19
動揺を押し込むこともできずに教室の自分の席に座る。学校に着いてすぐ小春の元へ行きたかったが、朝練の時間が押しているのか未だ小春の姿はない。はやく。はやく。今朝のは歩の悪い冗談で、私で遊んでいるだけだって証明して欲しかった。
遅刻ギリギリに着いたはずなのに小春の方が私より5分ほど遅れて教室にやってきた。やはり朝練が押してたらしく、サクちゃん先生に謝っていた。サクちゃん先生は気にした様子もなく優しく小春に座るように席に促していた。あぁ、もうはやくホームルームが終わってほしい。今すぐこの不安を取り払いたい。
「小春!」
ホームルームが終わってすぐ。席に座ったままの小春に飛びかかる勢いで話しかけた。パチクリと瞬きをして不安いっぱいの私を不思議そうな顔で見ている。私が小春のことを名前で呼ぶ時は大抵何かあった時だけだから、余計に不思議なんだろうけどそんな暇はない。
「ね、ね、あのさ、歩の様子がおかしくて」
「え、何、大丈夫なの?」
「わ、わかんない、だって梅ちゃんのこと、忘れてるんだよ、ずっと一緒にいたのに、忘れるなんて、ついこの間までは普通だったのに……!!」
「ちょちょちょ!! あ、ごめん、あのストップ!!」
「え?」
信じられないという感情を隠しもせずに早口でバーと言い続けたら小春からストップと言われてしまった。眉間にシワを寄せて眉頭を親指と人差し指で摘むように揉んでる。これは小春が困った時の癖だ。
「あの、ごめんね。あの~……幼馴染だから何でも知ってるって思ってたんだけど」
ドクリ。嫌に心臓が締め付けられる。これ以上先の言葉を聞いてはいけないような。潰される。謎の不安に。
「梅ちゃんって……誰?」
目の前が真っ白になった。上手く言葉が出てこない。ハクハクと金魚のように言葉が出ない口を動かして信じられないものを見る目で小春を見る。
だって、なんで? おかしいよ。
「梅乃は小春の妹でしょう!?」
「なっ……!? 私に妹なんていないわよ!!」
「嘘よ嘘!! だってこの間も一緒に4人で遊んだじゃない!! 一緒に写真だって撮ったし!!」
「撮ったけど!! あれは、だって!! 私とあんたと歩の3人だけだったじゃん!!」
「な、何言ってんの……!?」
「七海こそ何言ってんの!?」
ざわざわとあちこちから声が聞こえる。クラス全体が戸惑いに襲われている。ヒソヒソとする声も私と小春がこんな大声で喧嘩する珍しさから来ているのか。でも、そんなのに構ってられない。
だって、なんで、だって唯一の血を分けた妹忘れるなんておかしいよ。
「変だよ……!」
「変じゃない!! 歩がおかしいんじゃなくてあんたがおかしいだけじゃん!!」
その言葉にカッとなった。自分でも自覚するほどの記憶力の良さ。1度見たものや聞いたものは何が何でも忘れないこの脳を否定された気分になった。分かっているはずだ。小春だって。私の記憶力の良さを。1番近くで見てきたから。
「っ、バカ!!」
「はぁ!?」
授業がもう始まるとか関係なしにそのまま教室を飛び出た。感情任せな行動なのは分かってる。だけど止まらなかった。
走って走って走った先の屋上へと続く、閉鎖された扉の前で座り込んだ。ポケットに入っていたスマホの電源を入れてこの間の写真を探すように。
「…………なんで…………」
確かに居たはずの梅乃の姿はなかった。小春の言う通り、梅乃は居らず3人だけの写真が手元にあった。脳裏には4人で遊んだ事も喋った内容すらも記憶にあるというのに。