第42話 それ皇帝からの報酬です……わ
流石に皇帝の名が書かれた契約書を反故する勇気はありませんでした。ええ、それはサフィーロ伯爵の望みを叶えることとなり、今度は私が悲鳴を上げることになるからです。
そして、私は黒縁の眼鏡をかけ、メイド服を着て第二側妃の離宮に向かっています。サフィーロ伯爵の案内でです。
「お揃いですね」
凄く機嫌がよく笑顔でいるサフィーロ伯爵ですが、ほんの少し前の私は命の危機に瀕していました。
ええ、私がサフィーロ伯爵の脅しに折れたあとのことでした。
「ときに気になったのですが、この指輪は先程までつけていませんでしたよね?」
「ええ、いただきました」
ルシア様とお揃いの指輪です。誰からと言わなくてもわかるだろうと思って言いませんでした。
それが間違いだったのです。
「元婚約者といいましたかね? ハイバザール侯爵という者からですか?」
息ができないほどの威圧感とは、このような感じなのかと思うほどの圧迫感が襲ってきました。
「あ……俺は母上のところに行ってくる。お前達行くぞ」
ちょっと待ってください。この状況で馬鹿王子は側近を放置して行ってしまうのですか!
王妃様への報告に、この側近も連れて行ってください。
「い……いいえ。ルシア様から……」
「おや? ルシアが? 珍しいこともあるものです」
ルシア様からという言葉に圧迫感がなくなりました。それにホッとして、その続きを言葉にします。
「皇帝陛下の報酬だと……うぇ?」
私がそう言った瞬間、右手から青い指輪が抜き取られ、サフィーロ伯爵の手の中でバキッという何かが壊れた音がしました。
そしてパラパラと絨毯に落ちていく、指輪だった物。
「指輪が欲しければ、あとで私から贈らせてもらいますね?」
「あ……あの……それ姿が、別人になるという……潜入用の魔道具だったのですが……」
流石に素のままの姿で潜入するのは戸惑います。バレてしまえば、アリアお嬢様にご迷惑どころか、母から何を言われるかわかったものではありません。
『あら? そんな魔法ぐらいちょちょっと作ればいいじゃない』と
私には無理ですから。
あと、指輪が欲しいわけではありません。
「それであれば、別の魔道具を差し上げましょう。ですから、他の男から指輪などもらっては駄目ですよ」
私の顔を覗き込んできたサフィーロ伯爵は、綺麗な笑顔を浮かべていたのです。
その笑顔に寒気が襲ってきて、思わず首を縦に振ったのでした。




