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100年以上前の話だという。鼎さんの本家である神社が無くなったのは。愛知の外れ、長野との県境近くにあったという神社はアンカイの資料の一部を保管していたという。影が虐殺を行った時、荻谷ヶ隅の一部住人が逃げ込んだのがその神社の近くだったらしく、影に対する資料が作られていたと。
「長年、保管だけして協力関係にはならなかったんだけど、神社がどんどん不審火で無くなってると聞いて漸く手を上げたの」
「……それじゃぁ、その時に……」
「そう。神主であった、私のひぃお爺さんが不審火によって神社諸共亡くなったのよ」
ひぃお爺さんの娘さん、つまり鼎さんのお祖母さんが荻谷ヶ隅の方と結ばれていた事、荻谷ヶ隅に定住し正式に荻谷ヶ隅の人間になったことで、鼎さん一家は助かったのだと。ひぃお爺さんの近くにいた大叔父一家は不審火や不審死により死亡しているため、当時を知るものは居ないという。
「お祖母ちゃんがこの地にお嫁に来たのは、16歳の時。その翌年には私の母を産んでたから助かったの」
「……それは荻谷ヶ隅の血が入ったから、ってことですか」
「恐らくはね」
鼎さん曰く、高校時代の俺の腕に付いていた痣を見たのは幼少期。お祖母さんが亡くなる時に足に浮かび上がってきたのが、その痣だったと。
「痣だったんですか……」
「えぇ。今の左足もそうなってると思うわ」
「……わかるんですか」
「一応ね。祖母から聞かされているし……それに兄はそれで亡くなってるから」
しんと静まり返る空気を遮るようにザワザワと風が鳴る。何かを言うべきなのだろうけど言葉が何も浮かんで来ない。下手な慰めの言葉をかけるのは違うだろう。
鼎さんは俺から視線を逸らして狂い咲きの紅葉を真っ直ぐと見据える。真っ赤に燃えるあの紅を見て、そっと息を吐き出した。
「気味悪いでしょ」
「え」
「……あぁ、ごめん。何でもないよ」
俺から続く言葉を遮るように紅葉に対する話題を切り捨てた。あの紅葉は触れては行けないものなのだろうか。荻谷ヶ隅の人にとって紅葉はどんな存在なのか。
ジッと下から覗き込むように俺を見つめた鼎さんが、俺を指差した。まるでこれから子供を叱る母親のように。
「この先、何があってもあの紅葉を見てはいけない」
「見てはいけないって……」
「ううん。なんならこの旅館に近づくのも駄目」
「ど、うして……」
たじろぐ俺にいつぞやの鋭い眼差しで睨みつけてくる。この視線はどうも苦手だ。やはり怖い。心臓が針で刺されたような感覚に襲われる。
「ここはアンカイ様の終焉の地だから。アンカイ様を封印する貴方が紅葉を魅入ってはいけないの」
アレは人を狂わせる。冷たい声で鼎さんはそう言い放った。
確かにあの紅葉を強く見たいとは思わない。多分それが正しい判断だ。その気持ちが無くなった時が1番危うい時。
「これから貴方に封印に当たっての注意点と諸々を教えるから。付いてきて」
「……ど、こへ」
「花見の丘」
久しく行ってない場所の名を聞いた。紗理奈が亡くなった場所であり、兄さんの様子がおかしくなり不思議なおじさんが現れた場所。
少し警戒の色を滲ませた俺を安心させるように、鼎さんは微笑んだ。
「封印が終わるまでは私達が囮になるから」
心底嬉しくない宣言だった。きっと顔に出てただろうに。鼎さんは素知らぬ顔で先を進んで行った。