第53話 いいパンチだ
「そのお母様の話を聞いて、部屋に侵入したことはわかりました」
私はさっさと着替えて、廊下を早足で進みます。
「何故に私のベッドにいたのですか!」
いつものメガネをかけたサフィーロ伯爵を睨みつけながら文句を言いました。
「幸せそうに寝ていたのでつい」
ついじゃないです! 起こしてください!
アリアお嬢様が既に来ているのであれば、来た時点で扉をぶち破ってでもいいので起こしてくださいよ!
という思いを込めて……
「その前に起こしてください。これでは私はただの寝坊ではないですか」
「可愛いので大丈夫ですよ」
「意味がわからないことを言わないでください」
私はサフィーロ伯爵に文句を言いながら、ランドルフ王子の執務室の扉をノックします。
「殿下は今は訓練の時間です」
「それを先に言ってください。アリアお嬢様はどちらにいるのです?」
「ランドルフ殿下の訓練を見学したいと、訓練場にいます」
「それはどちらに?」
……訓練場ってどこですの? 昨日の離宮の中の案内では訓練場などありませんでしたわよ?
「イーリア。おはよう」
真っ白な毛皮のコートを身にまとったお嬢様から、朝の挨拶をされてしまいました。もうお昼前だと言いますのに。
「アリアお嬢様をお迎えに上がれず申し訳ございません」
屋外にある訓練場では幾人かの者たちが剣の訓練をしております。それも雪が積もったままの訓練場でです。
その中で一番異様な一角があり、中心には雪の妖精のようなお嬢様がいらっしゃいました。
ええ、20人ほどの護衛に囲まれたお嬢様がです。それも赤い髪が目立ちますので、遠目からでもよくわかりました。
これは色々改善点が必要ですわね。
「いいのよ。ランドルフ王子に色々頼まれごとをされたのですって?」
「はい」
「今日は王妃様とお話をして、もう帰るだけだからいいの」
なんですって! アリアお嬢様の用事は午前中で終わっていました。
くっ! アリアお嬢様の侍女としては大失態です。
「おっ! イーリア。やっと起きたのか」
陽気なランドルフ王子の声にイラッとしましたが、私はただの伯爵令嬢であり、お嬢様の侍女なので、笑顔で受け流します。
「ゆっくりと休ませていただき感謝いたします」
ええ、お嬢様がこられる前に、叩き起こして欲しかったという意味を込めて返事をします。
「まぁ、寝る子は育つというからな」
その言葉と同時に私は一歩を踏み出していました。そしてランドルフ王子の横腹に向かって拳を繰り出します。
「私はランドルフ王子と同じ年齢ですよ!」
「ぐふっ……いいパンチだ」
私の拳を褒めながら地面に倒れていくランドルフ王子。何故に毎回、倒れながら私の拳を褒めるのでしょうね。
 




