第6話 母は強し
「お父様。私は家を出る決意をしました」
婚約破棄を突きつけられた伯爵令嬢にまともな縁談がくるとは思えません。ですから、私は家を出る決意をしました。……が。
「イーリア。イーリアがいないと、パパ困る」
執務机の天板に灰色の髪と頬を付けながらさめざめと泣く父。いずれ嫁に行く予定だった娘に何を言っているのでしょう。
「遠縁のアドラディオーネ公爵家で使用人の募集がありましたので、そこに行きます」
「それだと、イーリアに気軽に色々聞けなくなるよね?」
「これからは自力で頑張ってください」
「お姉様。僕が一生お姉様を養って差し上げます。ですからずっと家に居てくれていいのです」
跡継ぎである弟は、私の腰にしがみついたまま離れません。
貴方はいいかもしれませんが、妻を迎えたときに小姑がいつまでもいては目障りでしょう。
「3日後に面接があるので、今日出立します。手紙は書きますので、今までお世話になりました」
「イーリア。パパを置いて行くのか」
「姉上! 僕を置いていかないで!」
「貴方たち。なにイーリアを引き止めているのかしら?」
そこにお母様が父の執務室に入ってきました。
「ひっ! だって~イーリアが居ないと困るんだよ」
「それは貴方が無能ということかしら?」
執務机の天板の上に項垂れたいた父は身を起こして、母から距離を取ろうにも行動が遅かったようです。
父の胸の辺りぐらいしか身長がない母は父の胸ぐらを掴んで、そのまま手を上げています。
「マリー。足がついていないから。首しまっているから」
「私の血を濃く受け継いだイーリアの生きる道を阻害するのかしら?」
「いいえ。全く……そのようなことは……」
父は母に頭が上がりません。というか、文句を言おうものなら手がでてきます。今のように、父のがら空きの鳩尾に一発入れて有無を言わせないのです。
動かなくなった父を床に投げ捨てた母は振り向いて笑顔を向けてきました。私と同じ黒髪ですが瞳は黒です。普通より小柄なものの、三人の子供を産んだとは思えないほどの若々しさ。
「ロイド」
「ご……ごめんなさい。お母様!」
名前を呼ばれた弟は慌てて私から離れます。
「イーリア。アドラディオーネ公爵領は遠いですからね。早く出立しなさい」
「はい。お母様。不肖な娘で申し訳ございません。今までお世話になりました」
「何を言っているのです。イーリアが頑張っていることは母が一番知っています。胸を張って行きなさい。もし、何かを言われたらこの母に言ってきなさい。国王でもぶん殴ってあげるわよ」
拳を握りながら言わないでください。
母、マリー・アルベント伯爵夫人は本名マリ・サカグチです。
母は異界からの来訪者でしたので、国王陛下とも旧知の仲らしいのです。
ええ、聖女マリーは有名ですが、実像を知る者からは避けて通りたい名前だと聞いたことがあります。
「マリー。流石に国王は駄目だよ」
もう復活した父はお腹を擦りながら立ち上がっていました。
私は内心この打たれ強さから、母の結婚相手に父が選ばれたと思っているのでした。