第57話 本当の名
「あら? もう戻ってきたの?」
私は家に帰ってきました。お嬢様の元ではなく、アルベント伯爵家にです。
あの報告のあと、ランドルフ王子はその手記を持って王妃様のところに行ってしまったのです。
そしてルシア様は『サッソザイ楽しみにしているから』という言葉と共にリーネリア離宮に戻っていかれたのです。
その言葉に私は血の気が引きました。ルシア様の誤解が解かれていない! あれから殺鼠剤の説明をしましたのに、おおいに勘違いされてしまっている現状に内心焦ってしまったのです。
そして助けを求めて母に相談しに戻ってきたのです。転移を使って。
「イーリア。客人がくるなら事前に言って欲しいわ」
はい。何故かサフィーロ伯爵はランドルフ王子にではなく、私についてきたのです。
貴方は王子の側近ではないのですか?
それもメガネを外した姿でです。
これは王子の側近としてではなく。帝国の皇子としてついてきたということでしょうか?
「客人は私が転移しているところに割り込んできたので、連れて来るつもりはありませんでした。それから今回はお母様に相談したいことがあったから戻ってきただけです」
瞳の色だけが違う母に言い訳をします。本当にサフィーロ伯爵は連れて来るつもりはなかったのです。
「そう? それよりお昼ご飯は食べたのかしら? 今から食べようと思っているのだけど」
「食べたいです!」
つい食い気味で言ってしまいました。寝過ごした所為もあって、まだ何も食べていないのです。
それに……
「やっぱり、家のご飯が一番美味しいと思います」
「そうでしょう。料理人にビシバシと叩き込んだもの。客人も昼食を如何かしら?」
「申し訳ございません。突然の訪問を許していただいてありがとうございます。転移というものを初めて体験して動揺してしまいました」
あら? 転移って一般的ではないのかしら?
確かに行ったところにしか飛べませんが、使うと中々便利なのですのに?
「転移を使えないなんて不便なのに、結局イーリアしか使えなかったものね。それで君は誰かしら? 名前が二つあるなんて、ろくな男じゃないわね?」
帝国の皇族と見えているにも関わらず、母は容赦なくサフィーロ伯爵に問いかけます。
普通本人に向かって名前が二つあるだなんていいませんわよ。
流石にヤバいと思って私は口にすることを控えたのですから。
「普段はリカルド・サフィーロと名乗っております。本当の名はシリウス・リカルド・ドラギニアです。以後お見知り置きを……」
「あら? シュトラールが抜けているわよ」
帝国の皇族の名であるシュトラールを名乗らないのは、今はランドルフ殿下に仕えているからですかね?




