ロリスがふっと言う。
僕は顔を赤くし、慌てて反論した。「そんなことないよ!ただ…あの、まあ、彼女のからかい方がさ、ちょっと特殊だから、どう反応したらいいか分からないってだけだ」
ロリスはからかうように口元をゆるめ、「まあ、どっちにしろ、彼女は本当にお前に興味があるんだろうな。それを考えたら、あまり深く考えすぎないほうがいいかもな」と笑った。
「そうかな…?」と僕はつぶやいたが、正直、ロリスの言う通りかもしれないと思った。エナは少なくとも、僕に対して無関心ではなかった。あのからかいも、きっと親しみから来ているものだろう。
街の外れに差し掛かると、少し広めの家が見えてきた。エナの家だ。僕は深呼吸を一つし、少し肩の力を抜いて歩を進めた。
「行こうか」ロリスが軽く声をかけて、僕も頷いた。
エナが退院している今、彼女にとっては久しぶりの再会だ。どんな表情を見せるのだろうか、少しだけ不安もあったが、きっとまたいつものように、軽口を叩いて迎えてくれるはずだ。
僕はエナの家に近づきながら、少し考え込んだ。
「せっかく屋敷に引っ越した矢先にけがを負ったのは不幸だな」と、ふと呟いた。
ロリスがそれを聞いて、少し顔をしかめた。「確かに。でも、退院したなら、使用人がいる屋敷に戻ったほうがいいと思うけどな」彼はエナの家の静けさに少し違和感を覚えたようだった。確かに、エナの家は広くて立派ではあるが、退院したばかりの彼女にとって、ひとりで過ごすには心細いかもしれない。
「うーん、それもそうだな」僕は頷きながら、「でも、エナはきっと一人でも大丈夫って思ってるだろうからな」と返した。
ロリスは少し考え込むように視線を外してから、「まあ、彼女のことだから、誰かと一緒にいるよりも自分一人でなんとかしようとするかもしれんけど」と呟いた。
僕は深くうなずいた。確かに、エナはどこか強がりなところがある。だからこそ、あのけがを負ったときも、きっとかなり辛かったはずだ。
「でも、今後はちゃんと支えてあげないとな」僕は気を引き締めて言った。
ロリスはニヤリと笑って、「その意気だ。お前も少しは頼りにされてるかもな」と軽く言った。
僕は恥ずかしくなって顔を赤くしながらも、少し前向きな気持ちになってきた。エナが退院しているなら、今はしっかりと見舞いに行って、何か手伝えることがあればサポートしよう。そう思うと、少しだけ気が楽になった。
そして、いよいよエナの家の前に到着した。ドアをノックすると、少し遅れて中から声が聞こえてきた。
ドア越しにエナの声が聞こえ、少し驚いたように答えた。「どなた?」
ロリスは軽く微笑んで、声をかけた。「私たちだ、エナ。退院おめでとう」
少しの沈黙の後、ドアが開き、エナが顔を出した。その表情には予想通り、少し驚きながらも嬉しそうな感情が見て取れた。
「いらっしゃい。退院したばかりだから、ちょっと元気がないかもしれないけど…まあ、あなたが来てくれたなら、元気も出るかもね」
彼女は一瞬、僕の顔をじっと見つめてから、少しだけその笑みを崩して、手を軽く振って招き入れた。
「入って、入って。あなたが来るのをずっと待ってたんだから」
その言葉には、どこか挑発的な響きがあり、僕は少し戸惑いながらも足を踏み入れた。エナはわざとらしく、優雅に 歩きながら、僕の前でちらりと振り返った。
「それにしても、あなた、こんなに早く来てくれるなんて思わなかったわ。やっぱり、ちょっとだけ気にしてくれてるのかな?」
僕は顔を赤くして、慌てて「そ、そんなことないよ!」と否定したが、エナはにやりと笑って、少しだけ肩をすくめた。
「ふふ、まあ、そんなふうに照れなくてもいいのに。大丈夫、わかってるから」
彼女の言葉に僕はさらに恥ずかしくなり、目をそらしながらも、なんとか落ち着こうとした。エナはその様子を楽しむように見ているが、少し柔らかな表情に変わった。
「でも、ありがとうね。来てくれてうれしいわ」
その一言に、僕はなんとか心が温かくなるのを感じた。エナの小悪魔的な態度に振り回されるのも悪くない、と思えるようになってきた。
エナは僕の反応を楽しむように、少しだけ歩きながら僕に近づいた。その動きには、どこか余裕を感じさせるものがあった。
「さあ、座って。今はあまり動けないけど、あなたとお話しするくらいならできるから」エナはソファに軽く座り、僕も言われるがままに隣に腰を下ろした。
「それにしても、退院したばかりでこんなに元気にしているなんて、さすがね。最初は本当に心配したんだけど…」僕は無理に会話を続けようとして、少し困ったように言葉を探す。
エナは肩をすくめ、にっこりと笑った。「心配させてごめんなさい。でも、ケガなんて大したことなかったから、すぐに治っちゃうわよ」
その言葉に、僕は少し安堵したが、同時に不安な気持ちも感じた。エナは本当に強がりで、ついでに周りの人を少し戸惑わせるような言動をする。そんな彼女に対して、どう接すればいいのか、また少し迷ってしまう。
「でも、あまり無理しないようにね。せっかく治ったんだから、これ以上怪我しないように気をつけて」僕はつい、心配するような言葉を口にしてしまう。
エナは笑いながら、ちょっとだけからかうような目で僕を見た。「心配しすぎ。ほら、心配しないで、私がちゃんとできる子だってこと、知ってるでしょ?」
その言葉に、少しだけ胸がドキリとした。エナが僕にそう言うとき、彼女の目はまるで何かを試すように輝いていて、僕の心を一瞬で掴んでしまう。
「でも、せっかく来てくれたんだし、今日はちゃんとお礼をしなきゃね」エナは意味深に僕を見つめ、その後、急にその表情を柔らかく変えて、ゆっくりと立ち上がった。
「お茶を入れてあげるわ」
彼女の後ろ姿を見送りながら、僕は少し息をついた。やっぱり、エナは何かと不意に心を掴んでくる。
エナがキッチンに向かう後ろ姿を見つめながら、僕はつい視線を彼女の肩に向けてしまう。エナはあまりにもリラックスしていて、少しはだけたシャツの隙間から見える肌が、微かに彼女の魅力を強調していた。動くたびにそのシャツの端が揺れて、無意識に目を奪われる。
普段からあの小悪魔的な笑顔と姿勢で僕を翻弄するエナだけど、今は少し痛がる素振りを見せているようだった。歩き方に少しだけ躊躇が見え、あまり無理をしないほうがいいのに、と感じる。でも、そんな風に少し痛そうな様子が、逆に僕をより気にさせてしまう。
エナが戻ってくるまでの間、僕は少し周囲を見回すことにした。彼女の家は、広くて落ち着いた空間が広がっていた。室内のインテリアはシンプルながらも高級感があり、広々としたリビングには重厚な家具が配置されている。特に、木製の大きなテーブルと、ソファが配置されたコーナーが印象的だった。壁には大きな絵画が何枚か飾られ、温かみのある色合いが落ち着いた雰囲気を作り出している。
ところどころに置かれた植物が部屋に自然な生命力を与えていて、全体的に品のある空間だった。ただし、ひとりで過ごすには少し広すぎるかなと思った。エナの性格からしても、彼女がこんな広い家で一人で過ごすのは、きっと寂しさを感じる瞬間があるだろうと感じた。
その時、エナが再び戻ってきて、僕の考えを中断させた。彼女は先ほどよりも少しリラックスした様子で、紅茶をカップに注いでいる。顔に疲れたような表情はあるものの、すぐにそれを隠して笑顔を作った。
「ほら、遅くなってごめんね」とエナは言いながら、僕の前にカップを置いた。その口調も、いつものように甘く、少し誘惑的な響きがあった。
エナが紅茶を置いた後、僕は少し沈黙したままカップを手に取る。温かな湯気が立ち上る紅茶の香りに少し落ち着きながらも、心の中ではどこか焦りが残っていた。エナのあの小悪魔的な一面がどうしても気になって、なかなか話を切り出せないでいる自分がいた。
しかし、そろそろ本題を切り出さないと、ずっとモヤモヤしたままになりそうだ。エナに頼んだら、きっと何かしらの助言をくれるだろう。
僕は紅茶を一口飲んだ後、少しだけ視線をエナに向けて言った。「実は、少し相談があって…」と、言葉を切った。
エナはその言葉に反応して、興味深そうに目を細めて「ふぅん? 何かしら、頼んでくれるんだったら何でも聞いてあげるわよ」と微笑みながら答える。その微笑みがまた、どこか冷ややかで、でも魅力的だ。
僕は深呼吸をしてから、少し言いにくそうに言葉を選んで続けた。「最近、オルダンとロリスと一緒に新しい技術を考えていて、武器に関することなんだけど…魔石を発射する自動式の弓っていう案なんだ。でも、いくつか問題があって、それに関して、君の知識が頼りにできるかなって思って」
「オルダン…」エナは軽く目をひらき、少し興味を示した。「魔石を使う…? それは面白そうね。魔力の流れを制御するのは確かに難しいけど、私なら何かしらのアイディアを出せるかも」
彼女は頷きながらも、どこか謎めいた微笑みを浮かべている。僕が頼りにしているのをわかっているのか、それとも、自分に何か隠された計算があるのか、その表情には一抹の含みがある。
「その武器って、どんな風に動かすつもりなの?」エナはふわりと座り直し、僕の横で真剣な目つきで僕を見つめてる。明らかに話を聞く気満々だ。
僕はオルダンのところから借りた設計図を見せながら説明した。「一応、魔石を弾丸の代わりにして、中にある集魔のオーブで魔力をためて流す仕組みなんだ。でも、エナ、君なら魔力の流れや制御に詳しいだろ? それに関して、どんな方法が効率的か、もしくは魔石の使い方に工夫がいるか、教えてくれると助かるんだ」
エナは僕が見せた設計図に目を通しながら、少し唇をかみしめ、真剣な表情を浮かべた。その表情は、普段の彼女の軽いからかいとは裏腹に、確かな思慮がこもっていることを示している。
「ふーん、なるほどね」彼女は設計図をじっと見つめながら、無意識に指先で紙を軽くなぞった。「魔石を弾丸代わりに使う…これは面白いけど、難しいわね。魔力の流れを正確に操ることができないと、発射する力にムラができたり、思わぬ爆発を引き起こしたりする可能性もある」
彼女はふっと顔を上げ、僕に向かって微笑んだ。その微笑みは、どこか自信に満ちていて、でも僕の予想通り、どこか計算が入ったようなものだった。
「でも、私なら何とかできそうよ。」エナはゆっくりと立ち上がり、部屋を歩きながら話を続けた。「魔力の流れを精密に制御するためには、まず魔石と集魔のオーブをもっと密接に接触させる必要がある。オーブの魔力を集める力をもっと強化することで、引き金を引いたときに、より安定した力を引き出すことができるはず。」
僕はその言葉に耳を傾けながら、エナが何かを思いついたように、少しずつ自分の計画を練り直しているのが感じ取れた。彼女の知識と直感が、僕の提案を次のレベルへと引き上げるかもしれない。
「なるほど…」僕は思わず呟きながらも、そのままエナの動きに目を向けた。
エナは、真剣な表情で話し続けながら、気づけば僕に寄りかかるような姿勢になっていた。その動きが自然で、まるで無意識に近いものだったのかもしれない。しかし、僕にはその距離感がちょっとだけ、いや、かなり近く感じられた。
しかも、寄りかかることで、どうしても彼女の胸が僕の肩に触れる形になり、思わずその感触に気を取られてしまう。僕の心臓が少し早く鼓動を打ち始めているのが分かり、何とか冷静さを保とうとした。
エナは気づいていない様子で、話を続けながらも、僕にちょっと寄りかかりすぎているような気がして、少しだけ気まずさを感じる。そのまま僕は、少しだけ体を引いてみたが、エナはそれに気づくことなく、さっきの計画について熱心に話していた。
「魔石は魔力を求める性質があるから、集魔のオーブを密着させることで、より効果的に魔力を引き出すことができる」エナは、話しながら少し考え込むような表情を浮かべていた。
「でも、この武器の設計的には、物理的な手段で魔法を放つという点が望ましくないかもしれない」と続けたエナの言葉に、僕は少し驚いて顔を上げた。
「望ましくない?どういう意味で?」と僕は尋ねた。
「魔法というものは、基本的にはその精緻さと繊細さが大事」エナは言葉を続ける。 「今回を例とすれば、引き金を押すと弾丸代わりの魔石を物理的に押し出すというところが、やはりよろしくない」
その言葉に僕はしばらく黙って耳を傾けていた。エナの言うことには一理ある。物理的に魔石を押し出すという方法では、どうしても力の加減や反動、制御が難しくなるだろう。それに、魔法の繊細さを損ねてしまう。
「魔力を動力にすれば、魔石から反動がないし、そもそも魔石に魔力を限界まで注げば、魔力を求めなくなる」エナはさらに説明を続ける。「その状態で魔力を魔石に通すだけで、属性を帯びることができるんだ」
その言葉に、僕は驚きながらも感心した。つまり、魔石をただの「弾丸」として使うのではなく、魔力そのものを動力にして、魔石が自然に属性を帯びるような形にするということだ。
「それなら、魔石が暴走するリスクも減りそうだし、むしろ安定性が増しそうだな」僕は納得して頷いた。
エナは微笑みながら、さらに話を続けた。「なので、魔力そのものを弾丸がわりにすればよい。引き金はあくまでストッパーを解除するためだけのものにすればいいんじゃないかな」彼女は言葉を選びながらも、自信を持ってその提案をしてきた。
その提案に僕は目を見開いて、少しの間考え込む。魔石を使う代わりに魔力を直接弾丸のように使う、そして引き金は魔力の流れを解除するスイッチとして機能させる。確かに、そうすれば魔石の反動や不安定さを減らし、より精密な制御が可能になるはずだ。
「それなら、引き金を引いた瞬間に魔力が一気に解放されて、的確に目標に届く…」僕は思わずその構想に感心して、声を漏らした。
エナはその反応に満足げにうなずき、「そう、それなら魔石の特性を活かすと同時に、魔力を最大限に引き出すことができる。もちろん、魔力の制御は難しくなるけど、それは魔法の熟練度に関わるから、どれだけ精度よく魔力を流すかがカギになるわ」と語った。
僕はそのアドバイスに、ますます心が動かされた。エナの提案は、確かに今まで考えもしなかったような方向性だった。しかし、それが実現できれば、今の設計が一段と強力で安定したものになるだろう。
「ありがとう、エナ。君のおかげで、だいぶ方向性が見えてきたよ」僕は感謝の言葉を口にした。
エナは僕の感謝の言葉に、クスリと楽しげに笑った。彼女の目にはいつも以上に小悪魔的な光が宿っている。
「ふふ、そんなに感謝されちゃうと、ちょっと照れるじゃない」彼女はわざとらしく手を顔の前で振ってみせる。「でも、せっかく助けてあげたんだから、何か謝礼として払ってもらおうかな?」彼女の声は甘く、意図的に誘惑的な響きを帯びていた。
僕が一瞬、言葉を呑み込んでいると、エナはさらに一歩近づいてきて、少しだけ僕の肩に手を置く。どうしてもその手の温かさと距離感にドキッとしてしまう。
「なんてね」彼女は笑みを浮かべ、すぐに手を引っ込めたが、僕にはその一瞬がどこか心に残った。
その後、僕は顔を赤くして少し目を逸らしながら、「まじめなところとおどけてるところの緩急すごすぎて、風邪ひくわ」と、なんとか冷静を保とうとした。
エナはその言葉にまたクスリと笑い、「それが私の魅力だから、仕方ないわよ」と、まるでそんなことはお構いなしに、満足げに肩をすくめた。
僕はその返しに少し動揺しつつも、「本当に…君ってどうしてこう、油断ならないんだろうな」と苦笑いを浮かべながら言った。
しばらくの間、二人は武器の話から、近くの街の出来事、ちょっとした日常のことまでいろいろと話をしていた。エナが言うには、屋敷にいるとどうしても暇を持て余してしまうようで、時々外に出てきたくなるという。そんな話をしていると、自然と話題がどこか軽く、楽しい方向に進んでいった。
だが、ふと気がつくと、時間はすっかり遅くなっていた。僕は少しばかり顔を曇らせて、エナに向かって言った。
「それにしても、元気そうで安心したよ。でも、無理しないで、屋敷で休養したらどうだ?」と僕は提案する。彼女が無理をしていないか心配だったから、ついその一言が口をついて出てきた。
エナは僕の言葉を聞くと、一瞬驚いた表情を浮かべた。その目が少し大きく見開かれ、すぐに微かに顔を赤らめると、しばらく無言で僕を見つめていた。まるで少し戸惑っているようなその様子に、思わず僕の心が少しだけ動いた。
「え、あ、そういうこと言ってくれるなんて、意外ね」エナは少し照れたような笑みを浮かべながら、軽く髪を耳にかける仕草をした。それでも、その瞳の中にふわりとした温かさが宿っているのが感じられた。
「てっきり私のこと苦手だと思ってたんだけど…。」彼女は少し照れくさそうに言ったが、どこか嬉しそうな顔をしている。まるで、僕が気を使ってくれたことが予想外だったようだった。
その瞬間、エナの美しい笑顔に、思わず目を奪われてしまった。彼女が照れる姿が、まるで天使のようで、その美しさが一層引き立っていた。
「ありがとう」エナは、少し照れくさそうに言いながら、僕に向かってお礼を言った。彼女のその表情は、普段の小悪魔的な態度とはまた違った、一面を見せてくれるものだった。
「まさか、そんな風に思われてるとは…」エナは恥ずかしそうに笑いながら、また僕に近づいてきた。
その笑顔を見ていると、なんだか自然と心が温かくなっていくのがわかった。エナの一言一言に心を掴まれそうになる自分がいた。
「大丈夫、無理しないでね」と僕は再度、彼女を気遣うように言った。
僕はエナとの会話を終え、帰ることにした。彼女は、少し照れくさそうに見送りをしてくれた。帰り際の彼女の笑顔が心に残り、少しだけ足取りが軽くなった気がした。
帰り道、ロリスと一緒に歩きながら、何となく彼が少し寂しそうに見えることに気づいた。いつも明るくて、たまに冗談も言う彼が、今日はどこか悔しそうに、また寂しそうな表情を浮かべていた。それがまるで僕に気づかれないようにしているかのように、無理に笑顔を作ろうとする素振りを見せていた。
エナのことをお見舞いに来たにもかかわらず、あまり話すことなく過ごしていた。
「ロリス、何かあった?」と声をかけるべきかとも思ったが、彼の様子を見て、無理に話題を振るのは逆効果だと感じた。もしかしたら、今は自分の心の中で何かを整理しようとしているのかもしれない。
僕はそのまま、あえて何も言わずに静かに歩みを進めた。言葉がなくても、お互いに理解できることがある都市っていたから。ロリスも、しばらくは無言のまま歩いていた。
静かな空気の中、ただ歩くだけの時間が流れる。心の中で何かが沈黙しているような感じだったが、それが逆に心地よくも感じられた。