第132話 天眼の姫
「死の水って、お母様が言っていた話のことですか?」
「そうよ。別に転移の方でもいいわよ。この場を水で満たすと、私達まで溺れ死ぬからね」
死の水を作り出すか。転移で水が満ちるか満ちないかのタイミングを計って転移するかですか。
転移は母の方が得意なので、母に任せた方がいいでしょう。
「死の水の方で」
『やめろー! やめんかー!』
石棺の中から何か聞こえてきますが、どうやら最初の封印というものは、そうとう堪えたようですわね。
「封印を解く者が来れなければいいのよ。そして魔法を阻害する物質で満たすことで、召喚もできない。死の水が無くなるころには、邪神の存在など綺麗さっぱり世界は忘れているわね」
これは母が情報操作をしそうな予感がします。
しかし、入口はどこで、私はどこから魔法を使えばいいのでしょうか?
「さて、あなたと枢機卿は先に出てもらうわ」
母がそう言っている間に、父と祖父の姿が見えなくなっていました。行動が早いですわ。
「お母様。私はどこから魔法を使えばいいのですか?」
「ここで良いわよ」
……それだと私が溺れ死ます。
「なに? その目は? 結界ぐらい張ってあげるわよ」
どうやら、本当にこの空間に水が満ちるまで、魔法を使わせる気のようです。
「それで、死の水とは、高濃度の塩分が入った水でいいのですよね?」
「そうそう。死海ね。生き物は生きていけないし、召喚魔法の道を繋げるにも屈折率が高くて上手く行かないわ。それに今回はヘビを部屋中に点在させたから、本体よりもそっちが召喚されるでしょうね」
高笑いしている母の横で、私は塩分濃いめの水を出すべく呪文を口にします。
「『死海の水よ。いでよ』」
エゲツのない魔法のクセに呪文は簡単です。
絶対に最初に召喚された異世界人も母のような性格だったのでしょう。
普通はこんなことは考えません。空間全てを水で満たすなんて。
「え? ランドルフ王子がドラギニアの理由?」
水が空間いっぱいに満ちるまで時間がかかるので、母に色々質問しているところなのです。
「あのエリザベートが天眼の姫よ」
「はい?」
「だから、そもそもエリザベートの策略なのよ。猫妃と結託して先に帝国を落とそうとしていたのに、それに気づいた先代の皇帝がエリザベートと猫妃を引き離したのよ」
なんと王妃様が天眼の持ち主だったなんて、驚きです。
「兄をたぶらかしたまでは良かったのにと愚痴られても、知らないわよ。天眼の能力が劣化しているからでしょとしか言いようがないわよね」
え? 能力の劣化ですか?
「そもそもドラギニアだった者の能力であって、人が使うには負荷が高いのでしょう?」
そう言った母は突然立ち上がって、辺りを見渡しました。え? 何か私は失敗をしましたか?
「もう良いわ。ここまで満たせば、千年は余裕で保つでしょう」
その言葉が聞こえた瞬間には、私の目に丸い月が映っていたのでした。




