13
新木が塚田に付き添われて学校へやって来たと聞いたのは昼休みに入った頃だった。
「来てるのか」
「はい……1週間の休息を出したんですが……」
昨日。新木を早退させたあと、学年主任により新木のご両親へと連絡して1週間ほど新木を休ませることが決まっていた。俺や牛久の知る限りだと新木の記憶は失われ続けたままだ。1週間で何かが変わるということはないだろうが、新木の行動や精神状態を見て校長や教頭、養護教諭やカウンセラーと学年主任で決めたことだった。
もちろん新木の担任である桜木先生は講義していたが、決めたのが校長達となるといつもより強くは出られないようで悔しそうに顔を歪めていた。
「ご両親から聞いていないのか?」
「聞いてはいるみたいです……塚田さんの話によると」
「……塚田?」
「新木さんが心配で、放課後新木さん宅に向かったそうで……そこで……」
「なるほど……」
そういえば新木と塚田の家は近所だと牛久が言っていた。昨日は部活を休んで早々に新木の下へと行ったと聞いている。その時にでも聞いたんだろう。しかし塚田が聞いているのなら、何故新木は学校へとやってきたんだ。
「それで当の本人達は?」
「あ、目が離せないそうなので月崎先生に来てほしいと」
「……俺がか」
「はい……桜木先生はちょっと……」
「わかった」
昼休みもまだ時間はあると腕時計で確認を取り2年D組へと向かう。桜木先生が塚田や新木達にとって頼りのある先生だったなら、あまり関わることのない俺を呼びつけることは無かっただろう。
昨夜。自宅へと帰ったあとお祓いができる場所を調べていたが、どうにもコレだと思うものはヒットせず、壺を買わされるだの、個室に連れ込まれそうになるだの、何ら良いものは出てこなかった。これでは新木を連れて行く場所がない。
もう少し俺がネットに強ければなんとかチャンネルみたいなネット民の集まりのようなもので調べられたかもしれないが、あいにくあのシステムはよくわかっていない。
「塚田。いるか?」
「月崎先生!」
「失礼する」
2年D組の戸を開ける。新木の席は窓側の真ん中あたりにあり、新木本人は俺を見ることもせずにボンヤリと外を眺めていた。横顔しか新木を見ることができないが、どことなく生気が欠けているように感じる。
「新木の様子はどうだ」
「それが……」
俺の問いかけに場の空気が重くなった。やはりまた何か問題があったらしい。今度は何を忘れたのか、今までとは比べられないほど塚田の表情が強張っている。
「……塚田」
「…………たの…………」
「……?」
「……自分のことがわかんなくなったの……七海……!」
泣くのを堪えたような顔で俺を見つめた塚田に言葉を失った。何を言っているのか分からないとかの騒ぎではない。理解が、脳が、理解を拒絶している。
こんな経験もう2度としたくなかったのに。
「……そ、れは……」
「だ、だから……」
悲痛に潰れかける塚田をよそに鼻歌が届いた。新木のものだ。
小さな。小さな。呪いのような歌を楽しそうに、無邪気な子どものように、穢れを知らない子どものように歌っている。
「な……七海……?」
それはまるで童歌のようで。
塚田の声に反応したのか、それとも俺達の視線に反応したのかは分からない。窓から視線を外した新木が振り向いた。感情の抜け落ちた笑みを浮かべ逆光の影に呑まれながら。
「つぎはだれにしよ」
耳元で声が重なった気がした。