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深い。深い。森の奥。霧深く不明瞭な視界で進んだ先にある小さな廃神社を通り抜け、異様に不気味に聞こえる川のせせらぎと涼しさを感じながら辿り着いた先にある一本の巨木。荒れ果てた注連縄と、それから――――
「せん……」
「つき…………せん…………」
声が聞こえる。まだ幼さが少しだけ残った低い声が。
「月せん!!」
「っ!?」
ビクリと肩を震わせて起き上がると俺を心配そうに見つめる牛久の姿があった。視線を動かして辺りを見渡してみると、夕暮れに染まる化学室だった。どうやら生徒を送り出したあと、陽の光を浴びて眠りに落ちていたようだ。
「大丈夫っすか。魘されてたけど」
「……魘されてたのか……」
「変な夢でも視たんじゃないっすか?」
「…………覚えてない」
「へぇ……まぁ悪夢とかは覚えてないほうがいいっすよね」
夢を見ていた感覚は何となくあるが内容は思い出せない。ただどことなく不気味に感じた事だけは覚えている。
ぼんやりとした思考で夢の事を思い出そうとしていたが、何故ここに牛久がいるのかという疑問が遅れてやってきた。
「何か用か」
「そ~っすよ」
呆れた表情のまま俺を見つめた牛久の表情には陰りがあった。牛久が尋ねたい事柄がその表情だけで分かった。新木のことだ。あの昼休みから数時間しか経っていないが、何しろ噂が出回るのは速い。特にこのような学校では。
牛久の周りには自然と人が集まる。それとなく周りが噂を教えたか、塚田に直接聞きに行ったかのどちらかだろう。
「新木か」
「……まぁ……」
「だろうな。何が聞きたい」
「……お祓い連れていけねーかなって」
「……そのことか」
「特に今日のこと聞いたから……」
「あぁ……そうだな……」
"つぎはだれにしよう"
瞬間的に思い出すのは新木のあの言葉。あれは新木の言葉ではなく、新木の言っていた影の言葉な気がしてならない。あの時感じた、もう2度と、とは一体何のことだったのか。
時間割をはじめ次々と記憶を消していき、未だに記憶に戻らない新木。
「お祓い……調べてみたが、特にこれといったものはなかった」
「月崎せんせー、仕事はえー」
「茶化してる場合か」
「こうでもしてねぇと落ち着かねーっすよ」
それもそうか。牛久にとってはこの学校で出来た初めての友達が新木なんだ。落ち着くわけもないか。どうもそれを忘れがちだ。塚田と新木と牛久の3人一緒のイメージが強すぎる。
「……オレ、かーちゃんがそういうのに長けてるから聞いてみる」
「分かった」
「医者では異常ねぇって言ってたもんな」
「そうらしいな」
「もしさ、かーちゃんの知り合いに霊媒師みたいなのが居たら月崎先生も着いてきてよ」
「……なぜ?」
「いや……何となく……心強いかなーって」
「……暇だったらな」
塚田と牛久と新木の3人でお祓いに行くつもりなんだろうと勝手に決めつけていたら巻き込まれた。思い出してみれば塚田はオカルト関係を信じていなかったな。あの様子じゃ塚田は着いてくるか微妙だし、新木の事になると感情的になる事が多いから着いて行ったほうが安全か。桜木先生は役に立たないしな。
「……月せん、あのさ……」
「なんだ」
言葉を選んでいるのがわかる。もごもごと口を動かしては視線を泳がせている。聞きたいことがあるのなら言えばいいのに牛久は変なところで気を遣う。
「……ん……やっぱいいや……」
「いいのか」
「ん、あの、お祓いに行ったら聞くから大丈夫っす!」
「はぁ……」
ソワソワと忙しないまま俺に挨拶だけして化学室から出ていった。
次の日、お祓いの出来る神主がいたと言われた。1番早くて行けるのは1ヶ月後と先の話だが。