第136話 次は帝国へ
「次はリカルドの番だということだ」
ランドルフ王子が当然のように言ってきましたが、だから何の話をしているのです。
「我々ドラギニアの悲願の達成を、また一歩進められる時期が来たのです」
「母上が、今回の時を逃すなと言ってきてな。俺はここにいないといけないから、あとはリカルドとイーリアで頑張れ」
「は?」
ド……ド……ドラギニアの悲願……まささささか!
「大丈夫。るーたんも頑張る」
声がする方に視線を向けると18歳の美しい皇女となったルシア様がいました。
それも皇女らしからぬ、長槍と長剣を背中に差した、メイド姿でやる気満々のルシア様がです。
どこの戦闘狂ですかと言いたくなります。
「リカルド……さ……ま。まさか次は……帝国に……」
「はい。イーリア、手伝ってくれますね」
ものすごくにこやかに言われましたが、これはすでに次期皇帝が決められた時点での、反乱と言っていいでしょう。
「でも、皇太子殿下がすでにいらっしゃる帝国では……」
「イーリアが手伝ってくれないと、私は誓約によりペナルティーをこの身に受けることになるだけですから、私としてはどちらでもいいのですよ?」
「脅しですか? これは脅しですか!」
ドラギニアの悲願を、私に捧げるという誓約のことですか! ここであの誓約を出してくるのですか!
「イーリアが私の側で手伝ってくれると言うのであれば、誓約は発動しません」
脅しでした。私には拒否権がありません。
「わかりました」
「私の愛しいイーリア。それではこの婚姻書にサインをしてくださいますか?」
「……今、サインをしないといけませんか?」
いつから持っていたのか、すでに帝国の皇帝のサインがされた婚姻の書類が私の前に顕れました。
「はい。私の妻として、帝国に入ることに意味があるのです」
それはわかります。私の立場はただの伯爵令嬢に過ぎないのですから。
帝国……この状態からどうやって国取りをしようとしているのでしょうか?
「その前に、リカルドが皇帝になるための障害の排除をどうするのか聞いてもいいかしら?」
その一番の障害が、いま客人としてこの国にいるサイファザール皇太子です。
「それは大丈夫。国境付近で野盗に襲われる予定になっている」
リカルドに質問したにも関わらず、答えたのはルシア様でした。
野盗に襲われる予定ですか。その野盗は何処かの傭兵団とか言いませんよね。
「皇帝の方も着々と進んでいると、母上から連絡が入っているので、私達は貴族たちをまとめ上げるだけでいいのです」
これはすでに事が始まっていると言っているに等しいです。
「私が否定できないこの状況で、言った理由を聞いてもいいかしら?」
そう、ここまで事が進んでいては、私が何を言おうが、ドラギニアの悲願の達成まで突き進むことになるでしょう。
その、この時点で私に言った理由です。
元々巻き込むつもりなら、もっと前に言うこともできたはずです。
「そうですね。イーリアには一日でも長くアドラディオーネ公爵令嬢の侍女でいて欲しかったからです。生き生きとアドラディオーネ公爵令嬢の周りで働く姿はとても可愛らしくて好きでしたから」
そうですか。確かに事前に言われていたら、私はそのことに気を止めて、アリアお嬢様のことを疎かにしていたかもしれません。
「そういう理由なら許して差し上げます」
「そうだよなぁ。偉そうにふんぞり返っているアリアルメーラの周りで、ちょこちょこと動き回るイーリアは、可愛いよな」
「は? それは私がチビだと揶揄っているってこと? 馬鹿王子!」
私はリカルドの手を振り切って、偉そうにふんぞり返って座っているランドルフ王子の腹を殴りつけます。
「グフっ。いいパンチだ」
長椅子から崩れ落ちるように床に倒れていく馬鹿王子。いつも一言多いのです。
「ランドルフ殿下。イーリアは私の妻なのですから、変な目で見ないでいただきたいものです」
「まだサインはしていません」
つ……つま……だなんて、大声で恥ずかしいです。
「イーリア。これから私と共に歩んでくれるかな?」
「これからもでしょう? リカルド」
私は私のサインだけすれば、提出できてしまう婚姻の書類にサインをします。
これから遠出の用意をするということは、出立はまさか明日の夜明けと共にとか言いませんわよね。
斯くして舞台はシュトラール帝国に移るのでした。
ここまで読んでいただきましてありがとうございました。
『モブ令嬢は皇子のスパイ』から題名を変更したのは、スパイの本番が帝国編だからです。
そしてあまりにも長くなったので、ドラギニアの悲願達成の道筋をつけて、一旦筆をおきます。
二月末から約五か月間、お付き合いいただきまして、ありがとうございました。
*
「馬車で移動するのですか?」
夜が明けだした頃、私はランドルフ王子の離宮の前にいました。そして、どう見ても母仕様の馬車が用意されています。
「ワイバーンでもいいのですが、イーリアとゆっくりと過ごすのもいいと思いまして」
「は?」
「聖女様曰く新婚旅行というものです」
「しんこんりょこー?」
「今まで忙しくしていましたから、各地を巡りながら帝国に行きましょう」
「色々行っている内に、サイファザールとメリーヌは、ぽっくり逝っている」
ルシア様。ここで言ってはいけませんよ! どこに耳があるのかわかりませんから!
「護衛は全て、身内で固めていますから、安心してくださいね」
にこやかに言うリカルド。それって私以外全員がレイム族と言っているよね?
「別にその辺りは心配していないわよ。リカルドだけでも強いことは知っているもの」
しかし、しんこんりょこーとは聞いた事がないのだけど? 途中でアルベント伯爵領にいる弟に挨拶すると言っていたから、父にでも聞いてみましょう。
『あれはね。大変だったよー』
何故か父の幻聴が聞こえた気がして、首を横に振って幻聴を打ち消します。
「では参りましょう。私の愛しいイーリア」
見送る人がいない離宮から、こっそりと一台の馬車が出立したのでした。それも物々しい護衛たちを引き連れて。
*
これから二人は新婚旅行で各地の情勢を見極めたあと、帝国入りをして、ドラギニアの悲願を達成していくのでしょう。
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ここまで読んでいただきましてありがとうございました。




