第23話 母に対する恐怖症って何ですか?
「イーリア。本当に気を付けてね。猛犬が追いかけて来たら、ランドルフのおバカを盾にするのよ」
翌朝、サフィーロ伯爵が迎えに来ましたので、お嬢様と公爵様がわざわざ私を見送りに玄関まで出てくださっています。
私はあまり目立たない紺色のドレスをまとい、豪華な馬車の前に立っていました。
こんな使用人でしかない私をわざわざ見送ってくださるなんて、なんて心優しい方々なのでしょう。
しかし第一王子を盾にすると私の首が吹っ飛びますから、しませんわよ。
「イーリア。できれば君を行かせたくはないのだ」
公爵様まで私の心配を……
「王城では聖女恐怖症を発症している者が多い。しかしランドルフ殿下の頼みであれば仕方がない」
「え? 公爵様。それは母に言うことであって、私に言うことでしょうか?」
なんです? 母に対する恐怖症とは?
「むっ!……まぁ、そういうこともあると、心に留めておくと良い」
公爵様の言いたいことが分からず、首を捻ってしまいます。母の偉業を聞き出そうとして、父が話を変えたことに関係するのでしょうか?
「さて、参りましょうか。イーリア嬢」
「はい」
私を迎えにこられたサフィーロ伯爵と共に馬車に乗り込みます。
流石王家からの迎えの馬車です。今まで乗ったことがないほど豪華な内装です。言い換えれば目がチカチカします。
四人は優に座れそうな広い座席の端に腰をおろしました。
そう言えば、アルベント伯爵家の馬車は母がこだわりに拘って、王家が使用する馬車よりは良いと自慢していました。しかし、財力が天と地ほど違うので、そんなことは無いとはっきりと言えます。
私はこんな八人乗りの馬車になど乗ったことはないですよ。
「今日から一緒に暮らせるとは楽しみですね」
「潜入調査に行くのです。それから何故隣に座ってくるのですか」
私はアリア様の侍女ですので、王城では暮らしませんよ。契約に基づいて、行動をしているだけです。
あんな、国家間で使用する契約書を人の婚約届に使わないでいただきたいものです。
「婚約者なのですから、隣に座ってもいいでしょう?」
「こんなに広いのですから! 隣ではなくてもいいと……うわっ!」
隣に座っているサフィーロ伯爵に向かって文句を言っていますと、馬車がガタンと揺れて発進した拍子に、バランスが崩れて身体が傾きます。
なんですか! この揺れは!
「このようなことも対応できるので、よろしいのではないのでしょうかね?」
私は馬車の床に転がることは免れましたが、サフィーロ伯爵に横に抱えられている事態に……ちょっと近いですわ。
そして断続的にガタガタと揺れる馬車。何ですか? この揺れは? 整備不良なのですか?
「取り敢えず、下ろしていただけませんか? サフィーロ伯爵」
「リカルドですよ。それから可愛いイーリア嬢からお礼を言われたいですね」
……名前呼びは続けないといけないのでしょうか? それから、下ろしていただくほうが先だと思います。
「下ろしていただければ、お礼は言います」
「普通はお礼が先ではないのでしょうか?」
くっ……そう言われるとそうなのですが……これは言わないと解放されないパターンなのですか?
「ありがとうございます……リカルド様」
こ……これで良いですわよね!