第90話 ドキドキ
私はルシア様に確認できないまま、馬車に揺られています。本当に外出用の青いドレスを私が着て良かったのでしょうか。
「イーリア。どのような店に行きたいですか?」
とてもご機嫌なリカルド様から尋ねられましたが、私としましては着慣れない外出用のドレスに不安しかありません。
あ……そう言えば、ひとつ気になることを確認したいです。
「アルベント領の特産を扱っている店に行ってみたいです」
気になること。それは父が言っていたマルメイヤー公爵領を通過時に発生する通行料のことです。領地で売っている値段は把握していますので、王都だとどれほどの値がつけられているのか知りたいですわ。
「マリー商会ですね」
「は?」
視線を斜め上に向けながら、馬鹿みたいな声が思わず出てしまいました。
母の名の商会があると言っています?
「マリー商会ですよね? 王都でも人気のお店になります」
にこやかに答えるリカルド様の眼鏡越しの瞳を見ても、嘘を言っているようには思えません。
「私、お母様が商会を運営しているなんて知りませんでした」
確かに婚約していたハイバザール侯爵家を出入りしたときに愕然とした記憶があります。
なんて不便なのでしょうと。
家に戻って、父にあれが欲しいこれが欲しいと言っていると、『それならマリーに任せたほうがいいかなぁ。イーリアが言っている物はマリーが作った商品だから』と言っていた記憶があります。
その言葉からすると、母が管理している商会があってもおかしくはありません。
「運営はしていないでしょうね。元々はフェルラール商会だったと聞いていますから」
「ん?」
「調べてはいないのでわかりませんが、聖女マリー様専属の商会という雰囲気がありますね」
「……リカルド様。お母様専属の雰囲気って何ですか? 普通は聖女マリー御用達という言葉を使うと思うのですが?」
「これは私の個人的な主観ですので、気に障ったのなら謝りますよ」
はっ! 皇族であるリカルド様から謝罪されるなど、あってはなりません。
「いいえ。いいえ。私が知らなかっただけですので、謝罪は必要ありません」
私は慌てて言います。
すると、リカルド様は何故か黒縁のメガネを外しました。
あの……私には黒縁メガネをかけていても、髪の色の変化はわからないですよ?
「イーリア。ごめんね」
……はっ! 一瞬、思考が飛んだような……何故か父に剣の稽古をつけられているときのように、心臓がバクバクしています。
こ……これは、砕けた口調のリカルド様に驚いたのでしょう……たぶん……きっと。




