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放課後の夕暮れ、しかも夏前の時期のとなるとやけに眩しい。陽が落ちるのが遅くなったな。
学校内に設備されている自販機で買った冷たい缶コーヒーを飲みながら牛久を化学室で待つ。生徒からの相談となれば、稀に応接室を貸してくれることもあるがあまり居心地がいいとは言わないそこは自ら遠慮した。昼間の食事も化学室で食べていることもあり、化学室の使用許可はおりた。
牛久は部活動に属してはいないからホームルームが終わればすぐに此方へ来ると読んでいたが、クラスの中心にいるタイプの割に人に頼まれごとをされたら断らないため何かしらで遅れてきているのだろう。
「月せん!! ごめん!! 遅れた!!」
ガラッと勢い良く音を立てて開かれた戸に息を吐く。新木もそうだが牛久もノックという言葉を知らないのだろうか。
ゼーハーと肩で息をする牛久を座るように促し、牛久の前に椅子を移動させて席につく。その間に呼吸を整えた牛久が姿勢を崩しポツリと呟いた。
「……七海はあの動画のことさ、人影って言ってなかったっすか?」
「あぁ、そう聞いてる」
「せんせーは見てないんすよね、動画」
「そうだな。削除されてたようだ」
一昨日の新木の行動を思い浮かべながら牛久の問いに答えていく。ただの悪戯だと思いたかったが、悪戯が原因で人の名前を忘れるなんて事を新木七海という人物はしない。悪戯なら悪戯で返すという戦法まで取ると何度か俺の目の前で言っていたし、あの記憶力でましてや仲の良い人の名前を忘れるとは思えない。
脳に異常が出来たか、それとも―――
「オレ、人影なんて見えなかった……」
「?……どういうことだ」
「見えなかったつーか、黒いフードの男が俯きがちに立ってるように見えたんすよ。川の中で」
「……それは……」
「オレ、あんま記憶力よくねーから、ちゃんとしたのはいえねーけど」
人影じゃなかった。
牛久の言葉を聞いて頭が痛くなった。新木の言葉も牛久の言葉も疑う気はないが、双方で見えてたものが違うなんてこと聞いたことがない。
「それは新木に言ったのか」
「一応。したら、あの~…………桜木? せんせーに見せに行ってた」
「……相手にされなかったと聞いたが……」
「見向きもされてなかったっすね」
頭を抱えたくなる気持ちをグッと堪えて状況を思い返す。桜木先生に見向きもされなかったから俺の所に来た。が、俺に動画を見せようとした時には動画が消えていた。しかも新木の話ではその前に見た時には人影が目の前に近づいていたと言う。
「因みに聞くが、その影とやらは動いたのか?」
「いやオレには棒立ちにしか見えなかったっす」
つまり新木にだけその影のような者が動いてるように見えたと。疲労やストレスから来る脳の幻覚症状の可能性も高いが……。
「!!」
「うわ!?」
突然人の気配を背後から感じ取った。刺すような強い気配を。勢いよく振り向いた先にあるのは何の変哲もない黒板だけで殺意を向けられるようなものは何もなかった。
違和感。いや、既視感だろうか。どこかで感じたことのある気配だった。
だがここには俺と牛久の2人だけで、他の奴が入った痕跡は何1つない。そもそも化学室の鍵は俺が今持ってるものしかないから入れ込めるわけもないんだ。
「つ、月崎せんせ?」
「いや……何でも無い……」
一先ず気の所為だったということにして思考を元に戻す。幻覚症状の可能性も含めたいが、そもそも変な動画が送られてくるのも可笑しいし悪戯じゃないなら不審者の可能性もある。
「とりあえず……出来る範囲は見ておく……」
「オレも近くにいれる範囲は」
「塚田はこのことは?」
「いや……見せたのはオレが1番最初ってことしか聞いてねぇっす」
「わかった」
不審者の注意喚起でも促しておくかと頭の隅で考えつつ、これ以上の進展は無いとみなし牛久を立たせた。
「じゃあ、気をつけて帰れよ」
「月崎せんせーじゃねぇと聞いてくれねぇから助かった! 月せん、なんだかんだ優しいからオレちょーすき!」
「バカ言ってないではよ帰れ」
すぐに調子に乗る牛久の頭を軽くこついてそのまま2人して化学室を出た。新木への何となくの不安を胸に抱えたまま。