第51話 軟禁されているお嬢様
「エリアーナ。今日はこの御本を読んで?」
恐る恐る声がする方を振り返りますと、やせ細った妙齢の女性がそこに立っていました。
肌は青いと言っていいほど血の気がなく、手入れをされていないのかカサカサです。
そして何年も髪を梳いているようには見えない皮脂で固まった金色の髪。
いつ着替えたのだろうというぐらい、ほころびたネグリジェ。
ただ夏の空のような青い瞳は無垢な少女のように光り輝いています。
すえた匂いの原因はこの人ですか。思わず顔をしかめてしまいました。
災害が起こっても放置されたハイバザール侯爵領の人々を思い出します。
「お嬢様。今日はお菓子を持ってきましたよ」
目の前の女性をお嬢様と呼んでみます。
そして亜空間収納から、午前中にサフィーロ伯爵の手で食べさせられそうになっていた焼き菓子を取り出し、絵本が置かれているローテーブルに置きます。
「まぁ!」
お嬢様と呼ばれたことを否定することなく、焼き菓子を食べ始める女性。
その姿を見て、私はとんでもない思い違いをしていることに気が付きました。
そう、私の知識としてある第二側妃様は既に乳母というエリアーナという者の情報だったのです。
本物のカトリーヌ第二側妃様は私の目の前にいらっしゃるこの方。
初めから第二側妃様は王族として表に出ることはなかったということです。
そして、この異常な環境を普通に受け入れている時点で、この方の心は病んでいることがわかります。
現実を受け入れることができなかったのでしょう。
はぁ、なんとなくこの背景が見えてきました。そして何故、ランドルフ殿下の命が狙われているのかも。
私はクッキーを夢中になって食べているカトリーヌ様を横目に、部屋の中を物色していきます。
定期的に掃除はされているようで、埃はあまり溜まっていません。食事を持って来る者が綺麗にしているのでしょう。
あ、焼き菓子が無くなりそうですわ。
追加でチョコレートも出しておきます。
「お嬢様。これは旦那様に内緒で手に入れたものです。絶対に誰にも言ってはなりませんよ」
私の言葉に、カトリーヌ様の青い瞳に恐怖の色が浮かび上がりました。
「お……お父様」
「ええ、ですから内緒です。次に私が来たときにも、食べたと言ってはなりません」
するとカトリーヌ様は勢いよく首を縦に振りました。口止めはこれぐらいでいいでしょう。
心が壊れたカトリーヌ様に、どれだけ通じるかわかりませんが。
そして私はいくつかの書物を複製しておきます。
その後、お腹いっぱいになったのか、そのまま長椅子で寝ているカトリーヌ様の口や手についているチョコレートを拭って証拠隠滅をしてから、地上に戻っていったのでした。




