第1話 元婚約者に鉄槌を
「その口を閉じなさい!」
バキッというものすごい音と『ヘギョッ』という効果音と共に人が飛んでいきます。それもそんなに人は吹っ飛ぶものなのかというぐらいに回転し、逆エビゾリで床に着地する男性。
顔面からダイブしていますけど、大丈夫でしょうか?
「いいパンチだ」
その声にビクッと肩が揺れます。振り返りますと金髪碧眼の男性と赤い髪を縦ロールで巻いた女性が綺羅びやかな衣装を身にまとって、私の背後に立っていました。
「で……殿下……こ……これはちょっとした手違いで……あ……当たりどころが悪くて……」
私はたどたどしく言い訳をします。
こんなつもりでは無かったのです。
王太子殿下の誕生パーティーで問題を起こすつもりなんてこれっぽっちも……これっぽっちも無かったのです。
「あら? いいじゃない? 貴女をこっ酷く振った仕返しでしょう?」
「ア……アリアお嬢様! 私はそんなつもりは全くなかったのです」
赤い髪の十八歳のグラマラスな女性は、私が仕えるお嬢様です。アリアルメーラ・アドラディオーネ公爵令嬢様です。
私を振ったと言っても、そんな随分昔のことなど、もう関係ないですわ。
「わかっているぞ。リカルドのためだろう?」
「違います」
王太子殿下の言葉は直ぐに否定しました。それは無いです。
「ランドルフ殿下。そのとおりでございます。私は今とても感銘を受けています」
「違うと言っていますよね」
私は隣の人物を睨みつけました。そこには銀髪の長身の男性が眼鏡越しに紫紺の瞳を私に向けています。
全く持って、貴方のためではありません。
「何かと口喧嘩をしているから心配ではあったが、案外仲良くやっていけそうだな」
「いいえ。それは否定します」
「勿論ですよ。ランドルフ殿下」
王太子殿下の言葉に全く違う答えを返します。
リカルド・サフィーロ伯爵。
アリアお嬢様の婚約者であらせられるランドルフ王太子殿下の側仕えになります。
そして、私の婚約者でもあります。
仲がいいとか悪いとかの問題ではなく、この婚約には次代の王と王妃を支える者同士をくっつけようという王家の意図があるのです。
それに私は否定はしません。
しかし、婚約者であるリカルドに好意があるかというのは別の話になるのです。