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普段どこへ行くかを把握していないため、目についたところを探し出す必要がある。体育館や校庭。武道館。音楽室や準備室。それに渡り廊下まで。
意外と広い学校内で探し出すのは容易ではない。校内で見つからなかった場合、また前回同様に外へと出なくてはならないのに何故か今回は校内にいる自信があった。
「ここにもいないか……」
とりあえず校庭付近を見て回り、それから武道館の方へと顔を出したが姿が見えない。
探し回り続けて何分か過ぎたのだろう。授業の終わりを知らせるチャイム音が流れた。もうそんな時間になってしまったのか。
とりあえず化学室を覗き見て何も無いことを確認して鍵を閉める。今日は放課後前の最後の授業にならないと化学室は使わない。鍵を職員室に戻すついでに渡り廊下でも見に行くか。
「……そういえば教頭に会わないな……」
教頭も探していると聞いたが教頭の姿が見えない。歳の割に毛がしっかりした長身の教頭は比較的目立つのだが、全然教頭を見かけない。会えば情報交換の1つや2つ出来るんだが、こうも見かけないとなるとしらみ潰しに行くしかなくなる。
まぁいいか。金具にぶつかり金属音が鳴る鍵を握りしめて歩みを進める。移動教室が終わった生徒達が教室へと戻る時間だ。騒がしくなってきた。人が多いから遭遇しないように別のルートから行ったほうが探しやすいだろう。
キィィン―――
強い耳鳴りが響く。右耳から左耳にかけて。あまりにも強い耳鳴りのせいで、ガヤついていた生徒の声も、風の音も全部聴こえなくなるほどだ。痛い。
苦痛に顔を歪めた瞬間にパンッッ!! と大きな音が耳元で弾けた。と同時に少しの間だけ聞こえなくなっていた音が一気に耳に流れ込んで押し寄せてきた。静寂だった鼓膜に突然響き渡った爆音が痛いほどに刺激してくる。クラリと倒れそうになった体に鞭を打ち、足に力を入れて体勢を踏ん張ったところで音に耳が慣れ始めた。強く安堵するように息を吐き出す。
そもそも俺は何をしに化学室に来たんだったか。まぁいつも来てるから時間割でも間違えたんだろう。
化学室から1番近い階段を降りて、遠回りをしながら職員室へと足を進める。職員室へと鍵を返した後はB組で行う予定表を作り上げる必要がある。B組の担任とは後で合流して行う予定だからある程度進めておけば問題もない。
「あ……」
考え事をしていた頭に声が聞こえた。若い女性の声だ。ふと、声のした方を見つめれば胡里高校の制服を着崩している女生徒がいた。酷く怯えた顔で俺を見つめながら。
見つけた。
と、そう思ったのに。声をかけようとしているのに、言葉が喉に張り付いて出てこない。目の前の生徒を知っているはずなのに言葉が出ない。
こんな生徒、胡里にいたか? いや、居たはずだ。だって俺は確かに。いや。そもそもさっきまで俺は何をしていた?
だが知っていると叫んでいる。確かに。知っている。知っているはずなのに。わかるはずなのに。
誰だ、お前は
口に出ていたのかも定かではない。ただ、目の前の見知らぬ女生徒が確かに顔を歪めた。不安で不安で泣きそうだった顔を、強く、酷く歪めて。そして。
「やっぱり……ツッキーもなんだね……」
絶望に染まりきった顔で悲痛な声でそう告げて校門に向けて走り去っていく。待てと声を出したいのに。追いかけたいのに、足が縫い付けられたかのように動けない。
わかっている。知っているのに。
頭が割れそうだ。
と、目に入ったのはキラキラしたパーツでデコられたストラップ。縫い付けられたように動かなかった足が数秒間をおいて動いた。俺の意志とは関係ないと言うように。
拾い上げたストラップにはローマ字で名前がデコられていた。
"NANAМI♡A"
走り出した。確認しなくてはいけなかったから。校門へ向けて走り去っていった影を追うように。
「月崎先生。どちらへ行かれるんですか。まだ仕事中ですよ」
校門まで出かけた時、声が聞こえた。渋い声が。振り向いた先には険しい顔をした教頭がいた。
「新木を見つけたので」
「はい?」
新木の名を出した途端、教頭の眉間にシワが寄った。険しい表情を浮かべていたのに更に険しくなって。
「え、……2年D組の生徒の、新木七海を」
「…………月崎先生、どうされたんですか?」
「は……?」
なんだ。何かが可笑しい。なんだ。この気持ち悪さは。
「新木七海なんて生徒は居ませんよ」
頭を鈍器で殴られた気分だ。