第37話 聖女恐怖症
「あ……いや……その……」
「ハイバザール侯爵様? 侯爵になられたのでしたら、そのいいどもってしまうのも直された方が宜しいですわよ。それでどうなのですか?」
私はカツカツとワザと足音を立てながら、レイモンドに近づいていきます。すると横から割り込んで来る影がありました。
「君はなんだ? 元婚約者と言っても今は他人だろう。たかが伯爵令嬢に過ぎない君が侯爵に意見を言うなど、愚かしい行為だ」
それも正論ですが、貴方は誰なのでしょうか? 私はレイモンドと話をしているのです。
「サイファは口を出すな。イーリアの……アルベント伯爵令嬢の相手は俺がする」
レイモンドは、カッコいいことを言っていますが、膝がガクガクと笑っているのが丸わかりですよ?
そして、先ほどまでレイモンドと話をされていた方は脱兎の如く逃げ去っていきました。どうされたのでしょうか?
「しかし領地のためとはいえ、こんな子供が婚約者だったなど……」
「サイファ! それ以上言うな!」
「私はハイバザール侯爵様と二つしか歳は違いませんよ」
「は? 16歳? どう見ても10歳ぐらいだろう? こんなチビが婚約者だったなんて、レイモンドもよく我慢したな」
10歳は言い過ぎです。
こんな無礼な輩にはお母様直伝の言葉を贈って差し上げます。
「『跪け』」
すると私に噛み付いてきた男性は、膝から下に力が入らないかのように、ガクッと崩れていきました。そして、レイモンドはちゃっかりと両耳を手で塞いで私の声を聞くのを避けたようです。
「なんだ? 何をした!」
「あら? 私が何かしたように見えましたか?」
私が言った言葉は、お母様が時々使う言葉です。意味はわかりませんが、身長の事でバカにしてくる輩には言う様にと言われています。
ですから相手は何を言われたのかもわかりませんし、魔力の痕跡もないので、私が何かをした証拠などないのです。
「サイファ! 平伏しろ。そうすれば解ける」
「何を言っている。レイモンド」
「周りを見てみろ!」
私もレイモンドの言葉につられて周りを見てみますと、私の言葉が聞こえてしまった範囲にいた人たちが廊下に膝をついているではないですか。
そのうちの中年以上の男性方は遠目からでもわかるほどガタガタ震え、床に平伏していました。
はい、母曰く頭を下げることが解除条件です。それを知っているということは……ふと、アドラディオーネ公爵の言葉が蘇ってきました。
『王城では聖女恐怖症を発症している者が多い』と。




