第2話 帝国の皇子と皇女
「それよりもお嬢様。あの者に治癒の魔法をかけていただけませんか?」
逆エビゾリの体勢のままピクリとも動かない男性を指しながらいいます。
あれ、死んでいないですわよね。
まさか私ごときのパンチで死ぬなんて……ないですわよね。
あり得ない格好で着地していますが……。
「あのままで、いいわよ。貴女の男性不信の元凶でしょう? そこの衛兵。目障りだから退出させて」
お嬢様は王妃さながらに命じます。
せめて治癒をするように言って欲しいです。私はこんなことで殺人はしたくありません。
「皆のもの! 騒がせた」
王太子殿下が誕生パーティーに招待した方々に向かって声をかけます。
ああ、私が騒ぎを起こしてしまって申し訳ございません。
すべてあの男が悪いのです。
あの男があんなことを言わなければ、手を出すことはありませんでしたのに。
「今日の祝の席に招待した者がいる。皆のもの出迎えてくれ」
王太子殿下の言葉に拍手が起こり、大扉の方に注目が集まります。
本当であれば、もう少し後でのご入場となるはずでしたのに……すべてあの男が悪いのです。
大扉が開くと容姿が似た人物が立っています。長身の銀髪の男性と小柄な銀髪の少女です。それも合わせたかのように、白地に光沢感のある青い生地でまとめられている衣装です。
「シュトラール帝国から来ていただいたサイファザール皇太子とメリーヌ第三皇女だ」
王太子殿下から紹介があると拍手の音が大きくなり、人の声など聞こえないほどです。
私はちらりと隣を見ます。
紹介された皇族の方々の瞳の色は金色です。隣のリカルドの瞳の色を金色にすれば、彼らの隣に立っていても何も違和感がない容姿。
「どうかされましたか?」
私の視線に気がついたのでしょう。
周りの音が大きすぎて隣からの声など聞こえないはずですのに、はっきりと私の耳に聞こえてきました。
「どうして誰も気づかないのか不思議に思いましてね」
どう見てもシュトラール帝国の皇族の者でしょう。
「普通は気が付きませんよ」
そう言ってリカルドは黒縁の眼鏡を押し上げています。
ええ、わかっていますよ。その眼鏡が曲者だということに。
「さて、我々は下がりましょうか」
リカルドのその言葉にすっと目が据わりました。
そしてリカルドの腕に右手を添えたまま、会場を後にします。誰もが帝国からの招待客に注目をしているので、私達の存在に気をとめる者はいないでしょう。
「今日は忙しいですよ」
「あれ、わざとでしたよね?」
「何のことでしょうか?」
「わざと、ハイバザール侯爵の気に障る言い方をしましたよね?」
私が強引に言葉を止めなければならなかったのですから。
しかし、このパーティーの後、貴族たちの間で逆エビゾリ事件が話題になっていそうですわ。




