16
「新木が来てない?」
「はい。今日はお母さんがみてくれるそうで……」
2時間ほど前に新木らしき人物が化学準備室にやってきてポルターガイストを起こした。霊的存在に憑依されて起こした事件だと思っていたから、新木が学校へと登校しているもんだと簡単に決めつけていた。
移動教室に行くこの僅かな時間に、たまたま塚田を見つけて聞いたのだがゾワリと背後に走るものがある。
「あの何かあったんですか……?」
「……いや……なんでもない……」
訝しげに顔を顰めた塚田を授業へと行かせて1人思考を戻す。
ならば先程のあれはなんだ。間違いなく現実に起こったことだ。桜木先生も化学準備室の惨状は目にしているし、そのおかげで授業が始まるのもだいぶ遅れてしまった。ガラス片を片付ける時に出来た指の傷も痛みも全て本物だというのに。
新木の姿を借りて来たとでも言うのか。オカルト類は詳しく分からないから、これが何というものなのかが理解できない。
「生き霊……の感じもしないしな……」
生き霊という存在があるのは知っているが、今朝見た新木の様なものは何となく生き霊ではない気がした。本当に何となくだが。直感的に新木ではないと。
「……桜木先生は新木を見てなかったな、そういや」
いつもの自販機へと移動して思い出す。目の前にいたはずの人物は、いつの間にか桜木先生の背後へと移動していた。現実にあり得るわけがないのは俺が1番わかっているのに。理解したくない。理解できるわけがないと頭が訴えている。
缶コーヒーを買い、飲みもせずにポンポンと手の上で投げてはキャッチしを繰り返す。言いようのない恐怖を感じたのはあれが初めてだった。
「月崎先生!!」
バタバタと廊下を走る音と俺を呼ぶ声がして考えすぎて吐きかけたため息を飲み込み、手持ち無沙汰で缶コーヒーを投げていたのをやめる。声のした方に歩みを進めれば、1年を担当している先生が俺を探していた。スマホで呼べばいいものをと思って、ポケットに手を入れてみたがスマホの存在は確認できなかった。職員室に置き忘れたな。
「どうしたんですか」
「それが! 今! 連絡が来て!」
相当急いで俺を探していたらしい先生は息を整えながら俺を見つめる。汗で髪の毛が額にくっついている。どこまで俺を探していたのだろうか。
「新木さんが家から姿を消したらしく! その……お母様のお話によると……目の前で突然消えたらしくて……」
「……は?」
「お、俺もどういうことか分からないんですけど……で、でも、あの、前回のことも、あるので、一応、捜索をと……!」
「その事他の先生は?」
「教頭先生も捜索してくれてます……!」
「わかりました」
脳内に警報が鳴り響く。これはダメだと。目の前で突然、消えるなんて。そんなもの。朝の俺が見たものと変わらないじゃないか。廊下を走ってはいけないと言うルールも全て取っ払って走り出した。
あの鼻歌を思い出す。童歌のような歌が。脳裏で再生されてノイズとなって消えていく。のまれそうになった感覚も鮮明に思い出して。
じわりと胸の奥に広がる嫌な予感が膨れ上がっている。今か今かと獲物を待つ獣のような気配に。
『かくれんぼしよう』
聞いたことのない不協和音のような声を、古びた旅館の映像と共に思い出した。この現状には何も関係ないというのに。なぜか新木の顔が浮かんだ。
あぁ、やっぱりダメだとまた警鐘が鳴った。