第106話 金魚のフン
「イーたん。準備する」
ルシア様にそう言われたのが、朝の訓練が終わった後でした。
「ルシア様……ルシア先輩。パーティーは夕刻からなのですが?」
まだ今は午前中です。いくらなんでも早すぎます。それに私は今回の主役ではありません。
アリアお嬢様の背後に控えている使用人でしかないのですから。そう、まだ解雇通告はされずに、私のお給金はアドラディオーネ公爵家からいただいています。
「お兄様の隣には、可愛く着飾ったイーたんがいるのがいい」
「あの……流石に、今から準備だと早すぎると思うのです。それにまだ私の仕事は残っていますから」
今回の婚約発表の場は、王城の一角で行うことになっていますので、最終的なチェックと、進行の流れの再度確認や、出席される王家の側近の方々とも確認作業を……
私はこちらの離宮で、暇をしていたわけではなく、婚約発表の会場を整える仕事をしていたのです。
今日は失敗の許されない本番ですので、最終確認を行わないといけません。
「それはお兄様に押し付けた。だからイーたんは準備する」
「あの? 私の仕事はリカルド様と担当が違うのですが?」
「大丈夫。金魚のフンみたいに、イーたんにつきまとっていたお兄様は、イーたんの仕事を理解している」
ルシア様。金魚のフンなど、皇女様が言っていい言葉ではないと思うのです。
確かにリカルド様にはリカルド様のお仕事があるはずなのに、いつの間にか私の隣にいることが多かったです。
「それにお兄様はイーたんにラブラブ。他のヤローに牽制するのにいい」
……時々、ルシア様語が理解できないときがあります。
どこに他の殿方を牽制する必要があるのでしょう? それとも別の意味合いがあるのでしょうか?
どうも母の所為で、本城の方々から距離を取られがちなのです。
陛下の側近の方と初めて挨拶をさせてもらったときなど、悲鳴を上げて腰をぬかし、地面を這っておられましたもの。
それに、ルシア様の言葉には矛盾があります。
ランドルフ王子の訓練のときには、他の護衛の方々も訓練されています。ですが、リカルド様が訓練に参加されることはありませんし、リカルド様がランドルフ王子の側に控えているのも時々しかありません。
「朝の訓練のときはリカルド様はおられないことが多いので、それはルシア様の勘違いではありませんか?」
それか、私がルシア様語を理解していないかのどちらかです。
「ここの護衛たちはお兄様を怒らすと、死んだほうがマシというのを、身体で理解している。だからイーたんには近づかない」
死んだほうがマシって、いったい何をされたのですか!




