第17話 こちらにサインを
「先日は途中で退席してしまい申し訳ありませんでした」
アドラディオーネ公爵が第一王子に向かって頭を下げています。
結局、婚約を結ぶために来られた第一王子ですが、アドラディオーネ公爵が母との約束を反故した隠蔽工作をしに消えてしまったのです。そのため、婚約を結ぶのは後日ということになり、年が明けた一ヶ月後に再度その場を設けられたということになりました。
「いや、構わぬ。こちらの事情もあり、年明けになってしまったことを詫びよう」
本当であれば、数日後に婚約を結ぶことは可能だったはずですが、第一王子の方が都合が悪いということで、今日になったのです。
「それではこちらにサインを」
サフィーロ伯爵が公爵様に一枚の紙を渡し、サインをするように勧めます。
公爵様がその用紙に書かれていることを確認している隣に、アリアお嬢様がいらっしゃいます。そのお嬢様が座っているソファーの背後で私がその光景を見ていると、サフィーロ伯爵と目が合いました。
え? 何ですか?
「イーリア嬢はこちらに来ていただけませんか?」
少し離れたところにあるテーブルを指しながらサフィーロ伯爵に言われました。
嫌です……とは言える雰囲気ではなく、渋々足を進めます。しかしいつから『イーリア嬢』呼びになったのですか?
「こちらにサインをお願いします」
テーブルの席についた私に出されてきたのは二枚の紙です。それを見た瞬間席を立って脱兎のごとく逃げ出したい気分にかられました。
「因みにアルベント伯爵と夫人からは了承を得ています」
「婚約のサインであれば、私ではなく父のサインでよろしいですわよね?」
そうなのです。私の目の前には二枚の婚約届けがあるのです。
普通このような婚約のサインは家長である父がサインするもので、私がサインするものではありません。
「よく読んでください」
読みましたよ。読みましたが、これは到底受け入れられません。
「まず、これはどういうことか説明していただきたいものです」
私は二枚ある内の一枚を指しながら聞きました。これははっきり言ってありえないことです。
「私は伯爵の地位を拝命していますが、勿論父は健在でしてね。その父からの許可をもらってきたというものです」
サフィーロ伯爵の父親が生きているぐらい存じています。隣国の皇帝が崩御されたとなれば、一般市民の耳にも入るほどでしょうから。
ですが! なぜ第二皇子としての名のサインと皇帝陛下の名のサインがあるのですか!
まさかこの許可を取るために一ヶ月の時間が必要だったとかいいませんわよね!
「皇子妃とか嫌です」
私はポソリと呟いたのでした。




