第32話 乳母の手記の行方
「ない!」
きっぱりと言い切られてしまいました。
「凄くきな臭い感じをヒシヒシと受けるのです。いっそのこと、お嬢様ではないご令嬢と婚約をされれば、私のアリアお嬢様の身の安全は確保できると思うのです」
「今回の婚約もやっと公爵を説得して取り付けたのだ。婚約を解消など絶対にない」
あら?この感じからすれば、ランドルフ殿下がアリアお嬢様を婚約者にと望まれたと。そして公爵は先日まで婚約を渋っていたと。
公爵様。そのまま婚約をするのを拒んでいれば、よろしかったのではないのでしょうか?
「イーリアがアリアの侍女についてくれたお陰だ。アリアの身の安全が確保できると言ってくれた」
「え? 私の所為ですか? 私はお嬢様の侍女であって、護衛ではありませんわよ」
公爵様! 何を勘違いしてくれているのですか! 母は聖女として、それは凄い力を持っていますが、私はただの凡人なのですよ。
「ただの侍女が先程のような結界は瞬時には展開できないからな」
まぁ、私が使う魔法は母に教えてもらったものですので、魔法は普通とは違うことは認めますが、私は護衛ではありません。私ができるのは侍女としてお嬢様をお護りすることです。
「話を戻しますが、その母が言っていたことが乳母の手記に書かれていると言っているのですか?」
「そうだ」
「その手記を処分していれば、意味がありませんわよね」
「それはないだろう。第二側妃も保身が必要だからな」
「保身?」
何故、手記が保身となり得るのでしょうか? そもそも誰に対しての切り札になると?
……第二王子の父親に対して、いざとなれば、それで揺さぶりをかけるということですか。
その乳母の手記を第二側妃様が隠し持っているとランドルフ殿下は予想されている。
それならば、失せ物探しの術を使えば、見つけ出せそうですね。もう、処分されていれば、何も反応を示さない。
「そうですか。それで乳母のエリアーナという方はどこのご出身ですか」
「ラヴァル伯爵令嬢だ」
令嬢? 夫人ではなくて令嬢?
その言葉に血の気が引いていきます。
「この案件から手を引かせていただきます」
「イーリア。契約が反故になりますよ」
「……サフィーロ伯爵。別に……」
「婚約したのですから、名前で呼んでいただけませんか?」
……そういえば、いつの間にかイーリア呼びになっていましたわね。しかし、今日昨日で、帝国の皇子殿下を名前で呼ぶなど……ドキドキし過ぎてできるはずないです。私は、ただの伯爵令嬢なのですから。
それから……
「……リカルド様。あの契約書に対して反故した場合のペナルティーは書かれていませんでしたよ」




